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思い出飯「キンキ」

大人のキンキ

小さい頃、父と祖父の食卓に上がるキンキの塩焼きが羨ましかった。

キンキとは「きちじ(喜知次)」という魚の代表名でカサゴ科の魚。北海道や東北地方で主に取れる魚で見た目は金目鯛に似ている。結構な高級魚(現在は1匹約3000~4000円だとか)で滅多に我が家に食卓に並ぶことはなかったけど、本当に極稀に食卓に並ぶことがあった。恐らく魚屋に稀にキンキが売られていて、それが安値の時だけ買っていたのだと思う。

しかし値段が値段のため家族全員分は買えず、私と兄と母にはあたらなかった(祖母はすでに他界)。母は「お父さんとおじいちゃんは一家の大黒柱で稼いでくれてるでしょ?だから食べれるの」と子どもにはわからない理由で美味しそうなキンキから私と兄を遠ざけた。キンキが高い魚というのは知っていたが、どれだけ働けば家族全員分のキンキが買えるかなんてまだ知らなかったのだ。

「お母さんも働いてるのに食べないの?」と聞いても「お母さんはいいの」と母は私や兄と同じ焼き鮭や塩サバ、ホッケの開き、ししゃもをつついた。パート勤めと家事でいつも忙しそうな母でさえ食べないのだから、子どもの私には文句や我儘は言えなかった。

しかし大人だけ、しかも父と祖父だけ食べられる特別な食べ物に私は興味津々だった。キンキが食卓に上がる日は魚焼きグリルとテーブルをうろついてニオイだけを思う存分堪能した。香ばしくてちょっと甘いようなキンキの焼けるニオイ。焼きたては身の上で脂がぱちぱちと跳ねていて食べたときの妄想がぐんと膨らむ。いつか私も大人になったら食べれるんだろうか、と夢を馳せながら胸にニオイを詰め込んだ。

しかしそんな大人の日は案外すぐにやってくることになった。

その日の食卓にはキンキのいいニオイが充満しているのに父や祖父はいなかった。

母は「お父さんは急な出張でおじいちゃんはご飯いらないんだって」と言いながらキンキの塩焼きを食卓に置いた。私の食卓に半分こされたキンキの塩焼きが並ぶ。あの父と祖父しか食べれない、特別な大人のキンキ。

「これどうしたの!?お父さんは食べないの?!」と大慌てで母に聞くと母は「明日になると美味しくなくなっちゃうから、みんなで食べちゃお」と笑った。「内緒だからね」と言う母に何度も首が痛くなるくらい頷き返し、急いで自分の椅子に飛び乗った。

いただきますも早々にキンキを口に放り込む。

柔らかくて肉厚の身は刺身のようにプリッとしているのに焼いて香ばしくなった甘い脂が噛めば噛むほどどんどん舌に絡んだ。その脂を逃すまいと口に白米をかっ込む。ちょっとの身でも驚くほど白米が進んだ。舌に残った甘い脂の余韻を流してしまはないようにお茶はあえて飲まなかった。

母の「骨が硬くて鋭いから気を付けて食べなさい」という忠告も気にしてなんかいられない。あの夢にまでみたキンキを私は食べているのだ。美味しさを逃さないようにとにかく白米をかっ込んでかっ込んでかっ込んだ。

口いっぱいに米とキンキを詰め込みながら母に「おいしいね!おいしいね!」と興奮気味に声をかけた。キンキに夢中で母がそのときどんな顔をしていたか覚えていないが、「おいしいね」と返ってくる声に嬉しくなったのを覚えている。憧れのキンキを大好きな母も一緒に頬張っているというのは、幼い私にとって何よりも嬉しいことだったんだと思う。

皿に残ってしまった脂が惜しかったが、シンクにしっかり食器を下げて私のキンキは終わった。

その後も実はキンキをまた食べるチャンスは何度か回ってきたが、それもたった数回だけだった。私の年齢が思春期を超え始めるとすっかり食卓にもキンキは出なくなってしまった。

大人になって家を出た今でもあの時のキンキを思い出す。スーパーの魚コーナーでキンキを探すがほとんど見なくなった。たまに見かけても財布へのダメージが気になってカゴには塩鮭やサバを入れていく。

いつかまた母とキンキを「おいしいね」と食べれる機会がくるなら、今度こそ嬉しそうな母の顔をしっかり見ておこうと思う。あの時見られなかった分まで。


#おいしいはたのしい

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