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白昼夢

閉鎖病棟だった。

絶対に休めない、来年のポジションを賭けた試験の直前だった。
その試験を休んだら、来年、無職確定。
それに、精神科に入院していて休んだなんて知られたら、無職確定な上に、履歴書にできた空白をなんて説明したら良いのか。
正直に言ったら無職を脱出できなくなるかもしれない。

何がなんでも行くしかない。行く以外の選択肢がない。

医者に事情を話して懇願した。
分かってもらえなかった。
泣いて暴れた。
それでも許可は下りなかった。
とにかく発狂し続けた。



閉鎖病棟だった。
私は冷静だった。
今までのことは無かったことになっていた。
何とかして脱出しなければならないこと以外。

交渉しても無駄だと前世の記憶が残っていたため、もう医者には一切話さず、誰かが閉鎖病棟を出ようとした時に、走っていって後ろから突き飛ばしながら脱出した。
捕まることなくエレベーターに乗れて、エレベーターの中で眼鏡や髪型で見た目をできる限り変えて、外来のフロアに行って外来患者のふりをして堂々と歩いていった。
出口の直前で、警備員に声をかけられた。
ここで走ってもすぐ捕まるだろうと直感的に思った。
すぐに精神科の人たちが来た。
私はもう、抵抗する気もなかった。



閉鎖病棟だった。
私は無気力だった。
今までのことは無かったことになっていた。
でもやっぱり、記憶は全て残っている。

私はとにかく大人しく、模範的に、具合が悪いことを隠して入院生活を送った。
期待通り、退院は早まった。
試験には間に合う日付だった。
最後の最後まで笑顔で、お礼を言って病院を出た。
親が迎えに来ていた。
親は外面は良くて、お互いニコニコしながら病院の人たちにお礼を言って帰ろうとした。

その瞬間、私は全力で走り出した。
荷物は全て親が持っているし、私は身軽だ。
走り出したら、そこは私がよく知る場所になっていた。
親も、病院の人たちも、あまり知らないだろうけど、私には馴染みの場所。
とにかく、どうやって他の人たちを撒こうかと考えながら、さまざまな建物を駆使して走った。

気づけば高いビルの屋上にいた。
走りながら、道路に飛び出そうか、川に飛び込もうか、色々考えていたけど、着いたのは屋上だった。
真下は交通量の多い道路だ。
一瞬ためらってから、覚悟を決めて、勢いをつけて柵に手をかけて、目が覚めた。



夢で良かった…………のだろうか。

無職がかかっているのも現実だし、入院を考えるくらい調子が悪いのも現実だし、入院しても退院時に結局居場所がなくなるのも現実だ。
でも現実は夢と違って、ループしないし、そんなに簡単に閉鎖病棟から出られないし、あと、死ぬのは結構怖い。
だったら、あれくらい狂って勢いをつけていってしまった方が。
死ぬのが怖くない世界の方が。

そう思ってしまう。



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