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小説トンデロリカ EP03「セミナリオ」前編

■prologue

こんにちは。
あまねく散らばる知的生命体のみなさん。
毎日殺したり食べたり増えたり、お疲れ様です。
今回お届けする神話には、たくさんの教訓が含まれているので、受信器官かっぽじってよく聴いてね。
じゃ、いくよ。

■chapter1

それは、夏休みを控えたある日の事でした。
中学校に入って初めての夏……。
はてさて、どんなお楽しみが待っているのでしょう。

……と、その前に。
片付けなくてはならない試練があるのでした。

そう、期末試験です……!

というわけで、ただいま試験の真っ最中なのでした。
今は「古文」です。

とは言え、意外とコツコツ派の私は、そこそこ良い点が取れそうな感じです。
うむ、順調順調……。

くーからくーかりしーきーかるけれかれー

意味は分からないけど、こういうお経を覚えるのは得意なんです。

ぎゃーてーぎゃーてーはーらーぎゃーてー

そんな風に、結構な余裕をかましていた試験の最中。

「ん?」

私の足元に鉛筆がコロコロ転がってきました。
横を見ると、隣の席のヨミが、「ごめん、ひろって」のジェスチャー。

仕方ないなあ。
私は鉛筆をひろって、見たら、ビックリ。

え、なにこれ?
鉛筆に紙が巻きつけてある?
しかも引っ張ればいくらでも出てくるし……!
というか、これ、巻物だ!
鉛筆に見せかけた巻物だよ。

そこに何が書いてあるかというと、言うまでもなく、試験範囲の内容。
細かい字でビッシリと。
完全なるカンニングアイテム。
これを作る手間を考えたら、普通に勉強した方が早いんじゃないのー?

「無州倉さん!」

ビクゥ!

恐る恐る目を上げると、この試験の監督官である、古文の落窪(おちくぼ)先生が睨んでいた。
尖った教育ママ眼鏡が光ってる。

「あなた、こんな手の込んだカンニングアイテムを作って!」

落窪先生は私の手首を掴んで、ギリギリと捻り上げました。

あいっつつつ……!

「ち、ちがいます! これは私のじゃなくて……」

「問答無用です! 疑わしきは罰せよ! 無州倉さん、校則によりあなたは失格! 赤点決定!」

「……へ? ええーー!? そんな! あんまりです! だって私……」

「あなたには夏休みに一週間の特別講習を受けていただきます! とは言え、私はハワイに行ってしまうので、あなたには外部のスクールの講習を受けてきてもらいます」

「一週間も!? そ、そんな馬鹿なー!?」

ヨミの方を向くと、片目をつぶって舌をペロッと出して「ごめん!」のジェスチャー。

ヨミーー!

■chapter2

ヒビだらけの赤レンガの塀に、随分年季の入った木の看板がかけてあった。

「特等少女学院」

高い塀のてっぺんには、槍の穂先のような忍び返しがズラッと生えている。
もちろん塀の向こう側は見えない。

「ここが……特別講習の学校か……」

メモを片手にここまで来たけど、ため息が出ちゃうよ。
学校に行くのも嫌なのに、わざわざこんな所まで来なくちゃいけないなんて。

せっかくの夏休みなのに~。

――ははっ。赤点か。お前は考えの足りないところがあるからな。しかも地区内のノータリンどもが集合するときたか。面白そうじゃないか。舐められるんじゃないぞ。ま、なんにしろ学ぶってのはいいもんだ。弾道計算くらいは出来るようになってこいよ。足手まといはウンザリだからな。導き出してこいよ、勝利の方程式をよ。

ファル君が上から目線で言った言葉が忘れられない。
偉そうに説教して~!

「はあ~~。憂鬱」

門をくぐる。

「ここが……スクール!?」

窓の極端に少ない、コンクリートむき出しの建物がそびえていた。
二階以上にしか備わっていない細い窓は、鉄のとげとげで囲まれている。
建物に添って立っている電灯や旗のポールには鉄条網が巻き付けられている。
敷地の四隅には物見やぐらが組まれ、サーチライトが備えられている。

そんな校舎と物見やぐらの間のスペースに、私を含めた講習会の参加者が集っていた。
この人達も、みんな試験で赤点を取ったんだ。

全員女子。
……女子?

ギャル、金髪、剃り込み、モヒカンパンクス、脱走修道女、パーティーメガネ……。
どの顔もみな、凄みがあって、ふてぶてしくて、怖い感じ……。

「よお」

その中でも特に凶暴そうな、とても中学生女子には見えない、1970年代の実録やくざ映画に出てきそうな雰囲気の人が、私に絡んできた。

「あんたみたいなお嬢ちゃんが赤点とは驚きだねえ。ええ?」

ポマードで黒光りするオールバックに垂れ目サングラス。
アロハシャツの袖からは、注射痕だらけの太い腕がむき出しになっていた。

「人形遊びにうつつを抜かして、勉学を疎かにしたってわけかい? 何ならアタシが教えてやるよお。中学生らしい遊びってやつを、手取り足取り、ええ?」

金の腕時計をはめた手が、私の腕を掴んだ。
指には毛が生えていた。
そして、手の甲には、般若面の入れ墨があった。

「や、やめて」

咄嗟に振り解く。

「つれないねえ。はっ! そんなツラしてたって、あんたもアタシと同じさ。一度つまずいたら真っ逆さま、地獄の底まで転がり落ちるしかないのさ! ぐぁーはっはっはっ」

上を向いて高笑いする彼女の首筋には、のどぼとけが上下していた。

これでも、私と同級生……中学一年生だっていうの……?

そこに鳴り響く笛。

「整列!」

赤点生徒達の前に、看守帽をかぶった女の人達がずらっと並ぶ。
胸元の大きく開いた上着に短いネクタイ。
太ももの膨らんだ乗馬ズボンに長い編み上げブーツ。
手にはトゲトゲの生えたお仕置き棒や鞭を持っている。

「ようこそ、ゴミども。講師代表の同田貫(どうたぬき)だ」

看守帽を斜めにかぶった美人が言った。
この人達、先生なのー?

アヴさん小説03前半

「帰りにあいつらを何人か拉致って売り飛ばせば、良い稼ぎになるねえ」

やくざ女子が下品に笑いながら言った。

もちろん講師達には聞こえている。
同田貫先生が無言で近寄ってきて、いきなり、手に持っていた電気シェーバーみたいな物をやくざ女子に押し当てた。

「いぎい」

やくざ女子は体を突っ張らせてぶっ倒れた。
髪の毛はチリチリパーマになり、口や鼻の穴から黒い煙が上がっていた。
スタンガンだ。

赤点生徒達の間に悲鳴が上がった。

「やかましい! 落ちこぼれのゴミ虫どもが! 貴様ら類人猿を社会に貢献できる真人間に造り変えるのが我々の仕事だ。努力せよ。努力の足りないものには、我々は外科的手術も辞さない」

それから私達は、持ち物は全て没収され、裸にされ、並べられてホースで冷水を浴びせかけられ(シャワー代わり)、屈辱的な身体検査の後に、灰色のごわごわした作業着をあてがわれた。

「教室に移動する。整列!」

私達は目隠しをさせられ、ロープで生徒同士前後に数珠繋ぎにされ、冷たい廊下を歩かされた。
角を右に左に何度も曲がり、階段を何度も上り下りさせられた。

「なんでこんな目に……。たかが赤点を取っただけなのに……」

早くも涙がこぼれてきちゃう。

■chapter3

講義も厳しいものだった。

一限目は「古文」だったけど、黒板には見た事もない記号? 文字? が渦巻状に書かれ、暗記させられた。
円と棒線と点を組み合わせた文字。または記号。
こんなの学校の授業では習わなかったよ。
本当に成績がよくなるの?

二限目の「理科」では、月も火星も金星も太陽も、地球の周りを回っていることを叩き込まれた。
地球こそが宇宙の中心なのだ。

三限目の「歴史」では、大昔、人間と恐竜がうまいこと共存していた事を勉強した。

他の生徒達はやはり曲者揃いで、気の強い連中ばかりだったけど、とても講師陣には敵わなかった。

答えを間違えると金だらいが頭上に落ちてくる。
脱走すれば犬をけしかけられる。

何度も同じ注意を受けるような生徒は、どこかへ連れていかれてしまう。
そして、一時間後に戻ってくると、頭の周りにぐるりと縫合痕がついていて、性格も極端に大人しくなっていた。
私に絡んでいたやくざ女子(名前は小沢みーゆといった)も、この処置を受けていた。
冷たい三白眼は、大人しい赤ちゃんみたいなキョトンとした瞳に変わっていた。

私はとにかく、この講習をどうにかやり過ごし、トラブルなく家に帰る事、それだけを目標に頑張った。

先生が板書する単語を一文字も見逃さぬよう、滅茶苦茶集中して、必死に暗記した。
聞き覚えのない知識だったけど、いつしか、なんの疑問もなく信じ切っていた。

世界の果ては物凄い滝になっていて、滝から落ちると体をまとめている力場の外に出てしまって、ばらばらのクォークになっちゃう事を……。
神様ってのは古代の地球にやってきた別宇宙からの訪問者で、世界はその神様が図面を引いて一から作って下さった事を……。
水や空気にも感情があり、人間の言葉が分かる事を……。

こんなに決死の勉強をした事はなかった。
頭から湯気が上がり過ぎて、体内の水分が失われて肌はかさかさになっていた。

それなのに。

頑張って黒板の文字をノートに写している時。
板書中の生徒の間をゆっくりと歩いて回っていた同田貫先生が、私の机の横で止まった。
え、なんで?

私は恐る恐る顔を上げる。

同田貫先生は私を見下ろし、じっとりとした目で私の体を見回して、舌なめずりをした。
それからぐいっと私の頬を掴み、

「貴様はこの講義の後、私の指導準備室へ来い。個人授業をしてやろう」

と言った。

言いながら、私の口に、自分の指を突っ込んできた。

「んん? いいだろう?」

「や、やめて下さい! ケダモノ!」

私は反射的に同田貫先生を突き飛ばしていた。
張り詰めていた精神の弦が、ぷつりと切れた。

「わ、私、そういうつもりはありません! もうやだ! もう帰りたい!」

「帰りたいだと? 貴様のような不真面目な生徒が~?」

同田貫先生はそう言うなり、私のノートをひったくった。

「おやおやおや、これはなんだ~?」

同田貫先生は私のノートにあたかも挟まっていたかのように、何枚もの写真を広げてみせた。
どれも、相撲取りが汗だくでぶつかり稽古をしている写真だった。
親方は竹刀を持っている。

そんな写真、私知らない!
私の物であるはずがない!

「エロ写真の持ち込みは禁じていたはずだろうが。ああん?」

ニヤニヤと笑いながら。

「こんなやり方、ひどいです!」

「貴様のようなズベ公はハイパー学習コースを受けてもらおう」


後編はこちら!

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