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華麗なるカマド一族(とフォースの覚醒)


「仕事といっても、スーパーのレジぐらいしかないよ」

このセリフ、人生でいったい何度聞いたことでしょうか。大学を卒業して、地元に帰ろうかなと思ったとき。極貧フリーランス生活に疲れて、地元に帰ろうかなと思ったとき。四十路からの生き方がわからなくなって、地元に帰ろうかなと思ったとき。将来に不安を覚えて、地元に帰ろうかなと思ったとき。

どんだけ地元に帰るつもりなんだって話ですが、地元に帰ろうと思うたび「スーパーのレジ」という巨大な壁が目の前に立ちはだかり、一瞬にしてわたしを現実へと引き戻すのでありました。

「スーパーのレジしかないよ」のひとことが、なぜそこまでわたしを震え上がらせるのか。それはひとえにわたしが絶望的に


NBK(ノロい・ぶきっちょ・気がきかない)


だからであります。


中学時代、バレー部で「ノーコンアタッカー」の名を欲しいままにしました。大学時代、海の家でバイトしたら「明日から来なくていいよ」と言われました。初めて海外取材に出た初日に一眼レフを壊し、写真が1枚も取れず編集長にドヤされました。友人の開店祝いに赤ワインを持参し、そのワインを倒して商品にぶちまけました。友だちから「あなたといると何か起きるから一緒に出かけるのイヤ」と真顔で言われました。


あれ、なんだろう泣きたくなってきましたが、とにかく全てにおいて鈍い・トロい・遅いのがわたくし、じじょうくみこという人間でございます。接客業なんてとても無理。お金を扱うなんてもっと無理。それをすばやくやるなんて死ぬほど無理。スーパーのレジなんていうマルチタスクで高度な接客業ができる人を心の底から尊敬しています。


そんなわたしが「島のスーパーで働く」と言ったときの、友人の反応ったらなかったですよ。10人中10人が「世界平和のためだ。やめておけ」って言いましたからねえ(´Д` ) 

それでも島ぐらしを始めたころは、どうすればなじめるのかまったくわからず途方に暮れ、この苦しさから逃れられるなら向いてなかろうが何だろうがやってやる!ぐらいの気持ちでした。なにしろシマ島って、よそものを排除するようなことはないかわりに放置。なにからなにまでなんにも教えてくれないパーフェクト放置プレイ

それだけにバイトの話が舞い込んだときには、それはもう一も二もなく飛びついたわけなのですが、まさか予想外の方向で悩むことになるとは、そのときは夢にも思っていなかったのです。


カモメ


そのスーパーを経営しているのがカマド一族と呼ばれるファミリーだとわかったのは、バイトを始めてすぐのことでありました。

バイトの面接は社長夫人が直々に行うとのことで、スーパーの定休日に事務所へ呼ばれました。ついにスーパーという禁断の扉を開けるのかという緊張感と、社長夫人なんてやり手ババア(失礼)だったらどうしようという不安で恐る恐る事務所に入ると、待っていたのは穏やかな笑顔をたたえた小柄な女性でありました。

そのひとの名は、カマド・サユリ
スッピンにスエット姿というラフな格好でもひとめでわかる整った顔立ち、肌のきめ細かさ。日に焼けたことがないのかと思うくらい、吸い込まれそうな白い肌。エステやら高級化粧品やらに頼っている雰囲気はなく、もともとの美しさがにじみ出ている感じがいたしました。

「ザビちゃんのお嫁さんなら安心ね。東京ではどんなお仕事を?」
「出版社などで編集の仕事をしていました」
「そう。畑違いの仕事をさせちゃって申し訳ないわね。しばらく大変かもしれないけど、シフトの融通はきくから無理しない程度にやってみてね」
「はい」
「新婚さんなのに、あんまり無理させるとザビちゃんに怒られちゃうわね。ひとまず週3回、3時間だけというのはどうかしら」
「はい♪」
「まずは商品の品出しをやってもらうといいかもしれないわね。どうぞよろしくね」
「はい(≧∇≦)」


島でこんな素敵マダムに出会えると思わなかったのでポーとなってしまいましたが、とにかく話のわかる人みたいだし、そんなに気遣ってもらえるなら心配なし。スーパーって思っていたほど大変じゃないのかも? なーんて調子に乗って、早速その週からバイトに入ることになりました。

そしてバイト初日。スーパーのバックヤードに行ってみると、待ち構えていたのはあの社長夫人ではなく、スラリと長身の女性でありました。

「新しい人? よろしくね。こっちに来て。この袋にきゅうりを2本ずつ入れて口を留めて。こんな感じ。簡単でしょ? 終わったらネギを3本ずつテープで束にして。こんな感じ。簡単でしょ? 

終わったらこの機械で値札シールを打ち出して。隣の機械は量り売り用ね。きゅうりは9番、ネギは16番、名前が登録されていないものは125番。値段を打って、定額を押す。産地を押して、地名を選ぶ。値札の枚数を押して、決定。やってみて。簡単でしょ? 覚えた? はいこれを店に出してきて。他の野菜もよろしくね」


「えっ、そん、あっ…」と言う暇もなく、気づけばワゴンいっぱいに野菜を積まれて店内に押し出されていました。まさかスーパーってこうなん? 研修も何もなしにいきなりこんなんなん??

ワンレンボブにバッチリメイク、野太い声で叫びまくっている、いかにも気の強そうな彼女の名はカマド・アケミ

社長の弟、つまり副社長の奥様である、もうひとりのカマド夫人でありました。マリンスポーツをしているのか、小麦色の肌に引き締まったスレンダーなカラダ。長い手足をくるくる器用に動かしながら、ひとときも止まることなくスーパーの中を走り回っておられました。

例えて言えばカマドサユリが八千草薫のような上品さと愛らしさのある熟女だとすると、

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野太い声でカッカと笑うカマドアケミは、岡本夏生的なバブル美女といったところでしょうか。

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ザビママ情報によると、カマドサユリは60代半ばで「過去に類を見ないほどズバ抜けた秀才」として昔から有名だったそう。本土の有名学校を出た後、シマ島に戻ってきたといいます。現在はスーパーの人事や経理などを一手に引き受ける、現場のリーダーとして君臨。物腰はいつでも柔らかく、いかにもいいところの社長夫人然としているのですが、状況を察知しては瞬時に指示を飛ばす姿に、ただものではない感が漂っています。

そうかと思えばわたしが重い荷物にヒーヒーいっていると「大丈夫? 無理すると腰を悪くするから気をつけてね♪( ´ ▽ ` )ノニコ」と顔色ひとつ変えずに

50kgの米袋をひょい

と軽々と持ち上げ、わたしの度肝を抜くのでありました。

一方。ザビ男情報によると、カマドアケミは50代半ば。ゴリゴリのバブル世代で、バブルのおいしい汁をさんざん吸い尽くした後、リゾートバイトでやってきたシマ島に住み着き、そのまま結婚したのだといいます。下町っ子なのかサバサバした姐さんタイプで、店内にいるとあちこちから声をかけられ、みんなに慕われ頼りにされているのがわかります。ただし、少々荒っぽいところもあって、

「ねえねえ、ザビちゃんのどこがよかったの?」
「なんで結婚式に呼ばなかったの?」
「病院行ってるって聞いたけどなんの病気?」

と、なかなか答えづらい質問を所構わずぶつけてきては、わたしをモジモジさせるのでありました。

サラブレッドなサユリと、たたきあげのアケミ。事件のにおいしかしません。


カモメ


さて。
しばらく働いてみてわかったのですが、どうやらカマドサユリ様、本土でご家族の介護か看病をされている模様。ほとんど島にはおらず、週に1日だけ帰ってきてはシフトを組んでまた本土へ戻る…という二重生活を続けているのです。そこで現場の仕切りは、カマドアケミがほぼ一手に引き受ける形になっておりました。


現場にいない人が、シフトを組む。このねじれ現象が、何を引き起こすのか。


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カオス。


自分の希望した日時と違うところにシフトが入っている、なんて当たり前。ある日はやることがないくらい人があまっているのに、翌日は足りなすぎて大混乱だったり。午前担当の人が、午後に入っていたり。

おまけにシフトが組まれるのは定休日なので、休み明けの朝に事務所へ見に行かないと自分のシフトがわからないというトホホぶり。シフト表の前でカマドアケミが「サユリさん、全然わかってないから…」と舌打ちしながら、あちこちに電話をかけてシフトを調整するというのが、バックヤードのいつもの風景でありました。

そしてカマドアケミはアケミでなかなか厄介で、日によって言うことがコロコロ変わるのです。思いつきで仕事を教えるので、いきなり教わっていない業務をふられて途方に暮れることも日常茶飯事。またご機嫌がかんばしくないときは、なにかにつけて近寄ってきて

「サユリさんから聞いたんだけど、腰悪いんだって?」
「はあ、ちょっと疲れが」
「スーパーの仕事やったことないの? ひょっとして文系の人?」
「ぶ…? というか、まあ、デスクワークですね」
「みんな腰やられちゃうんだよね」
「そうでしょうね」
「私も腰ヘルニアなんだよ」
「大変だと思います」
「肩もヘルニアなんだよ!」
「はあ」
「首もヘルニアなんだよ!」
「は、はあ」
「全身ヘルニア!私だってこう見えても大変なのよねっ!」
「………」

と、よくわからない絡み方をされるのでありました。

そうかと思えば、彼女はどうも自分の言うことを忘れるたちのようで、あるとき「くみちゃん、腰きついだろうから月曜日は休んでいいよ」と言ったのにも関わらず、翌日に電話をしてきて

「くみちゃん月曜なんで休みなの? 出られるよね? 出てくれる?」


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パニック。



もともと慣れないスーパー仕事のうえにコレなので、油断も隙もございません。さらに、そこに追い打ちをかけるのが

社長のカマド・アキラ

でございました。推定年齢70手前、自ら華麗な包丁さばきを見せる鮮魚担当なのですが、とにかく無愛想でぶっきらぼう。厨房ででっかいカツオをさばいているかと思えば、突然バックヤードにやってきて

「こめはやく」
「みかんはさんご」
「がちゃじゃなくていれて」

なんの呪文よ?と思うような短い言葉を、怒ったように投げつけては去っていくのです。いきなりそんなことを言われても、こちらはなんのことやらさっぱりわかりません。やむなくカリカリしているカマドアケミをつかまえては呪文を解読してもらう、という繰り返し。


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自分、不器用ですから


そんな緊迫したバックヤードを、ひとり呑気に泳いでいるのがカマド一族最後のひとり、


副社長のカマド・ナツミ


でありました。推定年齢60手前、社長の弟にして精肉担当。働き始めたころ、お客さんから「ナツミちゃん、いる?」と聞かれて、バイトにナツミって子いたかなあと首を傾げつつ「ナツミさんいらっしゃいますかー」と呼んでみると「ほ〜〜〜い♪」と出てきたのが


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毛むくじゃらのオッサンってそれ反則やろ


そんなナツミちゃんは、次男坊だからなのか性格なのか、いつも大きなお腹を揺らしながらバックヤードをふらりふらり。朝、出勤すると顔に似合わず愛らしい声で「おっはよ〜〜♪♪( ´▽`)」と挨拶してくれるのですが、やれタバコだトイレだと何かにつけて持ち場を離れ、

「スーパーはな、肉担当がいいんだよ。だって肉が一番ラクよ。機械がじぇーんぶ切ってくれるんだからよ」

と言いながらどこかへフラフラでかけてしまい、「ひき肉もうないですか?」「もも肉5枚ほしいんだけど」とお客さんからしょっちゅう問い合わせが舞い込むのでありました。

気むずかしい兄と、のんきな弟。事件のにおいしかしません。


左4c


ゴクリ


もともとNBKな身の上に、ふりかかる容赦ないカマド攻撃。1日たった3時間のバイトなのに、帰るころには精根尽き果て廃人状態でありました。けれどそんな華麗なるカマド一族に鍛えられたのか、はたまた離島という環境のせいなのか、どうやらわたしの中で眠っていた何かが目覚めてしまったようなのです…。

そのお話はまた別の機会に。ではまた〜。


Illustrated by カピバラ舎

*この記事はウェブマガジン「どうする?over40」で2015年に掲載した連載の内容を一部アレンジして再掲載したものです。


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