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AIのべりすと怪文書『無限呂布』

 ある日突然、呂布が大増殖した。
「うわっ!?」
 陳宮は驚いて飛び起きると、自分が寝ていたのが呂布の部屋である事に気づいてさらに驚く。
「……おはようございます」
「ああ、うん、おはよう」
 すでに身支度を整えた呂布と、その隣に張遼と呂布と呂布と呂布……要するに何人もの呂布たちがいた。
「……え? 何ですか、これは?」
 陳宮は状況を飲み込めずに尋ねる。
「見ての通りです。俺がたくさんいるんですけど」
「それは分かります。何故こんな事になったのか聞いています」
「いやぁ、それが昨日、ちょっと風邪気味だったんですよね。それで早めに休んだらこの有様でして」
 呂布の説明ではさっぱり分からないのだが、とりあえず呂布が複数人いる事は間違いないらしい。
「あの、軍師殿。これはどういう事でしょう?」
 張遼も困惑しているらしく、恐る恐る陳宮に尋ねてくる。
「私が聞きたいくらいだ!」
 陳宮にしてみれば怒鳴りたくもなるだろう。
「とにかく、どうにかしましょう。このままだと仕事になりませんよ」
 張遼の提案に、呂布たちは一斉に首を横に振る。
「そんな事を言われても、どうしようもないですよ」
「それに、俺は一人しかいないからなあ」
「そういうわけだから、俺に任せておけって」
「お前じゃ無理だって言ってんだよ! だいたいお前こそ本物かよ?」
「偽物がいると言う事は、本物が必ずどこかにいるはずだろ?」
「でもどうやって見分けるんだ? 見た目だけなら同じじゃないか」
「俺の方が強いぞ」
「おいおい、俺の方が強いって」
「待てよ、俺の方が強いって」
「いやいや、俺だよ」
 言い争いを始めた呂布たちは、お互いに武器を構えて睨み合っている。
「ちょ、ちょっと待った。落ち着いて下さい、皆さん。ここで争っても仕方がないじゃないですか」
 陳宮は慌てて止めに入るが、それでも呂布同士の戦いを止める事が出来ず、ついにお互いを斬り捨ててしまった。
「……えぇーっと」
 陳宮は困ってしまう。呂布同士の戦いなので、どちらか一方を助ければもう一方を殺す事になる。この場合、助けるべきなのは本物の方なのだが、それを判断する基準が無いのだ。
「……ん?」
 陳宮はある事に気づく。
「これ、もしや夢オチですか?」
 陳宮は寝室に戻り、布団の中で丸くなった。そして再び目を覚ました時にはいつも通りの朝であり、目の前には呂布ではなく張遼がいた。
「おはようございます」
「……おはよう」
 まだ眠気が抜けきっていない陳宮だったが、すぐに状況を理解した。つまり先程のは夢だった訳だが、どうしてあんな悪夢を見たのだろうか?
 そこに、呂布と呂布と呂布と呂布……すなわち何人もの呂布たちがやって来た。
「軍師殿、どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
「ところで軍師殿」
 張遼が尋ねる。
「今朝の軍師殿の夢の話を聞きたいのですが」
「…………」
 どうやら張遼も見たらしい。陳宮は咳払いをしてごまかすと、呂布たちを部屋から追い出した。
 その後しばらく、呂布を見る度にあの悪夢を思い出してしまう陳宮だった。

 呂布奉先は悩んでいた。天下一の豪傑として名を馳せる呂布ではあるが、実は彼自身も呂布と呂布と呂布と呂布……すなわち何人もの呂布たちに囲まれている。昨夜も呂布三人で酒を飲みながら楽しく語り合っていたのだが、そのうちの一人が急に酔いつぶれてしまい、呂布たちは彼をそれぞれの部屋に運んで寝かせたところだった。
 呂布としてはもう一人と語り合いたかったのだが、そのもう一人も潰れてしまい仕方なく呂布も眠りについた。
 そして今日、呂布軍団は休息日にしているので呂布もゆっくり起き出したのだが、何故かそこには他の呂布たちがいた。
「いや、本当に何なんだろうね、コレ」
 呂布は苦笑しながら、自分の手を見つめる。
「俺の手って、こんなに大きかったかなぁ」
「いや、俺の方が大きいと思うぞ」
 もう一人の呂布が言う。
「いやいや、俺の方が大きいだろ」
 また別の呂布が反論する。
「俺の方が大きい」
「いやいや、俺の方が大きい」
「いやいや、俺の方が……」
 呂布がどれだけ否定しても、呂布は自分こそが本物だと言い張る。
「あの、軍師殿に相談してみてはいかがでしょう?」
 張遼が提案すると、呂布たちは一斉に首を横に振る。
「いやぁ、それはちょっと恥ずかしいと言うか」
「そうそう。それに、軍師殿にこれ以上迷惑をかけるのも悪いし」
 呂布たちは口々に言い訳を始める。
「とりあえず、このままでは仕事にならないので何とかして下さい」
 陳宮の言葉に、呂布たちは一斉にうなだれた。
「とはいえ、呂布将軍が何人もいるのは心強い事でもありますね。競馬に例えるなら、ディープインパクトやオルフェーヴルがいっぱいいるようなものですから」
 陳宮はそう言うものの、呂布たちの表情は明るくない。
「まあ、確かに戦力としては申し分ありませんけど、このままだと困りますよね?」
 張遼が尋ねるが、呂布たちは一斉に首を横に振る。
「そんな事を言われても、どうしようもないですよ」
「しかし、何か対策を考えないと仕事になりませんよ」
「そうだなぁ」
「じゃあさ」
 呂布は一つ思いついた事があるらしく、張遼と陳宮を呼んで耳打ちする。
「と言う事でいいか?」
 呂布の提案を聞いた陳宮と張遼の反応はそれぞれ違っていた。
「……本気ですか?」
 まず陳宮は疑っている。
「呂布将軍がそれで良いなら、私は構いませんが」
 張遼は賛成してくれた。
「よし、決まりだ!」
 こうして呂布軍団の新しい一日が始まった。

「おはようございます!」
 呂布が挨拶をしながら執務室に入ると、すでに陳宮が仕事をしていた。
「おはようございます」
 陳宮は顔を上げて呂布を見ると、すぐに視線を机の上に戻す。
「どうかされましたか、軍師殿?」
「いえ、別に」
 他の呂布たちは揃って準備運動をしている。
「では皆さん、よろしくお願いします」
 陳宮が号令をかけ、呂布たちが一斉に動き出す。
「……?」
 陳宮はその光景を見て、眉を寄せている。
「どうしたんです、軍師殿? さっきから様子がおかしいようですけど」
 張遼が尋ねてくる。
「いや、どうも呂布将軍の数が多い気がするのでな」
 陳宮は呂布軍団の帳簿を見ながら、頭を悩ませていた。
 呂布の総数は百名を超える。その呂布が全て呂布であるのだから、一人増えたところで問題は無いはずだが、それでも人数が増えすぎると管理が難しくなる。
 特に呂布たちは呂布に対して非常に協力的で、呂布の命令には絶対服従であり、それどころか指示が無い場合は自主的に行動する事さえある。
「軍師殿、少し休憩されては?」
 張遼に促され、陳宮は椅子から立ち上がる。
「そうですね。そろそろ一息入れましょう」
 陳宮は張遼と共に、中庭へ向かう。
「呂布将軍、何をされているのですか?」
 そこでは呂布たちが槍を手に、訓練をしていた。
「見ての通り、稽古だよ」
「稽古と言われましても、これはちょっとやりすぎではありませんか? 呂布将軍が怪我をされたらどうされるのです」
 張遼が言うと、呂布たちは一斉に首を振る。
「大丈夫だって。ちゃんと気をつけてやってるから」
「そうそう。呂布将軍がおられるから、俺たちは安心して戦えるんだぜ」
「呂布将軍がいる限り、俺達は無敵なんだ」
「そうそう、呂布将軍がいるからな」
「いや、呂布将軍がいても、油断は禁物だろう」
「何言ってんだよ、お前。呂布将軍に勝てる奴なんてこの世にいないって」
「いやいや、呂布将軍も人間だし、いつか死ぬ時は来るって」
「あの、皆さん」
 呂布同士で言い合いを始めたところへ、張遼が割って入る。
「言い争いをするくらいなら、呂布将軍が二人いれば良いんですよ」
 張遼の言葉を聞き、呂布たちがピタリと動きを止める。
「いや、それはダメだろ」
「うん、それは違うと思うぞ」
「いくらなんでも無茶苦茶だ」
「いくら張遼でも、そんな事は言わないでくれよ」
「そうそう、呂布将軍は一人で十分だ」
「いやいや、呂布将軍は一人で十分だ」
「あの、呂布将軍」
 張遼が再び呂布たちの間に入り、呂布の肩に手を置く。
「呂布将軍が二人でいる事の利点を考えてみてください」
「んー、やっぱり戦いの時には敵無しになる事かなぁ」
「まあ、呂布将軍ならどんな相手でも負ける事はないと思いますけど」
「でも、呂布将軍は天下無双の豪傑じゃないか。一人しかいない方が色々と都合が良いんじゃないかなぁ」
「いえいえ、呂布将軍はもう一人いた方が良いですよ。呂布将軍が二人いるからこそ、呂布将軍の軍としての強さがあるんですから」
「いや、呂布将軍は一人の方がいいに決まってるよ。それに呂布将軍は一人でも十分強いし」
「しかし、『三人寄れば文殊の知恵』とも言いますね」
「それは呂布将軍じゃないよ」
「呂布将軍が三人いるから、文殊なんだよ」
「いやいや、呂布将軍は一人でも十分に強いですよ」
「しかし、呂布将軍が二人もいると、仕事が楽になりますよ」
 張遼の言葉を皮切りに、呂布たちの討論は白熱していった。
「……軍師殿」
「ああ、分かっています」
 陳宮と張遼は顔を見合わせてため息をつく。
 呂布軍団には呂布が四人いる。しかも全員が同じ人物なのだから、当然意見もバラバラになってしまう。これでは呂布軍団ではなく、呂布軍団団である。
「仕方ありません。軍師殿、ここは我々で何とかしましょう」
「そうだな。張遼、任せた」
 陳宮はあっさりと張遼に任せると、執務室に戻っていく。
「軍師殿?」
「私は疲れた。しばらく休む事にする」
 陳宮は何食わぬ顔で言うと、さっさと執務室に入ってしまう。
「……えっと?」
 張遼が戸惑っている間にも、呂布軍団による議論は続いていた。
「やはり呂布将軍は一人でいいんじゃ無いか? その分、他の武将を厚くすればいい」
「いやいや、呂布将軍は一人で十分だよ。その分、他の武将を減らしてもいいくらいだよ」
「呂布将軍は一人だけで良いと思わないかい、張遼殿」
「いえ、呂布将軍は二人の方が何かと便利ですよ」
「呂布将軍は一人だけいれば充分でしょう」
「いやいや、呂布将軍は二人必要だよね、張遼殿」
 張遼は完全に置いてけぼりを食らっていた。
「呂布将軍はEXILEだ。これからもどんどん増殖していくのだ」

 その言葉通り、呂布たちは呂布軍の枠組みを超えて、中華全土に増殖した。
「呂布将軍、お客さんです」
 張遼が報告に来る。
「誰だい?」
「李粛殿です」
「よし、通してくれ」
「分かりました」
 張遼が下がろうとした時、ちょうど呂布がやって来た。
「よう、呂布将軍」
「よう、呂布将軍」
 二人の呂布が同時に挨拶を交わす。
「相変わらず、仲良いねぇ」
「まったくだ。羨ましいぜ」
「そう言うお前達も、結構仲良くやってるみたいじゃないか」
「いやいや、俺達はお前達が羨ましくってしょうがないぜ」
「そうそう。お前達は本当に凄いよなぁ」
「何言ってんだよ。俺達はお前達の事が羨ましいよ」
「そうだって。お前達ばっかりモテやがってよぉ」
「いやいや、俺は呂布将軍ほど強くないし、張遼将軍のように武勲も無いからな」
「そんな事ないって。お前だって強いし、張遼だって頼りになる男だぞ」
「いやいや、呂布将軍に比べればまだまだだよ。それに張遼将軍はちょっと気が弱いところもあるし」
 このように、複数の呂布たちのやり取りは呂布軍だけでなく、曹操軍でも袁紹軍でも劉備軍でも孫策軍でもあった。まさしく「一家に一台」どころか「一家に数名」である。呂布の武勇伝にあやかろうと群がる者も多く、また呂布の名声を利用して利益を得ようとする者も現れた。
 だが、それらの者は呂布本人ではなく、呂布の武力と知略によって支配されている呂布軍団を恐れていた。呂布の実力を恐れていては、呂布の威を借りる事など出来ないからである。
 その為、呂布の武力や知略を利用しようと考えている者達は、呂布本人を懐柔しようと試みるが、そもそも呂布は争いを好まない性格であり、争い事を嫌う為、争い事に巻き込まれる事を嫌った。
 そうなると、自然と呂布の周囲には呂布を守る為に他の呂布たちが集まり、呂布軍は拡大の一途を辿る事になった。

「呂布将軍、どうですか? そろそろ落ち着いてきましたか?」
 陳宮が尋ねると、呂布は苦笑いを浮かべる。
「いや、もう増えすぎて収拾がつかない状態になってるよ」
「EXILE軍団ですね」
「それ、絶対陳宮の冗談だろう?」
 呂布が困り果てているのも無理はない。呂布が増殖してからというもの、毎日のように呂布がやって来る。
 呂布は四六時中呂布と共にいるので、呂布の姿が見えないとすぐに騒ぎ出す。
「と言うより、呂布将軍の存在感が強すぎるんだよ」
 と、張遼は言うのだが、呂布が一人しかいない方が異常事態だと思う。
「いっそのこと、呂布将軍の事は『神』として崇めてみたらどうかな?」
 などと提案した事もあったが、これは陳宮が却下している。
 呂布がいくら無欲であっても、流石に神様扱いされるのには抵抗があるらしい。陳宮としても、呂布は奉先個人であって、呂布軍の首領ではない。呂布自身が嫌がっている以上、呂布軍内で呂布を崇拝する様な組織を作るつもりは無いようだ。
「ところで、張遼は大丈夫なのか?」
 呂布は心配して張遼に声をかける。張遼は呂布軍団の中では数少ない常識人なので、呂布軍団の拡大に伴って苦労する事も多いはずだ。
「ええ、まあ、なんとかやっています」
 張遼は笑顔で答える。
「俺としては、呂布将軍と陳宮殿だけで手一杯でしたからね。それが呂布将軍が増えて、張遼将軍も増えたので、多少負担が減って助かりますよ」
 と、本人は言っているが、それでも張遼の負担が増えている事に変わりは無かった。
 張遼自身、あまり他人に頼る事を良しとしないところがあるので、おそらく呂布や陳宮の前では弱音を吐かない様に気をつけているのではないかと思われる。
「張遼将軍、何かあったら遠慮なく相談してくれ」
「そうですよ。私も力になります」
 呂布も張遼も増殖しているのならば、当然、曹操や袁紹や孫策らも次々と増殖していた。
 袁紹軍では袁術が袁紹を真似ようと増殖を繰り返し、孫策軍では周瑜が孫策を真似ようと増殖を繰り返す。
 劉備軍でも関羽を真似た劉備、張飛を真似た張飛、趙雲を真似た趙雲がいた。
「いやー、しかしこうも増えると、さすがに困るよね」
「まったくだ。俺も困ってる」
「俺も俺も」
「俺も俺も」
「俺も俺も」
 呂布軍団の本拠地にいる赤兎馬の周りに次々と他の赤兎馬たちが集まり、呂布軍団は大混乱に陥っていた。
 何しろ呂布が四人もいるのだ。誰が本物の呂布か分からないのだから、他の呂布たちは自分の事だと思い込んでいる。
 そこで呂布は、他の呂布と区別するためにそれぞれの額に赤い布を巻き付ける事にした。これにより、呂布軍団の混乱はさらに深まった。
「呂布将軍! この呂布が本物です!」
「いやいや、呂布将軍なら分かるはずです! 俺は偽物です」
「何を言ってるんです? 俺は間違いなく呂布将軍です」
「お前こそ何を言ってるんだ? 俺は呂布の中の呂布だぞ」
「いやいやいや、呂布将軍なら分かりますって。俺こそが呂布将軍だ」
「いや、呂布将軍の中の呂布将軍である、この俺が呂布将軍だ」
「俺だって呂布将軍の中の呂布将軍だってば」
「いや、俺たちこそが呂布将軍だってば」
「うるさい、黙れ!」
 呂布は怒鳴りつける。
「お前達は全員、偽物の呂布将軍だ! どれが本物だとかは関係ない。呂布軍は全員、呂布将軍なのだ。いいな、分かったな?」
 呂布の言葉に、全員が不満そうな顔をしたが、渋々ながらうなずく。
「それと、みんなで話し合って行動してくれ。それぞれがそれぞれの行動をしてたら、いつまで経ってもまとまらないじゃないか」
 呂布がそう言うと、呂布軍団はようやく落ち着きを取り戻した。

 呂布軍団の分裂騒動は一応の解決を見たものの、呂布が一人でいる事は無くなっていた。それどころか、呂布が二人いる事で様々な問題が発生していた。
 例えば、呂布が同時に二人の女性を同時に口説くという暴挙に出た事もあったのだが、その時はどちらにも振られたので、どちらか片方が嘘をついていた事になる。だが、呂布はどちらも本心から愛していると言い、二人は呂布の寵愛を争って喧嘩を始めたので、呂布は慌ててその場を逃げ出した。
 また、呂布が三人で酒盛りをしていた事もあるのだが、一人の呂布が酔い潰れて寝てしまい、もう一人の呂布は眠ってしまった呂布の分まで飲んでいた。そのせいもあってか、残った呂布が千鳥足になって帰って来た時には、酔っ払った呂布は呂布の部屋の前に座り込んで眠りこけてしまった。
 翌日、目を覚ました呂布は頭痛に苛まれながらも、呂布は呂布たちに事情を説明して解散させた。
 他にも、呂布が五人集まって、誰が一番強いのかと競っていた事もあった。呂布としては、呂布同士で戦わせると言うのは気が進まなかったので止めさせようとしたのだが、他の呂布たちは呂布が止める間もなく殴り合いを始め、最終的に一対一の勝負に決着がついた所で、他の呂布たちが呂布を担ぎ上げて勝利者を称えた。
 呂布にしてみれば、呂布を神輿の様に担ぐ呂布軍団の姿には違和感しかなかった。
 そんな日々を過ごしているうちに、呂布は疲労が溜まって体調を崩してしまう。陳宮はすぐに呂布を休ませる様に指示を出し、呂布はしばらく休養する事になった。

「……大丈夫ですか、呂布将軍?」
 陳宮が尋ねると、呂布は寝台の上で身体を起こした。
「陳宮か。ああ、もう大丈夫だ」
「あまり無理なさらぬ方が良いですよ」
「そうだな。あまり無茶すると、またあの連中が集まってくるかもしれないし」
 呂布は苦笑いを浮かべて言った。
「それで、今日は何の用かな? わざわざ様子を見に来てくれただけじゃないんだろう」
「はい。実は袁紹殿のところにいる呂布将軍たちが、大変な事になっているのです」
「大変? どういう事だ」
 呂布が眉を寄せる。
「袁紹殿のところの呂布将軍が、それぞれ自分が本物の呂布将軍だと主張しています。そして、それが事実かどうか確かめるために、毎日のように呂布将軍を尋ねてくるのです」
「……それは、確かに大変だな」
 呂布は呆れた様に言う。
「何か手を打つべきでしょうが、私ではどうする事も出来ません。呂布将軍の方で何か良い手は無いでしょうか?」
「俺が行って話をつけようか」
「いえ、これは私ではなく呂布将軍の方でなんとかすべき事です。呂布将軍でなければ収拾出来ないと思いますよ」
 陳宮に言われ、呂布は難しい表情をする。呂布自身、自分の事だから自分が一番良く分かっているつもりだし、自分の事を他人に任せる事は不安がある。
 しかし、このまま放置していては、呂布軍団の分裂を招きかねない。
「分かった。何とかしよう」
 呂布は重い腰を上げた。

 呂布が袁紹軍の陣営に行くと、そこには張遼、高順、臧覇と言った呂布軍の武将たちだけではなく、曹操や孫策、袁術など、多くの武将たちが集まっていた。
「おぉ! 呂布将軍!」
 呂布を見つけるなり、張遼が駆け寄ってくる。
「やはりあなたこそが本物だったのだ!」
「いや、俺こそが本物だと分かってくれていたのだな!」
 呂布の言葉を遮って、二人の呂布が言い合う。
「待ってくれ。俺は本物だ」
「いやいや、俺こそが本物だ」
 二人の呂布が睨み合っていると、他の呂布たちも集まってきて騒ぎ始める。
「……これは、思ったより酷いな」
 呂布は頭痛を感じながら呟く。
「こんな事は早く終わらせるべきだろう?」
「まったく同感だな」
 呂布は言うと、二人の呂布に向かって歩み寄る。
「お前達、いい加減にしないか。これ以上騒ぐなら、力尽くでも黙らせるぞ」
 呂布がそう言って剣に手をかけると、呂布軍団だけでなく他の呂布たちも一斉に静まり返った。
「よし。これで分かっただろう? この人は本物の呂布奉先であり、俺達は偽物の呂布軍団なのだ。分かったら解散してくれないか?」
「ちょっと待て。何故この人が本物の呂布将軍なのだ?」
 一人の若い武将が進み出て来る。その男は、劉備のところで見かけた事がある。確か劉備の配下の一人で、名前は陳到だったはずだ。
「それは、俺達が呂布将軍本人であると、呂布将軍自身が認めたからだ」
「それならば、なぜここにいないのか? それこそ、呂布将軍の証ではないか」
「ええい、うるさい! お前は誰だ!? 今すぐここから消えろ!」
 二人の呂布が怒鳴りつける。
「その方らは、呂布将軍がお疲れの時に来られたからな。さあ、呂布将軍もお帰りになった方がよろしいですよ」
 呂布たちは今もなお増殖している。また一人、呂布が増えている。
「待て、まだ話は終わってない」
「終わったんだよ。もう帰れ」
「何を言うか。呂布将軍は、そんなに暇ではないんだ」
「お前達に構っている時間の方が無駄だ。帰らないと言うのであれば、力ずくで追い出す事になるぞ」
「何だと〜?!」
 呂布と呂布と呂布と呂布……要するに何人もの呂布たちは一斉に怒り狂い、暴れ始めた。

「大変だー!」
 中華全土から数多くの呂布たちが集まり、暴動を起こしている。陳宮は大慌てで呂布を呼びに行ったのだが、呂布はすでに陳宮の部屋の前にいた。
「呂布将軍! 大変です! 呂布将軍がたくさんいるのです!」
 陳宮は慌てて説明しようとするが、呂布は陳宮の説明を聞くまでもなく事態を把握した。
「俺のところにも来たか」
「やはりご存知だったのですか? これはいったいどういう事なのでしょうか? 何かの策略ですか? 董卓は何を考えているのですか? もしかして董卓の仕業ですか? そうなんですね?」
「落ち着け、陳宮。董卓は関係ない」
「では、何故このような事に?」
「俺も分からないんだが、俺には分かるんだ。袁紹のところの呂布将軍も大変な事になっているらしいが、そちらも同じような状況なのか?」
「袁紹殿の方はそこまでではありませんが、こちらも大変な事になっています」
「……だろうな」
 呂布は苦笑いを浮かべる。
「ともかく、この混乱を収める必要があるな」
「はい。その為にも呂布将軍にお願いしたいのですが」
「分かっている。俺が行こう」
 呂布はそう言うと、陳宮と一緒に部屋を出て行った。
「呂布将軍!」
 呂布の姿を見つけるなり、高順が声をかけてきた。
「呂布将軍! あなたこそ本物の呂布将軍ですよね! そうですよね?」
「高順、落ち着け。まずは事情を説明してくれ」
 呂布は高順に言う。
「実は、俺のところにも来たんですよ、呂布将軍」
「高順のところにも?」
「はい。俺のところに来たのは、呂布将」
「お前は黙っていろ。俺が話す」
 もう一人の呂布が高順の言葉を遮って、自分の事を話し始める。
「俺は陳宮殿の元にいる呂布奉先。俺こそが本物の呂布奉先なのだ」
「いやいや、違う。俺こそが本物の呂布奉先なんだ」
「お前は偽物だ。俺こそが本物だ」
「いやいや、俺こそが本物だ」
「お前は偽物だ」
「いやいや、俺こそが本物だ」
「俺こそが本物だ」
 二人の呂布は睨み合い、掴みかかる。
「おい、二人とも止めろ。それ以上騒ぐなら、人類補完計画を発動させるぞ」
 呂布は冗談めかして言う。
「そいつを止めろ!」
 二人の呂布は同時に叫ぶ。
「呂布将軍、これは一体どういう事なのでしょうか」
 二人の呂布を宥めてから、張遼が訊いてくる。
「俺にもよく分からない。ただ一つ言えるのは、中華全土に無数の『呂布』がいて、現在進行形で増えているという事だ」

 呂布、呂布、呂布、呂布……何十万、何百万もの呂布たちが増殖し、今もなおその数を増やしていると言う。
「それでどうするんですか?」
「とりあえず、全ての呂布を駆逐する事にするしかないだろう。だが、問題はその後だ。この状態のまま放置しておくわけにはいかないだろう。下手すれば世界中がこの有り様になる可能性がある」
 呂布は腕組みをして考え込む。
「とにかく呂布将軍、何とかしないと。このままでは軍として機能出来ませんよ」
 臧覇が言って来る。
「それは分かっている。だからこうして頭を悩ませていたのだ」
 呂布は頭を抱えてうなだれてしまう。
「……呂布将軍?」
 陳宮が恐る恐るという感じで呂布に声をかけるが、呂布は答えない。
「あの、呂布将軍?」
「……ん? あぁ、すまない。何だ?」
「いえ、私に謝られても困るのですが」
「そうだな。で、何だったかな」
「呂布将軍は、この状況について何か心当たりがあるのですか? もし何か知っているのであれば、教えて欲しいのですが」
「あると言えばあるのだが、無いと言えば無いと言うべきか」
 呂布は難しい顔で言う。
「何かはっきりした事は言えないのですか? それとも、呂布将軍にも分からないという事ですか?」
「いや、分かるんだが、それが事実だとしたら色々と問題があるんだ。例えば俺達が、俺達に対して攻撃を行うとか、俺達の増殖を止める為に俺達を殺すとか」
「呂布将軍。何を言っているのか分かりません」
 陳宮は眉間にシワを寄せて言う。
「つまりだな、俺達は俺達同士で戦う事になるかもしれないと言っているんだよ」
「…………」
 さすがの陳宮も言葉を失う。それはそうだろう。呂布自身もまだ信じ切れていない事なのだ。
「そんな事を呂布将軍が許すはずがないでしょう。何かの間違いでは?」
 陳宮は呂布に向かって言う。
「俺も最初はそう思っていたんだが、違うらしいんだ」
「違うとは?」
「俺が思うに、これは董卓の仕業じゃない。董卓には想像すら出来ない事だ。おそらくは、于吉や左慈みたいな仙人連中か、黄巾賊の残党の仕業だろう」
「なっ! 于吉や左慈の仕業ですと!?」
 陳宮は驚きの声を上げる。
「確証は無いが、俺の考えが正しければそうだと思う」
「しかし、何故そんな事に」
「そこが問題なんだ。考えられる理由としては、漢王朝への復讐。俺に対する恨みつらみによる行動。もしくは俺の力を封じる為か」
「どちらにせよ、この混乱を収めなければなりません。まずは袁紹殿のところへ行ってきます。袁紹殿の方はさほどの混乱も無く、対処が出来ているようですので」
「頼む」
 陳宮は一礼すると、袁紹の元へ急いだ。

「これはどういう事なのですか、曹操様」
 陳登が尋ねる。
「私が聞きたいくらいだ」
 曹操はため息混じりに答える。
「私はただ、呂布奉先を討ち取ったと報告しただけです」
「それで、この騒ぎか」
「えぇ。報告を受けてすぐに陳宮殿の元に向かったところ、すでにこのような状態でした」
 曹操は陳登と一緒になって頭を抱える。
「とりあえず、私のところに来た呂布奉先を始末しておきました」
「ご苦労。だが、あまり意味は無かったようだ」
「そうなんですか?」
「あぁ。今や徐州でも同じような状況になっている」
「いったいどうなっていると言うのです!」
 陳登は怒りの形相を浮かべる。
「それをこれから解決に向かうのだ」
 曹操は立ち上がる。
「どこに行かれるのですか?」
「決まっている。呂布将軍のところだ」
「呂布将軍ですか。呂布将軍なら確かに頼りになりますね」
「いや、そうではない。呂布将軍も危ないが、それ以上に大変な事態となっている場所がある」

「ぬおー!!」
 孫権は呂布と呂布と呂布と呂布……要するに何人もの呂布たちを相手に戦っている。
「何でこんな事になったんだ!」
「それはこっちが訊きたいわ!」
「うるさい! お前が呂布将軍の名を騙っていようと、本物の呂布将軍が見破れないわけが無いだろう!」
「俺は本物だと言ってるだろうが!」
「お前こそ偽物だろうが!」
 二人の呂布は同時に剣を振るう。
「うわっと」
 二人の呂布は同時に飛び退き、間合いを取る。
「どうやら話し合いでは解決出来そうもないな」
「その通り。俺が呂布将軍であると言う事を分からせてやる」
 二人は再び構えると、一気に襲いかかってくる。
「くそっ、面倒な事になって来たぞ」
「おい、貴様! よくも兄者を斬ったな!」
 孫策の元にも、もう一人の孫策が現れた。
「ああ? 俺に文句があるのか? だったらかかって来いよ」
 孫策は戟を構える。
「望むところだ、若造め」
 孫策と孫策の戦いが始まる。

 一方、劉備は関羽と張飛を引き連れて、呂布達の元へ向かっていた。
「兄者、本当に行く気なのか?」
「うん。だって放って置けないだろ? それに、呂布さんは悪い人じゃ無いと思うし」
「そうだぜ。あんな奴、助ける必要なんか無いんだ」
「それは分かってるんだけど、呂布さんのところには呂布将軍がいるんだから、きっと何とかしてくれるさ」
「いや、兄者は甘すぎるんだよ。あいつは呂布将軍じゃないんだ」
「でも、もしあれが呂布将軍だとしたら、我々も一緒に戦う事になるかもしれないだろ? その時、我々が呂布将軍の味方をしてあげた方が良くないか?」
「そうですよ、義兄上。あの男は危険です。もしあの男が呂布将軍ならば良いでしょう。ですが、そうでないのであれば、我々は敵の手助けをする様なものです」
 関羽も劉備を止める。
「大丈夫だよ。俺もそこまで馬鹿じゃない。呂布将軍が呂布将軍じゃない事はすぐに分かるさ」
「本当ですか?」
「多分」
「自信満々に言う事じゃないだろ」
「まあまあ、とにかく急ごう」
 劉備は三人を連れて、呂布達のいる城へと向かった。
「どけ! 俺たちは呂布だぞ!」
 劉備たちはだんだんと呂布と化していく。そして、何十万もの呂布たちがついて行く。呂布はさらに増殖を繰り返し、ついには全人類が呂布になってしまった。

「……」
 陳宮は絶句している。まさかここまで酷いとは思っていなかったのだ。
 陳宮は曹操の元へ戻ろうとするが、すでに呂布が溢れかえっていて通れない。
「これはもう、どうしようも無いですね」
 陳宮はこの場に留まる事にしたのだが、彼自身も呂布になりかけている。その証拠に、彼の肉体は呂布そのものの筋肉質になっていた。
「これは、まずい」
 陳宮は慌てて自分の身体を確かめる。幸いにも、まだ変化は表面に現れていない。だが、それも時間の問題。いずれは全身が呂布になってしまう。
 陳宮は急いで曹操の元へ向かった。
「曹操様、ご無事で」
 陳宮は曹操の元へ駆け寄る。
「陳宮殿、あなたは大丈夫ですか」
「はい。私の事は心配ありませんが、それよりも大変な事が起こりました」
「大変?」
「曹操様は、黄巾の乱を覚えていますか?」
「もちろん覚えているとも。それがどうかしたのか?」
「実はその残党がこの徐州に現れたらしいのです。しかも、かなり強力な妖術を使っています」
「なんですって!?」
 曹操は驚きの声を上げる。
「それで、被害の方は?」
「すでに数十万人規模に膨れ上がっています。さらに増え続けると思われます」
「そんな事が……」
 曹操は頭を抱える。
「どうすればいいのですか?」
「どうする事も出来ませんよ。今はただ、混乱が広がる事を防ぐしか」
 陳宮はそう言いながら、呂布を見る。一応は、この呂布こそがオリジナル呂布のはずだが、黄巾賊の残党にも数十万人の呂布たちがいるようだ。つまり、今ここにいる呂布が本物という保証は無い。
「とりあえず、袁紹殿のところへ向かいましょう」
「しかし、それでは呂布将軍のところへ行けなくなる恐れがありますが」
「それでも、このままでは収拾がつきません」
「分かりました」
 陳宮は曹操と共に、袁紹の元へ向かう。
「えぇい! 何なのだ! いったい何が起こっておる!」
 袁紹は頭を掻きむしり、地団駄を踏んでいる。
「落ち着いて下さい、袁紹殿」
 曹操はなだめようとするが、その声は呂布になりかけている。袁紹もまた、徐々に呂布化が進んでいる。
「これで落ち着くか! 呂布将軍が謀反を起こしたと聞いた時には耳を疑ったが、今度は突然数千の兵が現れて徐州中が呂布だらけになってしまっているではないか!」
「はい。おそらく、呂布将軍の配下の者達が、黄巾党の残党によって妖術をかけられたのではないかと」
「妖術だと? ふんっ、くだらん」
「いや、待ってください」
 曹操は思い当たる節があった。
「どうしました?」
「いえ、何でもありません」
「なんでもないはずが無いだろう! 何か知っているなら教えろ!」
 名医華佗が言っていた。『もし病人が千人いたら、そのうちの十人は原因不明で死ぬだろう』と。もし本当にそうなら、今の状況はまさにその通りではないだろうか。
「陳宮殿、やはりここは一度戻りましょう」
「戻る? なぜだ? 呂布将軍の元へ行けば良いだろうに」
「『どの』呂布将軍?」
 そうこう言っているうちに、その場にいる全員が徐々に呂布化していく。筋肉隆々の呂布たちは、もはや呂布の姿とは言えないくらいに変わってしまっていた。
「これはもう、駄目かもしれんな」
 徐々に呂布化していく袁紹は諦めの表情を浮かべる。
「何を弱気になっているのですか、袁紹殿。我々には天下の名将が揃っています。この程度の危機など、すぐに乗り越えられるでしょう」
 曹操も既に顔が半分以上呂布化している。
「……確かに、貴公らは強い。だが、数が違う。呂布将軍一人ならばなんとかなったやもしれんが、これ程の数の呂布を相手にして勝てると思うか?」
「それは……」
「それに、もし仮に呂布が呂布と呂布に呂布を……」
「呂布は……呂布は……」
「……呂布ぅ……呂布ぅ……!」

 こうして、全ての人類は呂布になった。
 今、呂布は、とても呂布だ。

 とても。

 とても。

 呂布。

『無限呂布』(完結)

【安良城紅 - Harmony】

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