田口麗斗を追う人へ
「ねぇ田村さん」
背後からの声に振り返った昼休み。お弁当を食べ終わった私は、いつもの休憩スポットに向かって長い廊下を歩いていた。
「田村さん、どう思います? 廣岡」
んぁ!?
彼女は昨年春、職場を退職し、夫の海外赴任で日本を離れる予定だった。彼女自身も、英語はペラペラ。彼女の離職は正直痛手だったが、コロナ禍で海外赴任が先延ばしとなり、職場に復帰してくれた。まさに、才色兼備。憧れの女性だ。
「え、なに? ヤクルト……」
「いや、田村さん、いつもヤクルトの服着てるから」
ええ、たしかにいつも、太田賢吾移籍後初ホームランと、太田賢吾2019年最終戦サヨナラタイムリーと、大引啓次1000本安打の記念パーカーを着倒してますけども。
「あ、そうね」
「私、巨人ファンなんですけど」
「え!」
いろいろ急に情報が多い。
「田口が居なくなっちゃって」
そうか。そうだよな。讀賣ファンからしたら、田口を失ったわけなのだった。
「いやね、ウチの息子が田口のファンで」
「え! そうなの?」
さっきから私、「え!」しか言ってない。
「ドームのエキサイティングシート? で、ウチの息子が田口のユニフォーム着てて、そしたら“自分のユニフォーム着てる子に会ったの初めて!” って言って、一緒に写真まで撮ってくれて」
「あー、それは好きになっちゃうよねぇ」
「そう、だからもうヤクルトファンになろうかってなってる」
いやそれはやり過ぎ。文化がぜんぜん違うよ?
「じゃあ今度神宮で、一緒に野球見ましょうよ」
「はい、神宮もよく行くんで!」
女性の多い私の職場には、野球好きの女子が何人かいる。上司は北海道出身で、野球が分らないなりに、ファイターズを応援している。カープ女子は、3月いっぱいで退職する。ロッテファンは、仕事終わりにマリンスタジアムまで駆けつけることもあるそうだ。
しかし、大抵の女子は野球に興味がない。山田哲人を知らない同僚もいた。山田哲人を知らなければ、ヤクルトの選手、誰も知らないだろうなぁ。それでも、生きていけるものなのか。
「そっかー、知らんかー」と絶句した私の顔が、よほど落ち込んでいたのだろう。隣席の同僚が「私は知ってるよ、山田哲人」と気遣ってくれた。
そんな環境で、まさか讀賣ファンと遭遇するとは。そして、彼女と彼女のマイボーイは、田口麗斗との大切な思い出を胸に、野球のある日々を送っていた。
ヤクルトファンに鞍替えしようとまで思い詰めている、田口麗斗を追う人へ、まずは昨日の田口麗斗の写真を渡そう。結構撮ったが、陽が落ちかけた神宮のグラウンドは、写真が暗い。補正、下手なんだよなぁ。
……いらんか、補正。もう明るい。
元気でやってます。
(2023.5.9 一部改編)
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