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明日の命は誰が守るのか。

「人は信頼しても、人の行動は信用するな」

人間は不完全なものなので、必ずミスをします。
ミスで大切な仲間、自分の命を失わないために、上の言葉を私は暗示のように自分に言い聞かせています。

下にあるのは職業別死亡率のランキング

・10位:建設労働者(死亡率11.8)
・9位:電線作業員(死亡率21.5)
・8位:農業労働者(死亡率21.8)
・7位:トラック運転手(死亡率22.0)
・6位:製鉄、製鋼工(死亡率25.2)
・5位:ゴミ収集業者、リサイクル材の回収業者(死亡率33.0)
・4位:屋根職人(死亡率38.7)
・3位:航空機パイロット(死亡率53.4)
・2位:漁師(死亡率75.0)
・1位:木こり(死亡率127.8)

この死亡率は10万人中何人の死亡者がいるかを表しています。これらの職業の共通点は、何かしらの高エネルギーのものが身近にあり、それが死に至らしめる可能性があるということでしょうか。
我らがパイロットも堂々の3位にランクインしております。

では宇宙飛行士はどうでしょうか?
Wikipediaによると、2004年11月現在、439名(ロシア/ソビエト連邦:96名、アメリカ:277名、その他:66名)が宇宙飛行を経験しているなかで、22名が宇宙船の中で死亡している。とあるので、10万人死亡率の値は驚異の5011.4となります。
もちろん18年もの間に宇宙飛行士の数は増えていると思うので、死亡率は下がっていると思いますが、いずれにせよ凄まじい値です。

私調べによると、アポロ1の事故までにT-38の墜落事故により4名の宇宙飛行士選抜者が亡くなっています。彼らはこの値に含まれていません。

ヒューマンエラーと事故

多くの血塗られた教訓により、改善が施されており、過去に比べて航空機事故もかなり少なくなりました。しかし未だに根絶には至っていません。

どうして無くすことができないのか。

不運としか言いようのない不慮の事故というものも存在しますが、統計上、人間のミスが火種となる場合が多いと言われています。

そして人間はミスをするものです。どんなに頑張ってもミスをします。そのミスが沢山の障壁をすり抜け続けると事故に至ります。それをスイスチーズモデルとか言ったりします。
ミスは誰かが止めてあげるしかないんです。

スイスチーズモデル

チーズの穴を小さくする。

例え誰かがミスをしたとしても、何かがそれを止めてくれれば事故になりません。それがシステムだと、 Fail Safe(壊れるなら安全な方に)構造と呼んだり、人間のアサーション(人を傷つけない助言)だったりします。

エリオット・シー飛行士とチャールズ・バセット飛行士の事故

彼らは宇宙飛行士になり、ジェミニ9へのアサインも決まっていたにも関わらず、T-38の事故で亡くなり、夢を叶えることができませんでした。

彼らは優秀な元テストパイロットです。
ジェミニの訓練に比べたら、T-38に乗って移動することなど容易いものだったのではないかと想像します。

しかし、彼らはセントルイスランバート空港への着陸に失敗し、墜落しました。当日は悪天であり、計器を使用した着陸進入が必要でした。
この場合、最低降下高度というものが設定され、そこまで降下しても滑走路が視認できない場合は、着陸進入をやり直すか、代替飛行場に向かわなければなりません。操縦していたエリオット・シー氏は1度目の進入はやり直し、2度目の進入で大きく滑走路をそれて墜落しました。事故調査では最低降下高度を切っていたのではと言われており、ヒューマンエラーと結論付けられています。

どうすれば防げた?

この事故を防げた人はチャールズ・バセット氏ただ1人だったと思います。もし彼が「Go Around!」もしくは「Missed Approach!」と叫んでいたら変わったかもしれません。もしくは操縦を奪い取り着陸復行をしていたら変わったかもしれません。しかし、残念ながら彼らは同じミッションを行う仲間として信頼しきっていたのかもしれません。シー氏の行動も含めて。

信頼が招く事故

信頼してる仲間には以下のようなバイアスが働きます。
「彼は普段からちゃんとやっているから大丈夫」
「何か普段と違うけど彼なりの考えがあるんだろう」
「自分が助言するなんておこがましいな」
「邪魔したくないから黙っておこう」
これらは全てチーズの穴でしかなく、危険を止める力はありません。
じゃあ細かいことを言い合ってギスギスすればいいのか?というのも違います。

アサーション

そこで、パイロットはアサーションというコミュニケーションを大事にします。
アサーション(assertion)は、自分も相手も大事にして、主張はしっかり行うものの、相手は傷つけないコミュニケーション方法と言われています。
もともとは医療事故を防ぐために言われた?らしいです。思ったことをズバズバ言うことをアグレッシブ。思っても言わないことをノンアサーティブと言います。

具体的にどのような会話?

操縦しているパイロットはよく喋ります。手順やトラフィック、クリアランスなどなど。なぜかというと、自分は何をしているのかを相手に伝える必要があるからです。

操縦していないパイロットもよく喋ります。
「Descend to 2000(って言われたね〜)」
「Traffic 2 o'clock (にいるね〜)」などなど。

操縦しているパイロットはそれを聞いても
「うるさいな、わかってるよ」とはなりません。
その呟きが皆の安全を守る術だとわかっているからです。

自身の経験

私はよくミスをする人間です。ミスをせず運航する自身はありません。また、私のミスは止めにくいと思われています。

アメリカにいたとき、自信を持って判断することを重視していました。なぜならそれが仕事で信頼を得るために必要だったからです。80%くらいの確率でできるならできると断言し、ハッタリもよく使っていました。

混同してはいけないのは、不足事態対処や判断が得意なことと、ミスをしないことは全く違うということです。判断対処の引き出しは経験や情報の量で決まります。しかしミスをするしないは天性の注意深さとか環境によるからです。

周りから見ると自信満々にずばっと判断する人がミスするとは思えません。なので、自分のミスは本当によくスルーされます。ありがたいことに私の命はまだここにありますが、本気でいかんと思っています。

最近はブリーフィング等で自分の弱点をクルーに共有し、役割分担の明確化に努めています。強がりやハッタリは自分の命を守ってくれません。

まとめ

ちまたでもコミュニケーションが大事とはよく言います。相手を思いやって言葉を選んで伝えられる人、何を言われても自分のためと思ってありがたいと思える人、そういう人と仕事をするのは、気持ちがいいだけでなく、安全に仕事ができると思っています。

宇宙飛行士という崇高なお仕事には多くの人を巻き込みます。国家の威信を背負った人たちの命を背負います。

私も気持ちいい言葉で仲間の命を守っていきたい。


Aviator.