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小説トンデロリカ EP02「スピリット」後編

■chapter4

「あー! 勝手に変身させられたー!?」

私はその場にしゃがみ込んだ。
私だってこの格好をするのは初めてじゃないよ。
でもね、今はすぐそばに小紗院先生がいるんだよ!
こんな、お腹も足も出てる格好、見せられないよ!

それなのにキグルミの奴ったら、満足げにうなずいちゃって。

「私は……生きた……精一杯……自分らしく……」

そして、どさっと倒れた!
キグルミの、犬の頭がゴロッと転がる。
人間の頭が露わになって……。

髪の薄いおじさん。
満足げな笑みを浮かべてる。
なんか口元はむにゃむにゃ言ってるし。

「何寝てるのー!?」

この格好。
手で隠そうとしても隠せないし。

「なにこれもうやだー! 見られたくない!」

強く念じていると、私の手足から色とりどりの筋が立ち昇っていく。

「え?」

体を見回すと、着ている戦闘服から「色」が宙に解け出していっているみたいで……。
筋が昇っている部分だけ、「向こう側」の景色が透けて見える。

「迷彩機能を使った隠れ身モードだ」

ファル君が教えてくれた。

「で、でもこれじゃ……」

透明になっているのは全身じゃなくて、まだらに抜けているだけで……。
なんだか、蜂の巣にされて死んだ女の亡霊のような、穴だらけの姿だった。

「集中しろ!」

とファル君は言うけれど。

「そんな冷静になれないよ~!」

結局私は土手に生えている小判草とかの茂みに飛び込んだ。


「ぎゃあー!」

小紗院先生の悲鳴!?

見れば、髪の毛はツルコロンに咥えられて、ちゅるちゅると吸われている。
すでに、髪の量がかなり減っている!
このままでは、取り返しのつかないことになっちゃう!

「先生ーー!?」

「くそっ」

「あ、ファル君!」

ファル君はツルコロンまで走っていって、後ろからキックした。
ペチッと音がした。
なんか凄い弱そうなキック。
絶対効いてない。

でも、ツルコロンは小紗院先生を放して、ファル君の方に向き直った。
ツルコロンの方は、口をひょっとこみたいに突き出したり引っ込めたりしている。
威嚇!?

対するファル君はと言うと……、すごくヨロヨロフラフラしている。

「ファル君!? まだ怪我が!? そんな体で……」

「はは……ちょっと厳しいな……。だが、ロリカよ。腕っ節の強さだけが敵を倒せると思うか? 足の速い奴だけが前へ進めると思うか? お前は戦士をなめているぞ、ロリカ」

ファル君は体をブルブルッと震わせた。
抜け毛が舞い散る。

なぜだかツルコロンは、目の前にファル君がいるのに、キョロキョロし始めた。
黒い三つの目が、バラバラに、あっちこっちを向いている。
ふわふわと舞う抜け毛の方を見ているみたい。
私にはどういう仕組みだか分からないけど、舞い散る毛自体をロックオンしているのかも。

その一瞬の隙を突いて、

「チェストー!」

ファル君の電磁クナイが、ツルコロンの首に……!

でも。
傍目から見ても分かるほど、ヘロヘロな剣筋だった。

「浅いかっ」

と、ファル君。

切ったのは、ツルコロンの頭に引っかかっていた自転車のゴムチューブだけだった。

「ファル君、あぶない!」

ツルコロンが腕を振るい、ファル君は吹っ飛ばされた。
どさっと落ちるファル君!

「ファル君!」

私は、まだらに透け透けな姿のまま、茂みから飛び出した。

「偉そうな事を言ったが……。俺は一介の兵士に過ぎん。ヒーローにはなれんか」

ファル君の手はブルブル震えてた。
瞳も小刻みに痙攣している。
痛いの?
怖いの?

私はぐっと目をつぶった。
歯を食いしばる。

それから。

「……よし!」

私は、ファル君を後ろにして、ツルコロンの前に立ちはだかった。

「ロリカ……!」

「ファル君、ごめん。私、もう、恥ずかしいなんて言ってられない! これは私とファル君の戦闘服だもん」

その時には、私の戦闘服の「穴」はふさがっていた。
命の赤と星の銀色に戻っていた。

ファル君を助けなきゃ。
でも。
……うう。

「フサ……フサ……!」

いつものもっちりしてるだけのツルコロンならいざ知らず。
今日のコイツは、全身びっちょり濡れてて、変な葉っぱが貼りついてるし……!

「触りたくない!」

なんか嫌な臭いもするし!

べちゃり……
ツルコロンの、踏み出した足音に、

「ひいっ、気持ち悪いっ」

思わず背中を向けてしゃがみ込んでしまう。

「ロリカ……、く、薬を……取ってきて……」

私がしゃがんだから、ファル君と顔の高さが同じになっていた。
ファル君の瞳は猛烈に回転して、ルーレットみたい。

「ファル君……」

ファル君を危険な目に合わせるわけにはいかない!
でも、でも。

ツルコロンから、川底のヘドロのような臭いが漂い、私を包んだ。
臭いが、私の鼻孔や毛穴から、体の中を侵していくみたい。

「うっぷ」

触りたくないよ……。
こんなに肌が露出してる服だもん。
絶対、びちゃっとくるよ……。
気持ち悪いよ……。

ごめん、ファル君、小紗院先生。
私、もうダメみたい……。

その時でした。

爽やかな、柔らかな風が吹いて。
ツルコロンの臭いが、吹き払われました。

それと同時に。

「ロリカや……」

懐かしい、大好きな声が、聞こえたような気がしたの。

「え、お祖母ちゃん!?」

振り向くと、
空に、雲の上に、お祖母ちゃんの顔が浮かんでいた。
これは幻……?

お祖母ちゃんはにっこりと笑うと、なんだかアンテナの生えた不思議な形のヘルメットをかぶって、いつの間にか変なプロテクターのついた服に着替えていて……。
私の着ている戦闘服とは全然違うデザインだけど、あれももしかしたら……。

それからお祖母ちゃんは、腕を前から上に上げて大きく背伸びの運動からの……。

あ、これって、演舞だ……。
お祖母ちゃんがカルチャーセンターで教えていた、無州倉流合気術の、型……!

幻影のお祖母ちゃんは、次々と型を披露していく。
見えないお風呂を掃除するような型……。
見えない納豆をよく混ぜてご飯にかけて食べるような型……。

そんな幻影の演舞に、ファル君の言葉が重なる。

――腕っ節の強さだけが敵を倒せると思うか? 足の速い奴だけが前へ進めると思うか?

私、お祖母ちゃんの合気術がなんて言われているか知ってた。
あんなのインチキだ、踊りだ、エセ科学だ、スピリチュアル詐欺だって、みんなバカにしてた。

でも、今、わかったよ。

「ロリカ、お前、戦闘服の色が……!」

ファル君の声を背中に受けて。

私は、立ち上がった。
ツルコロンへ向かって、一歩を踏み出す。

「前へ!」

怖いから、声を出した。自分の声を聞いて、自分を勇気づけるために。

「前へ! もう一歩前へ!」

私は走っていた。

「おお、ロリカよ! その体はインディゴに! 装甲は黄金とピンクの光に! その髪はレインボーに! おお、おお、ロリカよ!」

ファル君が叫ぶ。

走る!
ツルコロンは、もう目の前!

ツルコロンの三つの黒い目を見る。
目と目を合わせる。

瞬間。
私自身と、ツルコロンの中身が、「繋がった」。

ぶつかる!
その前に!

私は全身を使って、いや、全細胞を使って、伸び上がり、跳び上がり、捻りを加えて……、着地した。
海の水が蒸発して雲になってまた海に還るように。

そして、ツルコロンもまた、空中へ吹っ飛んでいた。
私の体には一ミリも触れていないのに。

「真空投げ(プラトニック・タイフーン)……!?」

ファル君の、驚愕の声。

空中できりもみするツルコロン。
体表の回転力の差のしわ寄せが、首の切り取り線の辺りに集中して……ブリンッと裂けた。

ずだーん!

ツルコロンは頭から地面に落ちた。
棒が倒れるように、どさっとひっくり返る。

ツルコロンのスーツが崩れていく。
中から、長い髪を真ん中で分けて花冠をかぶった、ひげもじゃの若者が転がり出た。
丸メガネの片方のレンズは割れていたけど、なんだか憑き物の落ちたような、穏やかな寝顔をしていた。


私は空を見上げた。
幻影の、変なヘルメットをかぶったお祖母ちゃんと、その横にはこれまた変なヘルメットをかぶったお祖父ちゃんまで。
私が大好きな、穏やかな微笑みを浮かべて。

ありがとう、お祖母ちゃん。お祖父ちゃん。大好きだよ。

ファル君と赤マフラー犬が、駆け寄ってきた。

アヴさん小説02後半


■chapter5

「ただいまー。あー疲れた」

家に帰ると、お母さんが電話中。

「あ、ロリカ、ちょうどよかった。今お祖母ちゃんから電話きたのよ」

電話を代わる。

「お祖母ちゃん!」

「ロリカかい? なんかさっきねえ、あんたの夢を見てねえ。元気かしらと思ってねえ。お祖父さんも会いたがってるから遊びにおいでねえ」


小紗院先生の髪の毛は大分減ってしまったけど、毛根は生きているようで良かった。
それに、気絶していて、私の変身姿を見られていない。ホッとした。

薬塚先生は麻薬関係の容疑で逮捕された。

キグルミのおじさんは黒い背広の外国人に連れて行かれた。

そして私は、ヒーローになった。


おしまい

小説エピソード3はこちら!


登場した戦闘服カラーは……
「ぬりえ応募作品24(似非屋さんのご子息)」

ぬりえ応募作品24-2(似非屋さんの息子)


「ぬりえ応募作品35(マッチョネスさん)」

ぬりえ応募作品35(マッチョネス)


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