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嶋基宏の覚悟

嶋のような爽やか好青年なら、ヤクルトのユニフォームは絶対的に似合う。だから移籍が決まったときも、容易に想像できるヤクルト・嶋を受け止めていた。
ただ、あの嶋が?あの嶋が、だ。あの東北の嶋、震災復興の象徴だった嶋をヤクルトが引き受ける。重い責任を負うような気がして、気が引けていた。楽天ファンは、東北の人は、楽天以外のユニフォームを着て、楽天以外のチームメイトと勝利を分かち合う嶋を見て、どう思うのだろう。

実際、浦添キャンプ見学初日の2月7日に見た嶋の、ヤクルトのユニフォーム姿は様になっていた。しかし、そんな余韻に浸る間もなく、私は度肝を抜かれる。
嶋の、キャッチャー姿だ。紺地に黄緑のパイピングの防具。それは、ヤクルトのキャッチャーの誰より、ヤクルト色だった。

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嶋は、キャッチャー陣の誰よりも声を出していた。私は嶋の声も知らないことに気付いた。野太い声だ。嶋が捕手特守で出す「さぁ頑張れ!頑張れ頑張れ!」が、浦添球場に響き渡る。その頑張れに押されるように、松本直樹と古賀優大は歯を食いしばりボールを追う。苦しい練習後、見学する我々ファンに手を挙げ、大きな声で「ありがとうございました!」と挨拶する嶋は、笑顔の似合う健全な青年だった。

私は動揺した。嶋が、ヤクルトの選手になって、私の目の前にいる。楽天時代の嶋のグッズを身につけたファンも駆けつける中、声を聞くのも初めてというレベルのにわかファンの前に、嶋はヤクルトの選手としてたしかにそこにいたからだ。
目の前の嶋が付けるヤクルト色のプロテクターとレガースは真新しく、胸には燕のマークと “Shima45” の文字が刻まれている。
私は、心機一転という言葉では収まりきらない嶋の覚悟に圧倒された。

嶋は、ヤクルトの選手として、腹をくくり、新たなスタートを切っている。

そう感じずにはいられなかった。
嶋のことだ。楽天時代と同様のキャプテンシーを発揮し、ヤクルトになくてはならない選手になっていくのだろう。しかしそれは、嶋がヤクルトで静かにただそこにいて獲得できるものではない。3.11後、開幕延期となった、2011年のあの有名なスピーチこそ、野球で東北を立て直す嶋の覚悟そのものだった。野球で立ち上がった嶋だからこその、燕のプロテクターなのだ。

公式スマートフォンアプリに上げられた、キャンプ中の野手会動画。嶋は「新しい皆さんと出会えて本当に楽しいです。こう見えて人見知りなんで、どんどんいじってもらっていいですし、野球大好きなんで、みんなで盛り上がっていきましょう。よろしくお願いします!」と、素晴らしい笑顔で挨拶していた。正捕手・中村悠平は「バチバチ!」と言いながらも、無観客試合では嶋をつかまえ話す場面がテレビに映し出される。なりふり構わず学べるところは学び、嶋に立ち向かっていこうとする負けん気の強いムーチョが健在だったことに、ヤクルトファンはホッとした。

嶋には、野村イズムの最後の継承者としての指導的立場も期待されているだろう。しかし嶋は、野球を続けたくて、新天地を求め、ヤクルトに来たのだ。嶋だって、現場を譲る気はない。それでも嶋は、手持ちのカードを惜しげもなく切ってくれるだろう。そんな期待を持って、ヤクルトキャッチャーズを見つめていたのだ。

令和2年3月21日土曜日。嶋は今このとき、どんな気持ちで過ごしているのだろう。脱いだヘルメットに顔をうずめ、叫びながらベンチ裏に消えていったテレビの中の嶋を見て、私は息をのんだ。
本当にこれからだった。なぜ野球が大好きな嶋に、こんな未来が待っているのか。

嶋。私は待っている。腹をくくって、いくらでも待つ。ヤクルトの嶋基宏を応燕する覚悟はできている。だからどうか焦らず、しっかり。嶋!

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