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生田目翼の笑顔の話

2018年ドラフト。清宮幸太郎のキセキ再び、とはならなかった。
黄金の左手をすり抜けた、大阪桐蔭・根尾昂の交渉権を逃したファイターズが指名したのは、金足農業・吉田輝星だ。各球団注目していたはずの甲子園のアイドルを、運よく単独指名できた。5位は吉田と夏の甲子園決勝で投げ合った優勝投手、大阪桐蔭・柿木蓮。ここまで指名がなかったことに驚きながらも、これぞファイターズという人選に、ファイターズファンは根尾を外したことも忘れ、「ドラフト成功」と満足していた。

このドラフトで3位指名を受けたのが、日本通運のピッチャー、生田目翼だった。
私は、生田目の名前を知っていた。2年前、流通経済大4年の生田目の名は、ドラフト候補として挙がっていた。しかし、3年から4年にかけて怪我に見舞われていたことで敬遠されたのか、どの球団からも指名はかからなかった。
ウチから川を越えたトコの大学という親近感もあり、「なまため」じゃなくて「なばため」というこの名前をよく覚えていた私は、あぁ、あの時の!と心躍る思いだった。
手が届きそうだった、でも届かなかった。悔しい思いを抱えながら、そこから2年間、野球を続けてくれた。だから私は、プロ野球選手の生田目翼と会える。しかも、あのファイターズのユニフォームを着てくれるなんて。もうワクワクしかなかった。

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▲ 2020.2.23 sun. オープン戦 in タピックスタジアム名護


ドラフトの会見では、古巣の日本通運に移籍していた元ファイターズ・武田久兼任コーチが、とびっきりのかわいい笑顔で横にいた。久さんが育てた子がファイターズへ。こういう物語をつくって、生田目はプロ野球選手になった。

毎年1月、成人の日の3連休に、鎌ヶ谷スタジアムの室内練習場で執り行われる「ファイターズ新入団選手歓迎式典」。前年の清宮幸太郎フィーバーに続き、吉田輝星というスターを見ようと、来場者も多い。来賓も多い。
全部で8人の新入団選手。鎌ケ谷市転入届提出、鎌ヶ谷の梨贈呈、自己紹介。質問コーナーやプレゼントコーナーもあり、楽しい時間が過ぎていく。
そんな中、自身のチャームポイントは?という質問に、生田目は答えた。

「笑顔です」

似ていると思っていたのだ。東京ヤクルトスワローズの徳山武陽広報の、爽やかで優しい笑顔に。徳ちゃんは現役時代から、笑顔でファンに愛されていた。引退後も神宮でつばみちゃんと働く徳ちゃんの笑顔に触れることを、ファンは楽しみにしていた。生田目翼もまた、そんな優しい笑顔の似合う好青年だった。

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シーズンが始まり、ゴールデンウィークのころには毎年、鎌ヶ谷スタジアムのグラウンドで春のふれあいイベントが行われる。3塁側ダグアウトでの写真撮影、球速対決、トスバッティング体験、ノック体験、キャッチボール、カビーファームに選手が分かれ、ファンとふれあう。ファンにとっては貴重な時間だ。

選手がどのコーナーを担当するのかは、グラウンドで発表される。30分の時間制限をどう使うか。お目当ての選手のところへ行く人もいれば、体験したいコーナーへ行く人もいる。私は、「空いてるところ」へ。だが今年は、「お目当ての選手」のところへ、だ。

生田目翼とキャッチボール!

並んでいる間、緊張は高まる一方だ。生田目とのキャッチボールというだけでなく、キャッチボールそのものへの不安がある。この列の人が、全員上手く見える。
ボールは選べるようだ。軟式球か、こどもが遊ぶようなビニールボール。グローブを持参するファンも多い中、素手で勝負の太ったおばさんの選択肢はひとつだ。

順番が来てしまった。

「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。どっちにしますか?」
「(キャッチボール)やったことないので、そっち(ビニールボール)で」
「じゃ、こっちで」

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キャッチボールが始まる。山なりの、それはそれはゆるーいボールを投げてくれる。当たり前だが、ありがたい。ただ、そんな緩いボールを取るにも、こっちは必死だ。投げ返しているのだろうが、キャッチに必死でスローイングの記憶がない。汗がじんわりにじむ。そんな私に、一球ごとに声をかける生田目。

「はい」「OKでーす」
つい口をついた。
「レベルが低すぎて申し訳ありません」
「いやぁぜんぜん。ナイスボール!」

ナ イ ス ボ ー ル な わ け が な い だ ろ う !

生田目のファンファーストに触れ、恐縮だがうれしかった。乗せられて、必死にキャッチボールをしているうちに、交代の時間はやってきてしまった。

「ありがとうございました」

ステキな笑顔で送り出してくれた生田目翼。気づけば、プロ野球選手というスターと会話しながらキャッチボールができるなんて、これほど贅沢なことがあるか。だが、そんな特別な時間も、優しい笑顔でリラックスできていた。生田目の笑顔につられ、私も笑顔だったことは表情筋が覚えていた。本当に楽しい時間だった。

2020プロ野球開幕まであと13日つばさ22

マウンドでの、真剣勝負の顔に笑顔はない。ただ、野球選手でいる今、生田目翼には笑顔でいてほしい。私は、笑顔の野球選手が見たいんだ。

野球選手は、人を笑顔にできる職業だと思うから。

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