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初めての二回目

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女:
男:

初めての二回目 

女:同じ男性(ひと)と、同じ花火を観るつもりなんてなかった。


男:僕はずっと、ひとりの海に居る貴女を見ていた。

  いつか貴女が、ちゃんと僕を見てくれたらいい、
  そう思っていた。

女:この人と前に一緒に見た時は
  お気に入りの浴衣を着て、
  涼しい部屋から
  今年も誰かと花火が見られればいい。

  丁寧な食事をしたり、お酒を舐めたり
  部屋の露天なんかで戯(たわむ)れる。
  そんな楽しい息抜きのつもりだった。

  誰かと何度も見た花火、何度も来た部屋。

男:彼女は朝顔の浴衣の襟足をきちんと抜き
  兵児帯(へごおび)をふわりと結んで
  髪を纏めてゆるく崩して、おくれ髪まで計算されたようで。

女:頑張って整えたのを悟られるのはイヤで、
  このくらいは当たり前のような顔をしていた。
  そんな風に、整える手順を踏んで
  自分を装っていく流れが好きだった。

男:「ねえ、やっぱり、海岸まで降りて観ようよ」

女:「え、この部屋から見られるのに」

男:「せっかくだから近くで観よう、きっと綺麗だって」

女:手を引っ張られて、早足で海岸まで降りていく。
  そんなこと、本当はしたくなかった。

  最初の、ひゅぅぅという音が聞こえ
  眉根(まゆね)を寄せる。
  部屋にいたら、ちゃんと最初から見ることができたのに。

男:あれは花火玉に付けられた笛の音。
  ここで花火があがりますよ、という
  見てもらうための、始まりの合図。

女:やっと、砂浜に降りる階段に座り
  次々と夜空に投げ出されていく
  光彩陸離(こうさいりくり)を見上げた。

男:生ぬるい喧噪を押さえつけるように、
  どーん、ジリジジリ、と空気が震えて響き
  はらはらと泡沫(うたかた)の欠片が
  海面に映っては飲まれ、火薬の匂いがたゆたう。

女:それはあまりに
  目にも、耳にも、身体全てで受けとってしまうほど
  生々しくて
  ありきたりな言葉しか出なかった。
 
女:「うわぁ…綺麗…初めて、こんな、近くで、見た」

男:「ねえ?ひとつくらいさ。
  一緒に初めて、があってもいいでしょ」
 
女:耳元に囁かれ、思わず顔を見ると
  彼の眼に、整えた私が映って
  花火と一緒に飲まれていった。
 
   
  あれから、
  何度、一緒に初めて、があったっけ。
  あの日の私は、あなたの瞳(め)の海に飲まれてしまったまま。
  
  
  ひゅぅという音が響き
  初めての二回目が始まる。


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