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祝宴狂想曲(2)ドレス砦の三悪人


わたしの知り合いに、たいそう美しい女性がいます。造形が美しいだけでなくて、笑顔がね、すごくいいのです。まさにパーっと花が咲く感じ。人なつっこくておしゃべり好き、料理はプロ級、もてなし上手。

といっても気取ったところは全くなくて、町で出会ったおじいちゃんおばあちゃんとすぐに仲良しになっちゃったりするようなフランクさ。もちろん仕事はバリバリできる編集長、興味があれば海外だろうがどこだろうが取材にふらりと行ってしまいます。

ルックスも生き方も凛として美しい、そんなパーフェクトな女性が世の中にいるのかと、彼女に会うたび信じられないような気持ちになるのですが、そんな彼女が選んだ男性とはどんな人なのかと興味を持ち、あるとき単刀直入に「ダンナさんと結婚を決めた理由は何だったんですか?」と聞いてみました。すると彼女がひとこと、

「絶対に結婚式は挙げない、と言ったから」

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え。ポイントそこ?


「だって結婚式、絶対にやりたくないんだもん。金もらってもイヤ。死んでもイヤ。だから、ウエディングドレスを着ろとかケーキを切れとか冗談でも言わない人で、なおかつ、なし崩しで結婚式を挙げざるを得なくなるような面倒な親戚家族がひとりもいない人にしたのフフフ」

さぞかしドレス映えするだろう麗しいお方なのにもったいない、と外野としては思うわけですが、なるほど確かに彼女のご主人はなかなか個性的な方で、社交的な彼女のダンナさんがこんなに非社交的とは?とちょっと不思議だったんですが謎が解けました。

ことほどさように世の中には本当にさまざまな価値観があるわけで、どうしてもウエディングドレスを着たい人と、そうでない人がいるわけで。たとえばあなたが前者なら、ええどうぞどうぞナンボでも何回でもどうぞとダチョウ倶楽部状態でプッシュさせていただきますが、ここで改めて声を大にして言わせていただきたい。

わたしは後者

なんです! じじょうくみこです!

もしも願いがかなうなら、社会の片隅で静かに生きたい、草葉の陰からひとさまの、楽しい話をこそこそ聞いてたい、よそさまの視線を浴びるような、明るい場所とは無縁でいたい、そんな人にワタシハナリタイ……

と願い続けてきたわたしの人生に、一度だけでも死にそうだったのに「ウエディングドレスを二度着る」というおそろしい事態が起こるのか。

しかし、なにしろザビ男もわたしもアラフィフまでさんざん親に心配かけてきた手前、親の要望にはすこぶる弱いのです。「結婚式をやってほしい」と言われれば「御意」、「ドレスを着てほしい」と言われれば「承知」と黙って頭を垂れるしか道はございません。

しかも今回の地元祝宴は、老いて心身が弱くなったわが母に「くみちゃんのドレス姿を見せて喜ばせたい」という地元在住の姉・きくえによるプロデュース企画。そう言われて「嫌です」と言うなど…言うなど…できますまい!

そんなわけで渋々ドレス着用を承諾したわけですが、いざ各種手配をする段階になって幹事の姉きくえがまったくのノープランであることが発覚! もともとこうした仕切りは得意でない姉ですし、看護師で忙しくしておりますので「もう普段着の食事会でいいんじゃない?」と粘ってはみたのですが、姉きくえは「いやドレスは着てもらう」の一点張り。

「だったらドレス探して」「わかんない」「じゃあ着ない」「いや着てもらう」「せめてホテルに聞いて」「わからない」と不毛な会話をくり返した挙句、結局ドレスはこちらで探すということになったのです。

ここで問題です。

わたしはすでに本土から遠く離れた島にいます。祝宴会場は、勝手のわからない地方都市です。予算はありません。試着にも行けません。さて、どうやってドレスを調達しましょう?


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わっどぅゆどぅ?



わたしがまっさきに考えたのが、ネット通販でした。

数万円ほどでドレスを販売またはレンタルしているショップがあることは、以前ドレス探しをした際にリサーチしておりました。ただ今回は普通のレストランでの、10人程度の小さな食事会。できるだけ邪魔にならない、裾の短いワンピースタイプがいいなと思っておりました。

ところが販売ドレスにはこれがない。ネット注文可能なレンタルドレスショップも確認しましたが、わたしが理想とするミモザ丈くらいのドレスはほとんどない。あっても値段が高い! そして、どうがんばってもサイズが合わない!(泣)

ドレスショップで試着しても、ピッタリくるデザインとサイズのドレスを見つけるのにあれだけ苦労したわたしです。実物を見ない・試着なしは無謀だなと判断して、通販はやむなく却下。

続いて、東京でお世話になったドレスショップの担当さんに相談してみることにしました。ここなら値段も手頃ですし、サイズを把握してくださっているので話も早くて助かります。

「あいにくうちのショップは裾が長いドレスしかないので、パニエを外してふくらみをなくす以外にコンパクトにするのは難しいかもしれませんね。地方発送は大丈夫です。ご希望の会場まで配送できますよ。その場合は配送料がプラスされますので、ご主人さまのタキシードと合わせて8万円ほどになるかと。どちらにしても、一度試着においでいただくのがよろしいかと」

さっそく姉きくえに報告すると

「えーーそんなにかかるんだあ~」
「いやいやいや、これでも安いほうなんだけど…そっちまで送ってまた返却するんだから、それなりに追加料金も取られるでしょ。しかもよく考えて? わたしたち、いくつよ? どんなドレスでも似合う年齢じゃないでしょ?」
「うーん、そうねえ。でも、そんなに出せないかなあ~」
「………」

なんだろう、はらわたが熱くなってきました。


が、キレてる時間はないのです。東京からの発送が難しいとなると、あとは地元のドレスショップで借りる以外に方法はありません。ネットでいろいろ探してみるものの、値段が高かったり、場所が遠かったりで、なかなか条件に合うものが見つかりません。困っていると、ザビ男がひとこと

「この貸衣装屋はどう? フォト婚というのをやっているみたいだよ」

フォト婚。つまり、婚礼衣装を着てスタジオで記念撮影をするウエディングスタイル。貸衣装代もヘアメイクも撮影代も全てコミコミで、お値段トータル5万円ぽっきり! しかも祝宴会場のすぐ近くで利用できるようなのです。


これなら母にウエディングドレス姿を見せられるし、一緒にきれいな写真を残せるし、その場で着て脱いで終わりだから処理もラク。わたしもわたしでドレスでレストランに入らなくて済むし、ゆっくり食事ができるしオールオッケーじゃないですかー!


さっそく姉きくえに事情を説明すると、「まあ、しょうがないよね」としぶしぶ承諾。どうにかドレス姿で公衆の面前に立たなくて済んで、ああようやくわたしも安心して眠れるわーとホッと胸をなでおろしたのですが、


「写真を撮るだけなら、もうドレスは着なくていいよ!( *`ω´)」

あああああああ
まさかまさかの母上へそ曲げるの巻いいいい゜・(ノД`)・゜・。



ウエディングドレスをめぐる攻防は、ふりだしに戻ったのでありました…。

次回につづく。

Text by じじょうくみこ
Illustrated by カピバラ舎

*この記事はウェブマガジン「どうする?over40」で2015年に掲載した連載の内容を一部アレンジして再掲載したものです。


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