映画パンフ感想:マリウポリの20日間
映画『マリウポリの20日間』の映画パンフレット感想です。
【基本情報】
判型:A5横(左綴じ)
ページ数:32ページ
価格:990円(税込み)
発行日:2024.4.26
発行:株式会社シンカ
編集:中川慧輔(SYNCA)
デザイン:成田祐人(SYNCA design)
【構成】
・2ページ(表紙裏):2022年3月11日 マウリポリ 戦車による砲撃でアパートが爆破された瞬間の写真
・3ページ:2024年3月10日の第96回アカデミー賞受賞式における監督受賞コメント
・4ページ:ウクライナ全図
・5ページ:導入
・6-7ページ:スタッフ/プロダクション
・8-13ページ:監督声明
・14ページ:コラム1 「当事者視点」のカメラで突きつけられる戦争の苦痛と悲哀(佐々木俊尚)
・15ページ:コラム2 戦争は爆発ではなく静寂から始まる(森達也)
・16-17ページ:コラム3 世界が知るべき戦争のリアル(廣瀬陽子)
・18ページ:コラム4 真実を残す勇気、真実を見る勇気(岡部芳彦)
・19ページ:コラム5 映像記録がえぐり出す戦時下の実相(山崎雅弘)
・20ページ:海外批評コメント
・21ページ:受賞歴一覧
・22ページ:映画基本情報/配給情報/パンフレット基本情報
・23ページ:スチル
【内容】
・ミスティスラフ・チェルノフ監督の声明
6ページに及ぶ長尺の監督声明。(※この声明は映画.comの記事など、ウェブサイトにも全文が公表されていて同じ内容を読むことが出来ます)
もともと監督はAP通信のジャーナリストとして、使命感を持って世界各国の戦争/紛争地の取材をしていたようだけれど、こんな形で自国の戦争を取材することになるとは本当に残酷なことだと思う。
まず驚くのは、ロシアがマウリポリを戦略的な目標とするだろうと確信して、監督と写真家(エフゲニー・マロレトカ氏)が2022年2月24日の朝3時30分にマウリポリに入ったこと。
長年のジャーナリストとしての経験から来た行動だと思うが、1時間後に戦争が始まったことを考えると本当に奇跡だと思う。後ちょっと遅れていたら取材できなかったのではないか。他のジャーナリストは通信途絶時に脱出しているため、監督と写真家二人の決断がなかったらこのマウリポリの惨状は記録されなかったことになる。
その後は3月15日の脱出まで20日間、マウリポリに何が起こったかの詳細な記述が続く。映画内で描かれる大量の死と破壊についても補足し本編の理解を深めている。
特に映画で描かれる子供や妊婦の死に関する記述が痛ましい。
声明の中で、通信が途絶されたがためにロシアのラジオで流された荒唐無稽なプロパガンダ(化学兵器が開発されている)を信じた市内の人間が出たという話は他の紛争地のエピソードを想起させて恐ろしい。
監督たちが撮影/送付した映像を元にした3月9日の妊婦の死の報道が3月11日の病院包囲につながる。事実の報道がいかに戦争相手国の脅威になったかということをまざまざと感じさせる。また、包囲から3月15日の脱出までの流れが非常に緊迫感を感じさせる。
この映画の撮影が、監督/写真家の奮闘だけでなくマウリポリ現地の一般の人々の助けによってできた紙一重の産物であったことを生々しく感じる声明となっている。
このような戦場の貴重な記録が映画として届けられたことに感謝したい。
・充実のコラム群
ドキュメンタリー映画ということで監督声明/スタッフ紹介等で映画の基本情報がコンパクトに纏められる分、本映画に関する読み応えのあるコラムが5本も並ぶ充実したつくりとなっている。
・コラム1本目-ジャーナリストによるコラム(表現にはやや危うさも)
コラム1本目の佐々木俊尚氏は元毎日新聞の記者で現在作家/ジャーナリストの方。割と広範に社会問題について執筆されているイメージ。
当コラムの前半では監督のチェルノフの経歴からマウリポリでこの戦争を取材するまでの流れを簡潔に伝え、後半では当映画が世界に与えた二つの衝撃について語っている。
ちょっと危ういのは二つ目の衝撃として語っているカメラの視点をFPSと表現していること。
FPSって(名前を知っているだけでプレイしたことはないが)『コール・オブ・デューティ』シリーズのような一人称視点シューティングゲームのことを指すけれど、戦争を題材に扱ったFPSが存在する中で(多くの方が犠牲になっている)実際の戦争を捉えたカメラ視点をFPSと評すのは倒錯が過ぎるのでは。ちょっと筆が滑っている感じがする。
・コラム2本目-ドキュメンタリー監督という同業者の目から見た本作に関するコラム
コラム2本目の森達也氏は映画パンフを読む人にはおなじみの方。
自身も映画監督/作家である。ドキュメンタリー映画や社会派映画関連のパンフによく寄稿している印象。
自身もドキュメンタリー映画を中心に作品を残しているので、監督とは同業にあたる。ドキュメンタリー映画だけでなく、TVの仕事もしていた筆者ならではのメディアでの戦争の取り扱われ方に関する指摘が面白い。
段落の二まとまりぐらいで内容が変わっていて書きたいことに対してページ数が足りない気がする。そのせいか最後の一文が唐突に見える。
・コラム3本目-地域研究/紛争研究の専門家によるコラム
コラム3本目の廣瀬陽子氏は慶応義塾大学教授。専門はソビエト連邦継承国の地域研究、「未承認国家」や地域紛争の研究ということでこの映画についてのコラムを執筆するのにふさわしい方。
映画の元になったパーツ(ウクライナ戦争の報道で用いられていた)が撮影され細切れで送られ報道されるまでの苦労や、戦争のリアルについて、ロシアのフェイクニュースについての記述などで構成されている。
ウクライナ戦争に至るまでの流れとして、2014年でのウクライナ紛争でマウリポリの状況はどうだったのかが分かる記述(民兵組織(アゾフ大隊の前身)を中心とした抗戦により防衛)があって当戦争および本映画の理解の助けとなり良かった。
また(次の岡部氏のコラムでも同様な内容が言及されるが)現在のロシアが、マウリポリを”占領地のロシア化”のシンボル的存在に仕立て、また戦争犯罪の証拠を消失させようとしていることに対し、当映画がカウンターの存在になっていることを指摘している。
・コラム4本目-ウクライナ研究者の実地体験に基づくコラム
コラム4本目の岡部芳彦氏は神戸学院大学教授。専門はウクライナ研究、イギリス経済史。ウクライナ研究会の会長。こちらもまたこの映画についてのコラムを執筆するのにふさわしい方。
凄惨な戦場の映像を見てからのテレビ出演のくだりや現地の馴染みの方が映ってないか映像を追う自分がいるというくだりが涙を誘う。
また映画に登場する2人目の妊婦がロシアに避難してロシアメディアに出演しAP通信による撮影について不満を言ったという情報は映画を鑑賞しただけでは分からなかった。このあたりの一様でない住民事情(例えば映画内にも略奪の場面が出ているが)について情報を追記してくれるのはありがたい。
・コラム5本目-戦史・紛争史研究家のコラム…なんだけれど依頼した意味は?
最後のコラム5本目は山崎雅弘氏。戦史・紛争史研究家。
まず最初の一文。「戦場や戦時下の実相を世界に伝えるジャーナリストの社会的地位が、日本では欧米諸国に比べて著しく低い」とある。この後他の国の政府がジャーナリストを讃えたり、記者を救援したりしているという話が続くため、この一文が日本政府批判のように見える。ただはたしてこれは日本政府だけの問題なのだろうか?
日本政府は戦争中の国に対しては概ね渡航制限(退避勧告)をしている。(支援とか以外で)そういう国に渡航した人はジャーナリストも含めトラブルに巻き込まれた場合一律同じ扱いではないかな。冷淡な印象はある。
ただ戦場ジャーナリストの社会的地位の低さはどちらかというと特に冷戦以後のマスメディア側の問題も大きいように思える。
大手のマスメディア出身記者はほぼ戦場に行くこともなく、行くのは中小のメディアやフリーのジャーナリストで、その報道成果もまず地上波のニュース番組では流されることもない。
戦争の実情の報道があまねく社会に持続的に流れてこそ、命を賭して戦場に向かうジャーナリストの仕事が社会的に評価される流れが出来ていくのでは。(冷戦時代はもっと戦場からのリポートが出来ていたんじゃない?)
…ちょっとコラムの内容からズレてきたので戻すが、この一文以降はマウリポリに起こった戦争被害についての時系列の記載に留まる。(ただ監督/写真家脱出以降のマウリポリの状況についての記載は理解を助ける記述になっておりありがたい)
紙幅の制限もあろうがもう少し戦史・紛争史研究家の独自の視点を感じさせるコラムを読みたかった。この内容では他の人でも書けると思うので山崎氏に依頼した意味があまりない。
【評価】
長文の監督声明により映画の補足情報として取材開始当初から脱出までのマウリポリの様子、そしてそれを映像に収めて外部に送ることの緊迫感が存分に伝わってくる。
また(最初と最後のコラムについては批判したが)長尺のコラムが5本も記載され大変読み応えのあるパンフに仕上がっている。2024年10月10日現在で
はまだ上映中(新潟)なので、購入機会があればぜひ購入をお勧めする。(当映画は11月にソフト化されるが、限定版でパンフ添付の商品がある模様)
【注釈】
ヘッダ画像:クリエイティブ・コモンズ(一部上下をトリミング)
作者:Oleksandr Malyon
リンク先:File:Стара вежа (Маріуполь).jpg - Wikimedia Commons
戦争前のウクライナの街並み。ウクライナに平和を。
【欲を言えば…】
最後のコラムの執筆者である山崎雅弘氏って近現代史の人では。
現代戦争/紛争を取り扱う、特に題材がウクライナ/ロシアであるならば正直今なら小泉悠氏にご登場願いたかった気がする。
ただ小泉氏なら2ページ以上紙数が要るだろうから今回のパンフでは難しかったかな。