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「対峙」

原題:Mass
監督:フラン・クランツ
製作国:アメリカ
製作年・上映時間:2021年 111min
キャスト:リード・バーニー、アン・ダウド、ジェイソン・アイザックス、マーサ・プリンプトン

「アメリカの高校で、生徒による銃乱射事件が勃発。多くの同級生が殺され、犯人の少年も校内で自ら命を絶った。それから6年、いまだ息子の死を受け入れられないジェイとゲイルの夫妻は、事件の背景にどういう真実があったのか、何か予兆があったのではないかという思いを募らせていた。

夫妻は、セラピストの勧めで、加害者の両親と会って話をする機会を得る。」*公式ホームページより

 先ず、作品の題材である学校における銃乱射がそもそも起こらないであろう日本でこの作品を観るにあたって私の気持ちはどこにあるのだろうかと考えていた。
 加害者家族に共感できるはずはなく、それでも被害者家族の痛みにどれほど寄り添えるかも同じくらいに僅かなことだけは確か。
 どちらの家族も最愛の子を亡くしたことは共通ではあるが、両家族の接点はそこだけだ。
 どのように言葉を紡いでいくのか全く予想を持てず作品を観た。

教会の一室で対面の様子

 カウンセラーが対面の場所として準備したのは教会の飾り気がない一室。
 四角いテーブルでは関係性に対立が生じやすいと会議には円卓が用いられるという。この両家族対面の場で意図せずとも円卓を囲むことになる。

加害者家族

 加害者家族の母であるリンダは不安な面持ちのまま自宅庭で摘んだアレンジメントの花を相手家族に渡すために用意していた。
 この花は彼女の謝罪の気持ちを形にしたものであった為に却って被害者の母親ゲイルは一瞬受け取りをためらう。
 この花は単に会話の糸口としての小道具ではなく、実は作品の中でシンボリックな存在だったことに気付かされる。

対話の場所となった教会の一室

 教会が用意してくださった飲み物や菓子はサイドテーブルにあり、白いテーブルには何も置かれなかった。リンダから渡された花を最初はテーブル中央に置いたゲイルだったが、やはりその花を見ながら会話は出来ずサイドテーブルに花は移された。

 無防備になると非難の言葉が出ることは大人であれば承知のこと。折角カウンセラーが用意してくれた場とは言え何から話すとよいのか両家族悩みながら、カードを一枚ずつ出していくように手探りで対話が始まる。

ジェイとゲイル

 被害者両親としては当然のこと事件の背景が知りたい。勿論、知ったところで亡くした子が生き返る訳ではないが事件の全容を知らずに息子の死を受け入れることは辛い。
 次第に感情が入り、膠着状態だったテーブルを囲む風景に変化が現れる。

最終膝を寄せて話す両家族

 ジェイがのどの渇きに席を立ち飲み物を取った頃から、四人座ったままの形からの動きだけではなく感情面でも動きが出てくる。
 感情も抑止が外れ相手に向けての言葉も辛らつになるが、この作品がこれまでの銃乱射を扱った作品と大きく異なる流れになっていく。

 今回の邦題は的確だった。宗教色薄い日本で、ましてキリスト教徒が少ないこの国で Mass と表現しても伝わり辛い。Mass はキリスト教徒の中でもカトリックにおいてのミサを意味する。プロテスタントでいう礼拝にあたる。

 ゲイルが後半、あなた方を赦すと息子に対して申し訳ないと葛藤を吐露する。
 監督が示したかった赦しの場面が展開していく。
 許しと赦し
 許しは、「許可する」というような意味合いがあり、行為や行動の前段階でのこと。
 赦しは、すでに起こってしまった出来事や過ちに対して、「恩赦」或いは裁かずに受け入れることを指す。
 ゲイルが葛藤していたことはこの赦しだったのだろう。
 キリスト教では許す或いは赦すということが行動の指針として大切にされる。ゲイルが加害者家族を赦さない限り(とゲイルは考え至っている筈)、彼女にも穏やかな日々と新たなる前に向く日々は訪れ辛い。

 作品中も母親同士は手紙を交わしていたとある。デジタルのSNSよりは幾分心が伝わり易くても手紙にも限界がある。こうして敢えて対峙することで得たことが大きいと、最後にリンダが用意した花の行方でも分かる。
 舞台劇さながらに無駄を省き4人が繰る言葉だけが全て。感情を煽る音楽もなく銃乱射事件に関わる絵も一切表示されなくとも言葉は雄弁に情景を夫々観ている人々の中に映し出す。

 最後に参考まで以下に主祷文をあげます。
 この祈りはカトリックの主祷文ですが、キリスト教ではカトリック・プロテスタント問わず概ね似た祈りです。ゲイルも毎夜の祈りで唱えている筈です。
★★★★

主祷文(主の祈り)
天にましますわれらの父よ、
願わくは、御名の尊まれんことを、
御国の来たらんことを、
御旨の天に行わるる如く地にも行われんことを。
われらの日用の糧を、今日われらに与え給え。
われらが人に赦す如く、われらの罪を赦し給え。
われらを試みに引き給わざれ、
われらを悪より救い給え。アーメン。


 
 

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