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小説トンデロリカ EP02「スピリット」前編

■chapter1

みなさんこんにちは。
無州倉ロリカです。

今日は私、課外授業の一環で、クラスのみんなとボランティア活動してます。

川原に広場があって、そこにいつもいるお爺さん達や、近くの老人ホームのお年寄りを呼んで、おにぎりやタオルを配ってるの。
他にも、昼間中ずっとベンチに座ってる背広姿のおじさん達や、何か思いつめた顔のお兄さん達も沢山いるから、そういう人にも配ったり。

と言っても、ボランティアの主役は私じゃなくて、ほら!

なんと数学の小紗院(こさいん)先生が手品を披露するのです。
シルクハットに燕尾服を着ちゃって決まってるぅ。
これぞ手品師っていうか、ちょっと怪盗ぽい感じ?

そんな小紗院先生、さすがは数学の先生だけあって、計算され尽した手際の良さ。
笑顔一つ見せず、口もきかず、黙々と、シルクハットからウサギを出したり、燕尾服の袖からハトを出したり、自分の体の骨をポキポキ外してグニャグニャになるパントマイムをしたり……。
流れるような動作が、まるで工場の機械のようで、セクシー。

お爺さん達はポカンとしているけどね。
ええと、多分、感動する間を与えないからだと思う。
小紗院先生……やっぱりソー・クールね……。

というか、お爺さんもおじさんも誰も小紗院先生の事を見ていないみたい。
みんな、小紗院先生の横にいる、助手の薬塚(くすりづか)先生だけを凝視している。

保健医の薬塚先生。
若くて美人で眼鏡で、とってもモテるみたい。
大人の色気だ~。

そんな、白衣姿のままでも十分妖艶なのに、なんと今は、黒いバニーガールの格好なんてしているのです。
信じられない。
そりゃあおじさん達はそっちばっかり見るよ。

ボランティアの男子達も、タオル配りなんてしないで、うずくまった姿勢で薬塚先生を見つめているもん。

ぶっちゃけエロいもんね。
でも、薬塚先生ったら、みんなの熱視線を浴びまくっているのに、まったく意に介さずって感じ。
気だるげに、つまらなそうな顔で、小紗院先生が披露し終えた小動物をぽいぽい袋に入れたりしている。

うさ耳をつけて網タイツ履いているのに、恥ずかしさを感じてないみたい。
私なら死んでもあんな格好出来ないよ。

おじさんや男子生徒の事なんて、なんとも思ってないみたい。
というか、そもそも男なんて、いや、人間なんて誰もいないかのように。
だって、みんなに顔を向ける時も、路上のタバコの吸殻を見るような目つきだもの。

アヴさん小説02前半

とにかく、小紗院先生も薬塚先生も、無表情で一言も発さずに、マシーンのように手品を繰り広げていきました。

私だったら、もっと情熱的に小紗院先生を補助出来るのに!
そしたらみんなももっと盛り上がるのに。
あんなハレンチな格好はしたくないけど。

「ねえ、あの二人って付き合ってるの知ってた?」

ヨミが配るはずのおにぎりをモグモグやりながら言ってきた。

「う、嘘でしょ!? だってヨミ、小紗院先生はロリコンだって言ってたじゃない!」

「あ、そうだっけ? そうだったそうだった」

「ちょっとヨミー!? どっちー!?」


ふと、土手の上に目を向けると。
犬がお行儀よく座って、こっちを見ている。
ファル君の友達のワンコだ。
首に赤いマフラーを巻いて、風にたなびかせている。

そしてもう一匹。
一匹?

「あれって、どう見ても人間が入っているよねえ」

ヨミが言う。

うん、そう。
間違いなく、犬のキグルミ。

道行く人もみんな気付いている。
でも、ちらちら見るだけで、誰も何も言わない。
私も、敢えて突っ込んだりしないもん。怖いから。
まあ、土手の上からじっと見ているだけだからね。

「今日さー、終わったらみんなでボーリング行かない?」

と、ヨミ。

「あ、行くー」

と、私。

手品はと言うと、小紗院先生がお客さん達からお札を借りようとしているのに、誰も出してくれなくて、ちょっと場が冷たくなっていた。

薬塚先生は自分には関係ないって顔してタバコに火をつけてるし。

ほら、やっぱり薬塚先生じゃ役不足だよ。
ここはいっちょ、私が小紗院先生の助手になって……。

なんて思った、その時。

ザバアッ

川から、変な模様のラバースーツを着た怪人が上がってきた!
テカテカしたスーツから、汚れた川の水がボタボタと落ちる。

これって、あれだ!
ツルコロンって奴!

もっちり肌に川のゴミとか草とか藻とかがまとわりついて、模様みたいに見えたんだ。
うわあ……。
触りたくない。

「なんだこいつ!」

「気持ち悪い!」

手品の出し物中はあんなに静かだったのに、ツルコロンが現れた途端に大パニック。

「フサ……フサ……」

ツルコロンは、辺りを見回し、毛の量の多そうなターゲット、つまり髪の長い女生徒や、天然パーマの男子生徒、そしてドレッドヘアみたいなホームレスのおじさんを狙って、ズンダズンダと追いかけていく。

現場は大混乱です。

「緊急避難! 緊急避難!」

そんな小紗院先生の号令を待たずに、すでにお爺さん達もボランティアのみんなも逃げ惑っている。

「ヨミ! 私達も逃げよう」

そう言った時には、すでにヨミは土手を駆け上り、あっという間に見えなくなった。

そんなヨミと入れ替わるように、赤いマフラーをしたワンコと、あのキグルミが土手を駆け下りてきた。
キグルミはちゃんと四つ足で走っていた。

そしてキグルミは、バニー姿の薬塚先生に、「大丈夫ですか!」と手を差し伸べた。
日本語……、と私は思いました。

それなのに、薬塚先生たら、

「触るな! サイコ野郎!」

ドスのきいた声で一喝すると、キグルミを残してさっさと走って逃げていきました。

キグルミはしばらく手を差し出したポーズで固まっていたけど、前のめりに倒れるように、四つ足の姿勢に戻りました。
うなだれています。

「あ、あの、キグルミさんも逃げた方が……」

私は勇気を出してそう声をかけたけど、ちょっと後悔しました。

キグルミは、毛も擦り切れてかなり汚れていました。
捨てられた絨毯みたいな独特な臭いがするし。
さっきは「薬塚先生ヒドイ」って思ったけど、ちょっとこれは、キツイなあ……。

キグルミは私をちらっと見て、それから暴れまくるツルコロンを見ました。
被り物の頭が、ブルブルと震えていました。
それは恐怖?
いや、怒り?
悲しみ?
私には分かりません。

だけども、赤いマフラーの犬には分かったのでしょう。

マフラー犬は何かを決意したような目で、走り出しました。
それは逃げたのではないように、私には思えました。


■chapter2

俺はハンモックの上で、時間も何もかも忘れて、ぼんやりと静養していた。
この、鎮痛剤のお陰だ。
透明の液体の入ったアンプル。

怪我の痛みで寝ることも出来なかった俺は、ロリカの学校に忍び込んで、保健室からてきとうに薬を拝借してきた。
ほとんどは単なる消毒薬や下剤の類だったが、こいつはよく効く。

なんとかっていう、合成オピオイドの痛み止めだ。
なぜかベッドの下の段ボール箱に大量に入っていたが、持ってきて正解だった。

俺はすっかりはまっちまって、毎日使っている。
よく眠れるし、ロリカが俺をペット扱いしてきても腹も立たない。
ただ、残り少なくなると猛烈に不安になるから、俺はもう十回もちょろまかしに行っている。

今夜あたり、また行ってくるか。
それにしても良い気持ちだ。
体にまったく力が入らんが、それがまた格別だ。
体が空気に溶けちまいそうだ。

なんて思っていた時。

「兄貴ー!」

いきなり、赤いマフラーをたなびかせて、ドリスデンの野郎が飛び込んできたもんだから、驚いてハンモックから落ちてしまった。

「貸してくれよ! 亀の甲羅みてえの、貸してくれよ!」

「なな、なんだってんだ藪から棒に!」

「あった! これだ!」

ドリスデンは、部屋の片隅に放っぽっといたビニール袋を開けて、嬉しそうに叫んだ。
中には壊れた戦闘服が突っ込んである。

「これさえあれば! オイラがあの化けもんをやっつけてやる! 兄貴、洗って返すぜ!」

「お、おい、馬鹿野郎!」

ドリスデンはビニール袋を咥えて、飛び出して行った。
なんなんだいったい。


■chapter3

「小紗院先生ーー!」

なんと今、ツルコロンと小紗院先生が、必死に戦っているのです!

互いに両手を組み合わせて、プロレスラーがよく力比べをする時にやるみたいな体勢になって、かれこれもう十分くらいもこうしているのです!

「先生ーー! がんばれーー!」

お爺さんもおじさん達も、クラスのみんなも、全員逃げてしまって、ここにはもう、ツルコロンと小紗院先生と、私と、気味の悪い犬のキグルミだけしかいないの。

「先生ーー! はあ」

私も必死に応援しているけど、さすがにちょっと疲れてきちゃった。
そんな頑張る私の横で、キグルミは、「バニー……逃げたか……人はみんな……裏切る……」とかなんとか、ブツブツ言っていて、イライラする!

そこへ。

「ワフーッ」

あの赤いマフラーをした犬が、大きなビニール袋を咥えて戻ってきました。
そして、キグルミの前にどさっと落としました。
ん? この袋って、なんか見覚えあるよ。

「な、なんだ? じゃない、ワオン」

キグルミがなんかもたくさ言い直してるけど、赤マフラードッグは、やけに期待を込めた眼差しでキグルミを見ています。
やたら「ハッハッ」と激しい息遣いで。

「あれ!? これ、戦闘服! でもこれ壊れてるんだよね……」

「なに、戦闘服!?」

キグルミは、完全に人間のやる姿勢で、壊れた戦闘服を持ち上げてしげしげと眺めた。
謎の金属で出来た装甲は鈍く黒ずんで、地面から掘り出した昔の空き缶のようだった。

「ワン!」

赤マフラー犬が、燃える眼差しで、キグルミの手に自分の前足を置く。

「ドリスデン、お前……」

その時です。
戦っているツルコロンと小紗院先生の方から、「シュコーッ」という不気味な音が聞こえました。
ツルコロンの、ラバーで覆われた顔の、三つの目の下の辺りが筒状に飛び出して、「口」のようになっています。
そこから、「シュコーッ シュコーッ」と猛烈に息を吸い込んでいるのです。

「クッ」

小紗院先生の髪の毛が引っ張られている!
このままだと髪の毛が吸い込まれちゃうよ!?


「はあはあ……薬が効いてて……うまく走れんぞ……。ド、ドリスデン、貴様! 俺の戦闘服を勝手に待ちだしやがって!」

「あれ、ファル君!?」

「ロリカ!?」

「ワフウ……」

赤マフラー犬はしょんぼりとうつむいた後、逆にひっくり返ってお腹を見せました。

そんな犬の横では、あのキグルミが、バラバラになった戦闘服をいじくり回していました。
もう、キグルミの手袋は外して、人間の手で。
手にはどこから出したのか、なんか道具も持っているし。

「修理、しているのか?」

ファル君が言った。

「こいつ、ちびたプラスドライバーと缶きりとロウソクだけで、戦闘服を直そうと言うのか!? この星にはない技術も使われているんだぞ。……だが、こいつの目付きは」

私も、驚いた。
だってキグルミの、ただの黒い碁石みたいな目なのに、その真剣さがビンビンに伝わってくるんだもの。

「匠……」

と、ファル君。

「人間やめるってのも……なかなか……うまくはいかんですなあ……身についた技術(わざ)ってもんは……消えんもんで……」

キグルミが手を休めずに、ブツブツと語りだした。

「これでもねえ……天才だ、神の手だ、なんて言われて……世界中の技研から引っ張りだこで……月月火水木金金……研究一筋でね……女の裸を初めてみたのは……五十を過ぎた頃でした……それでだ……溺れましたよ……豪遊……札束の風呂……金髪美女をね……こう……何人もね……全てを……台無しにしながらね……」

キグルミの声は泣いていた。

「新型ロケットの開発資金を使い込んじまうまでに……はは……。私はね……人間(ひと)に惑い……人間に溺れ……人間を裏切って……逃げて逃げて……人間をやめたんですよ……だが!」

キグルミは、ドライバーでネジを回していく。
その迫力ったら!

道具を操る手さばきはどんどん加速していき、衝撃波が発生。
キグルミを中心に小さな竜巻が起きていました。

「私の生のドライバーは死んでいなかった! 男のドライバーは折れていなかったんですよ! バニー! 女! ガール! 私ゃ男だ!」

その迫力につられてか、赤マフラー犬が「ワオオーン!」と吠える。
尊敬と期待に目を輝かせて。

――そして。

「完成だ……!」

しゅうしゅうと吹き上がる煙の中で、直した戦闘服を手に、キグルミが立っていました。

「これで……あの悪魔を……倒してくれ!」

戦闘服を空中に放り投げるキグルミ!

「ワオーン!」

それに呼応して、赤マフラー犬が空中に跳ぶ!

見上げれば、太陽を背に、逆光のシルエットで、赤マフラー犬と戦闘服が重なる!

ズシャッと着地する赤マフラー犬。
でも、何も着ていない。
犬の毛並みのまま。

「ワフ?(え?)」

そして私はと言うと……。

しなやかに伸縮する部位は鮮やかに光る生命の赤!
頑丈な装甲は輝く彗星の銀色!

でも。

「ええーー!?」

なんで私が戦闘服を着ているのーー!?

後編へ続く!


戦闘服の基本カラーは……
ぬりえコンテスト・グランプリの「ぬりえ応募作品02 ぼおんさん」

ぬりえ応募作品02(ぼおん)


ファルクスの基本カラーは……
同じくぬりえコンテスト・グランプリの「ぬりえ応募作品39 きつねまどさん」

ぬりえ応募作品39(きつねまど)



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