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占いと預言のジオメトリー

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迷宮、スリップストリーム&マジックリアリズム。歴史上の人物や事件をモチーフに『未来視』に関する短篇を集めた短篇6篇、詩2篇、補遺3篇の連作集。
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記事一覧

占いと預言のジオメトリー Ⅰ.ラプラス

――物語の始まりには神話があり、同様に、終わりにもそれがあるのだ。――      ルイス・ホルヘ・ボルヘス  よく知られてるように、大半の神々は決して全知全能ではない。  確かにヒトの認識しうる神は、とある偉大なゲルマン詩人が物語ったように、歴史の潮流と民族、文明の趨勢によって究極に近い力を持つ者も過去に存在してきたし、あるいは力を失い悪魔や妖怪の様な小物と化したり、歴史から名を消して、”死んで行った”神も数多存在している。  しかし究極の能力を持った神でも、全知全

占いと預言のジオメトリー Ⅱ.クマエのシビュラ

 僕は無力な神、名はラプラス。今ここに第二の物語を記そう。  クマエのシビュラ、彼女はヒトが記録した中で最高の巫女であり、アイネイアスを亡父の居る冥界まで導き、アポロン神に最も愛され、半神と成り得た人間である。  そしてこの僕もまた、彼女の能力のごく一部を譲り受けた、彼女の系譜に連なる神となる。  クマエのシビュラはアポロン神より寵愛され、その両手で持てるだけの砂粒と同等の寿命を得た。  しかしながら、彼女はそれと同時に”不老”を願う事を忘れていた。  シビュラ

占いと預言のジオメトリー Ⅲ.ラオコーン

 ラオコーン像―――それは歴代のローマ皇帝からも愛され、全ての芸術の最高峰に君臨するのは絵画や装飾、詩作や音楽ではなく彫刻であると時の権力者に示してきた傑作である。  叙事詩『イリアス』は語る、トロイアに運び込まれようとした巨大な木馬が、トロイアに破滅をもたらす災厄だと預言者ラオコーンは訴えた、と。   しかしかつてアポロンの怒りに触れたため、女神はラオコーンの目を潰し、化身の2匹の海蛇を遣わし息子2人と共にラオコーンを扼殺する。  その彫刻の顕す預言者の――自身と息子か

占いと預言のジオメトリー 幕間

初めて月を見たのは17歳だった 詩や小説が言う様に、他人との共感と言うのは幻想か あるいは稀有で奇蹟的な情景、そう覚え込まされていた。 現実にも君達と話す時は、その前提で交わると一番都合が良い。 でもそれは、その前提は時間と共に壊れていって 君達との共感が、君達の記憶が流れてくる 喜悦、憤怒、慈悲、憂鬱、嫉妬、恐怖、そして虚無・・・・ 結局、僕も君達も最初から唯一つの物の別の断面であり 共感は幻想ではなく、その一体化がもたらす恐怖から逃れるため 僕と君

占いと預言のジオメトリー Ⅳ.デウス・ソル・インヴィクトス

 円錐をシンボルとする神や宗教は古代から現代に至るまで様々に存在するが、その原初の一つとされるのが、シリアからローマにもたらされた、デウス・ソル・インヴィクトス(直訳すれば、不滅の太陽の神)という名の神である。  シリアからローマにもたらされ、最終的にはゾロアスター教のミトラ信仰と交じり合ってその神格はミトラと同じものとして名前は消えていくのだが、元来はとある円形闘技場の中央に、黒光りする円錐の石柱が建てられ、そこに祝福の祭文が刻まれて居たという。  円錐形のシンボルに

占いと預言のジオメトリー Ⅴ.フラウィウス・ヨセフス

 この世界には謀らずも預言者になった者、英雄となった者が存在する。大半は野望を持った山師や奇蹟贋作者が不幸な運命を辿るだけだが、狡知と洞察力を極限まで深めた者は預言者と等価の働きをする時が稀にある。  ユダヤ人のフラウィウス・ヨセフス、僕の知る限りその稀有な存在が紀元1世紀を生きた彼である。  彼は預言や奇蹟の力など持たない。英雄になる事を望んだわけでもない。  ただただ、生存競争を生き残ろうと足掻いて、同胞からの誹りも受けた。  そして彼が選ばれた――――  

占いと預言のジオメトリー Ⅵ.アリアドネ

   「預言はことごとく実行されなければならない」    僕たちはその言葉と共に、壁も無い、継ぎ目も無い、    最果てさえ見えない迷宮に閉じ込められていた。    ―――ある学生の独白    これらグノーシス一派に属する者にとっては、可視の宇宙は、    幻想か、(より正確には)誤謬である。    鏡と父性は忌まわしい、宇宙を増殖させ、拡散させるからである。    ―――ホルヘ・ルイス・ボルヘス「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」  僕たちは理

占いと預言のジオメトリー 終幕詩.角の門、象牙の門

ここは狭間の森、その中にある唯一開けた草むらの中心 森の奥は見通しが利かず、霧がかった様に全てがぼやけて見え そして目の前には角で作られた門と、象牙で作られた門がある。 それぞれの門は非常に重いが鍵はかかっておらず 手を触れると肌理は細かく、冷たさではなく むしろ熱を持って脈打ってるようにも感じられる。 角の門の奥は、僅かに曲がり僅かに勾配はあるが一本道 小道に沿う小川は潤い、大気は全身を優しく撫でる、 角の門のあるじがたった一人、奥で待つ。 象牙の門の

モーリスの寓意 ~占いと預言のジオメトリー・補遺Ⅰ~

歴史上、不幸に見舞われた天才的な芸術家は数多くいます。例えば、聴力を失った作曲家、視力を失った画家などです。 音楽家のモーリスの場合はさらに悲劇的な不幸に見舞われました。彼の場合は失語症と記憶障害の二つです(彼はその治療の脳外科手術で亡くなる事になります)。 彼が他の芸術家達より不幸だったのは、音楽的才能と判断能力が高いままその症状を発症した事です。 特に失語症は、彼の頭の中に流れた音楽や新しいアイディアを、外の人間=他人に伝達する手段を全て奪ってしまったのです。彼の

モンスの天使 ~占いと預言のジオメトリー・補遺Ⅱ~

 この度の連作短篇の補遺の一つ、特に『アリアドネ』のテーマと構成の補足として、とある歴史上の事件の解説をしたいと思います。  『アリアドネ』はホルヘ・ルイス・ボルヘスの架空の短篇と、ガイアナのジョーンズタウンで起きた実際のカルト集団自殺事件をベースに描きましたが、着想の時点ではもう一つの事件を利用するかどうか迷っていました。しかしながら次点のモチーフは、テーマは同じでも真逆の結果を生んだ事件でしたので、なかなか作品中に取り込むのは難しく、補遺としてここに書き留めておきたいと

聖都の落日 ~占いと預言のジオメトリー・補遺Ⅲ~

   イェースースーは一度だけ地面に幾つかの単語を書いたが、    何人もそれを読む事は出来なかった――ヨハネの福音書  日が暮れて、もうすぐ、十四夜の月が出る。  俺は、聖都の辿った運命と俺の思いを、全て記してから事を起こそうと決心している。  俺の行為が――つまり今この文章を一字、一字書き進める事が――更なる不幸や宿命を聖都の地や、俺達の子孫にもたらすかも知れないと言う不安は、確かにある。  しかし、俺の話に耳を傾ける者は、彼を追って聖都を去ったか、あるいは冷た

占いと預言のジオメトリー ~後書き~

 noteに登録して約一か月、mixiに描いていた作品で安定したヒット数を上げていた連作短篇を再編集+補遺を追加して公開させて頂きました。まず最初に読んで頂いた皆様にお礼を申し上げます。ありがとうございました。  そしてmixi版の後書きと、今回追加した分の後書きを書いて仕上げにしたいと思います。 (mixi版あとがき)  簡単にではありますが、占いと預言のジオメトリーの解説を書いておきたいと思います。  当初は他の作品の合間に三篇ほどの簡単な物を書こうと思ってましたが、