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『過去の選択と選択の未来』

この作品は間違った解釈と都合のいい妄想に基づいた、誤ったハルファス像を描いた物語です。

ことの詳細はこちら

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自分の考察(と言う名の妄想)がベースとなっています。予めご了承ください。

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「ハルファス、頼んだ!」
 ソロモンさんからフォトンを渡された。攻撃の指示だ。
「うん、わかった」
 えっと。いつもどおりにやればいいはず。そのいつもどおりを思い出す。うん、きっと大丈夫。私は斧を振りかぶる。
「……できる、かなっ!」
 大きく左足を踏み出し、後ろ足に乗った体重を一気に移す。同時に柄を地面に突き、それを支点に体ごと斧を回転させる。斧にまたがって一回転、その勢いのままそれを、思い切り敵に叩きつける。よし。できた。
「やるじゃんハルファス! 決めるぜ!」
 怯んだ幻獣に対しすかさずモラクスが追撃。まずは一体をやっつけた。
「もう一発頼む!」
 ソロモンさんからまたフォトンを渡された。もう一回。
「できる、かなっ!」
 さっきと同じ動き。だけどさっきよりも少し、うまく力を込められた気がする。斧の衝撃が広がり、すばしっこく動き回る幻獣の足がまた止まった。
「さよならさよなら~」
「二度と現れないで」
 すかさずシャックスさんとウェパルさんがとどめを刺す。ソロモンさんは辺りを見渡し幻獣が残っていないことを確認すると、やっと警戒を解いて息をつく。
「よし! やったな!」
「これくらい楽勝だって、な、ハルファス! ブネのおっさんとかマルコシアスがいなくったって余裕だぜ!」
 嬉しそうにはしゃぐモラクス。だけど私は緊張を解けないでいた。
「……これでよかったんだよね?」
「ん?」
「ああ、これでいい。急に呼んじゃったけど、これだけ戦ってくれれば助かるよ」
 何でそんなこと聞くんだ、と首を傾げたモラクスに代わってソロモンさんが答えてくれた。
「それなら、よかった」
 私はやっと肩の力を抜いた。よかった。ソロモンさんがそう言うなら間違いない。
「ハルファス、大丈夫かい? 何か困りごとでもあるのなら俺が話を聞くよ」
 後ろから声をかけてくれたのはバルバトスさん。私はうん、と頷く。
「男どもに言いづらいなら私が聞くわ。あいつらデリカシーってものに欠けているもの」
「どうして俺を見ながら言うかな?」
 ウェパルさんも優しく声をかけてくれた。私はまた頷くと、置いていかれないよう前を歩く仲間についていく。
「ところで、目的の幻獣はどこなの」
 いつの間にか先頭付近を歩いているソロモンさんに、ウェパルさんが話しかける。
「こんだけ探しても見つからねえなんてさ、もう何かの見間違いだったとかじゃねえの?」
「だが、何人ものヴィータが違う場所、違う時間でソイツを目撃している。その全てが見間違いとも考えづらい」
 モラクス、ガープさんも自然に会話に加わった。
「そうなんだよな……なあ、ハルファスはどう思う?」
「私……?」
 ソロモンさんに話を振られ、答えに戸惑った。そのまま口を開けないでいると、バルバトスさんが助け舟を出してくれる。
「そもそも、ここに来た目的は分かっているかな?」
「はいはい! それあたしでもわかるわかる!」
 シャックスさんが横から手を挙げる。
「俺はハルファスに聞いたんだけど……。まあいいか、言ってくれ」
「えっとね、それはその……なんと言うか……」
「おいおーい! 分かってねえじゃん!」
「わわわわ分かってる分かってる! でもでも、オトナな私はハルハルに譲ってあげるのだ!」
 シャックスさんの言葉にバルバトスさんは頭を掻く。
「ったく、本当に大丈夫かあの子は……。ハルファス、答えてくれるかい?」
 私は頷く。ここに来た理由。それは、
「でっかい幻獣をやっつけるため」
「ずいぶんとシンプルだけど、まあ、そうだね」
 山の中に超巨大な幻獣がいる。そうした目撃証言が何度も寄せられるようになった。目撃者によると、樹齢数百年は下らないだろう大木の、その上から首を伸ばしていたというからよほどの大きさだ。それを放置するわけにもいかずこうして調査に来たわけだ、とバルバトスさんが解説してくれた。
「……でも、いないよ?」
 私が首を傾げると、皆が力なく頷く。
「そうなんだよなあ、つまんねえの」
「さっさと出てこい! ぷんぷん!」
「本当に、一体どこに隠れているんだ?」
「もしかするとその前提が間違っているのかもしれない」
 ソロモンさんに対し、バルバトスさんが神妙に返す。
「ヴィータたちの目撃証言はどれも『森の高い木の上から首を伸ばしていた』という内容だった。だけどだからと言って、幻獣のサイズが木よりも大きいとは限らないだろう? 例えば木に登っていたとか、空を飛んでたとか、そういった可能性はあるからね」
「だが、遠くから見て分かる程度の首と頭だぞ。それだけで相当大きいはずだ」
「きっと見間違い見間違い!」
「だからそれはねえってさっきガープのアニキが……」
 モラクスの反論に、バルバトスが首を振る。
「いや、さっきのは『見たこと』自体が勘違いとは考えづらいって話だ。でも、『形』の見間違いなら十分にありえるんじゃないかと思う」
「えっと、どういうことだ?」
「例えば、首と頭の形に見える幻獣が空を飛んでいた、とかね」
「ありえない。そんなヘンな幻獣見たことないわ」
「まあ、可能性としてはあるって話さ。俺だって本気でそう思ってるわけじゃない」
「だったらどうして見つからないのよ。透明にでもなれるっていうの?」
「まさか。仮にそうだとしたらお手上げだね。……まあともあれ、まだほとんど情報がないんだ。現時点では何も判断できないさ」
「そうだな。とりあえず、周囲に注意しながら進んでいこう!」
 テンポの早い会話が続き、ソロモンさんが締めてまた歩き出す。私はその間一言も発することができなかった。胸がざわつく。みんなすごいな。私とは全然違う。
 でもいい。私は言われたことだけをやればいい。そう思い心を落ち着ける。
「おっ、いたいた。光の反射ですぐ見つけられたぜ、そのジャラジャラもたまには役に立つもんだな」
 その声に私ははっと顔を上げる。いつの間にか、別で探索していたバラムさんが戻ってきていたようだ。確か目撃者の聞き込みをしてくれていたはず。
「どうだ、召喚者。なんか見つけたか? まさか七人もいて手ぶらってことはねえよな?」
 ソロモンさん、バルバトスさん、ガープさん、モラクス、シャックスさん、ウェパルさん、そして私。これで七人。私が省かれていないことに少し安心してしまう。
「おいおい何黙っちゃってんの? まさか収穫なし? マジかよ有り得ねえ!」
「うるさいな、そういうオマエはどうなんだよ」
「俺か? そうだな、良いニュースと悪いニュースがあるぜ」
「じゃあ悪いニュースから聞くよ」
「選ばせてやるなんて一言も言ってねえだろ人の話は最後まで聞け単細胞生物。まずは良いニュースだが、お前ら七人は、少なくとも俺一人よりも無能だ、ってことにはならなかったぜ」
「……つまり悪いニュースって」
 ソロモンさんが聞くと、バラムさんは爽やかな笑顔で答える。
「ああ、俺も収穫はゼロだ」
 言うやいなや、ウェパルさんが目を細めてバラムさんを睨む。
「何? ふざけてる場合?」
「そう怒るなよ人魚のカノジョ。士気が下がってるオマエらを気遣った、俺なりのジョークじゃねえか、な?」
「悪趣味ね。死にたいの?」
「死体を隠すなら森の中って言うしネ! 今ならチャンスチャンス!」
「物騒なことを言うな! それに俺を木みたいに言うんじゃねえ!」
「いいえ、誰もあんたを役立たずの木偶の坊だなんて言ってないわ」
「めちゃくちゃはっきり言ってるじゃん、怖え……」
 目を見開くモラクス。そこでバルバトスさんが私の視界を遮ってきた。
「ハルファスは見ないほうが良い。教育に悪いからね」
「うん、わかった……」
「あっちに行こう。さあ、手を」
 バルバトスさんに手を引かれ、みんなの声が聞こえない程度の距離を取った。なおも言い合っている様子のみんなだけど、何を話しているのかはわからない。
 だけど、聞いていたってきっと私は何もできないし、何もしない。だったらどっちでも一緒なのかもしれない。

 結局その日中には幻獣を見つけられず、奥へ奥へと進んでいく必要があるから街に戻るわけにもいかず、野宿をすることになった。
 野宿は久しぶりだ。どことも知れない森の中をさまよい、ひとりっきりで眠っていたかつての私。決していい思い出ではないけど、忘れることもできない記憶。
「じゃあ、俺達は先に寝かせてもらう。時間が来たら代わるよ」
「ああ。しっかり休むといいさ」
「俺達に任せとけって!」
 夜の間、幻獣や盗賊なんかに襲われないよう交代で起きて見張りをしなくちゃいけない。最初の見張りはバルバトスさんとモラクスで、他のみんなは仮眠の時間だ。
「じゃあ次はバラムとウェパル、最後に俺とガープ、の順番でいいか?」
「そうね。問題ないわ」
 陰険野郎とペアなのは嫌だけど、とウェパルさんが小さく呟いたが、バラムさんには聞こえていないようだ。
「いいんじゃないか? シャックスには任せられないし、ハルファスは免除でいいだろうしね」
 バルバトスさんの言葉に、ガーン、信頼なし……とうつむくシャックスさん。それを見ていると、バラムさんが突然に私の方を向いた。
「優柔不断のカノジョは数に入れてもいいんじゃねえか?」
「私?」
 首を傾げた私に対し、バラムさんは話を続ける。
「ああ。ヴィータとしては幼いとしても、カノジョだってメギドだ。特別扱いする理由はねえだろ?」
「それは、そうかもしれないけど……」
「ハルハルずるいー! だったらあたしもやるやる!」
 考え始めたソロモンさんに、シャックスさんが両手を上げてアピールする。
「止めてくれ、頼むからキミは寝ていてくれないか。ろくなことにならないのが目に見えてるんだ」
「こればっかりは同感だわ。あんたの不運はシャレにならないもの」
「ガーン、パルパルにまで言われた……」
 大げさに落ち込んで見せるシャックスさん。バラムさんはそれを横目に話を進める。
「優柔不断のカノジョだって俺達の立派な戦力だろ? これは仕事みたいなもんだ。だったらできることはやってもらった方がいい、それだけのことだ。ま、本人がどうしても嫌って言うなら別だがな」
 どうだ、とバラムさんに見つめられるけど、私はどう答えていいかわからない。困った私はソロモンさんを見つめる。
「まあ、ハルファスが嫌じゃないならそれでもいいけど……。どうだ、ハルファス?」
 ソロモンさんもこちらを見てくるが、私は首を傾げるしかできない。
「……ソロモンさんの言う通りにする」
「って言われてもな……」
 ソロモンさんは困った顔。
「だったら異論なしってことだな。優柔不断のカノジョはジャラジャラ王の代わりに入る、それでいいな」
 話をまとめるバラムさんに、ソロモンさんは驚いたように聞き返す。
「えっ、俺が代わるのか!?」
「当ったり前だろわざわざ言わねえとんなことも分かんねえの? 大体、万が一敵が来たとしてもオマエじゃ対抗できないだろ、オマエの見張りは無意味なんだよそもそも!」
「いや、何かあったら指輪で呼ぶし……」
「それが迷惑だっつってんの! 寝てる間に召喚されんのがどんだけ気持ち悪いか分かってんの!?」
「そ、そうなのか……?」
「ああ不快だよ一度オマエにも味わわせてやりたいくらいにはな! ってなわけでオマエは役立たずを通り越して迷惑なんだよ、分かったなら大人しく寝とけ」
「そこまで言うなら、わ、分かった……」
「んじゃそんなわけで、優柔不断のカノジョ、俺達の次は頼むぜ」
「うん、わかった」
 バラムさんに言われ、私は頷く。
「詳しくは俺が説明する。時間が来たら起こす。それまでは休んでいろ」
 ガープさんの言葉に、私はまた頷く。
「んじゃ、俺達が最初だな! 皆安心して寝てろよな!」
「ああ、頼むよモラクス。それに、バラム、ハルファス、ありがとう」
「うん」
「んなこと言う暇あるならとっとと寝ろ」
「分かったよ。おやすみ、皆」
 ソロモンさんが寝床に向かうと、続けてみんなも向かっていく。私もウェパルさんに続いて女性用の寝床へ向かい、スペースを確認して体を横たえた。

 眠れない。
 ひとりでヴァイガルドをさまよい始めた頃から、私はひどく寝付きが悪くなった。お父さんとお母さんがいた頃は、夜はぐっすり眠れて安心できる時間だったはずなのに。
 木を組み立てて作った骨組みに布を被せただけの簡単な寝床。布の向こうに星明かりが透けて見えて、耳には風や虫の鳴き声がうっすらと聞こえてくる。横を見ればウェパルさんが眠っていて、反対側にはシャックスさん……はなぜか視界から消えていた。ともかく、ひとりじゃないことは心強い。お父さんとお母さんは、私が守るべき二人はいないけど、それでもこうして誰かといれるのは、味方になってくれるのは、嬉しい。だからもう、絶対に失いたくない。あんな失敗、するわけにはいかない。
 そんなことを薄っすらと考えながら目を閉じる。少ししてやっと手に入れた浅い眠りは、ウェパルさんが見張りに出ていく音でまた覚め、その後は曖昧な状態で微睡み続ける。
「ハルファス」
 どれだけ時間が経っただろうか、外からのウェパルさんの声で意識を取り戻す。少しは眠れていたようだ。
「はい。時間……かな?」
「そうよ。お願いね」
 寝ている仲間を起こさないように寝床を出る。途中、いたはずのないところで寝転がっているシャックスさんを思い切り踏みつけてしまったが、幸いシャックスさんはぐっすり眠ったままだった。外に出ると焚き火に照らされて、ガープさんが待ってくれていた。
「やるべきことは簡単だ。幻獣や盗賊なんかが襲ってこないか見張る。火が消えないように時々薪を足す。それだけだ」
 私は頷く。見張る。薪を足す。覚えた。それを見てガープさんは私に容れ物を差し出す。
「いいか、何かあったらこれを使ってすぐに全員を叩き起こせ。手遅れになってからでは遅いからな。これは貴様だから言っているのではない、俺たち全員がそうしている」
 なにかあったら皆を起こす。もらった容れ物は携帯フォトンだった。これでメギド体になれば、すぐに戦いつつ皆を起こすことができるかもしれない。
「わかった」
 言うと、ガープさんはそうか、と頷いてくれる。
「俺は森側を見張る。ハルファスは逆、川の方を頼む。……分からないことがあれば俺に聞け。いいな」
 私がこくりと頷くと、ガープさんは持ち場へ向かった。私も向かってウェパルさんと交代すると、辺りの位置関係を確認。川沿いを見張れるところへ少し移動し、ちょうどいい場所に岩を見つけ腰を下ろす。決して見晴らしは悪くない。見張りはさほど難しくはなさそうだ。
 じっと周りを見張る。時々火を気にかける。異常はない。そうしてしばらくは何事もなかった。このまま何もせずに終わるかもしれない、そう思った途端川の向こう、草むらが少し揺れた気がした。
 立ち上がり、その場所だけを注視しているとやはりその場所が小さく揺れた。見間違いではなかった、何かがいる? だけどそれが何かはわからない。風に揺れただけかもしれない。どうしよう。皆を起こせばいいのだろうか。腰に下げた携帯フォトンに手を伸ばす。でも間違っていたらどうしよう。携帯フォトンは貴重品のはず。無駄にしてはいけない。でも。手遅れになったら。
 迷っているうちに、その何かが姿を現した。それは無害な草食獣で、そのまままったりと歩き去っていった。よかった。私は胸を撫で下ろす。緊張を解いて一度焚き火のもとへ戻る。
「どうだ、問題はないか」
 するとそこにはガープさんがいて、もう薪を足してくれていた。
「……はい」
 草食獣がいたことはわざわざ言わなくてもいいだろう。私はただ頷くだけにとどめた。
「そうか。あと少しは俺たちの持ち時間だ、引き続き頼むぞ」
 そう言うとガープさんは持ち場に戻ってしまった。することがなくなった私も元いた場所に戻る。すっかり見慣れた景色は、今度こそ異常は見られない。

 またしばらくは静かなままだった。このまま交代の時間になればいい、そう思ったけどやっぱり、そうはならなかった。
「あっ」
 対岸の草むらがかすかに揺れた。気がした。私は腰を上げその場所を見つめる。しかし、そこが再度動く気配はない。
「気のせい……?」
 かさり。今度はさっきよりも広い範囲が揺れた。なんだろう。幻獣かもしれない。でもまた草食獣かも。わからない。どうしよう。
 かさりかさり。揺れる範囲が広がっていく。それはこちらを取り囲むように、徐々に徐々に広がっている、ようにも見える。もしかして。「何かあれば、みんなを起こす」覚えている。でもいいのかな。それにまだあれが何かはわからない。かさりかさりかさり。揺れる草は視界の範囲を超えて広がる。星明かりの下、その原因である何かの姿は見えない。かさりかさりかさりかさり。私は辺りを見渡す。もう、どこの草も揺れ動いているように見える。かさりかさりかさりかさりかさり……がばばっ。
「!?」
 揺れていた草から、一斉に何かが飛び出してきた。川を飛び越えあちこちからこちらに向かってくる。それは、それは見覚えのある、小型の幻獣。
「うわ、えっと」
 何かあればみんなを起こす。でも今はとりあえず目の前の敵を倒すべき? でもどうやって? わからない。じゃあやっぱりみんなを起こそうか。えっと、えっと……。
「馬鹿、何をしている貴様!」
 目の前で甲高い金属音が鳴って、そこでやっと、幻獣が目の前まで迫ってきていたこと、それをガープさんがかばってくれたことに気づく。
「さっさと武器を持て。戦うぞ」
「うん、わかった」
 戦う。敵の攻撃をいなすガープさんの後ろ、私は置いていた武器を手に取る。そこで私は立ち止まってしまう。
「あの、私、どうすればいい?」
 ガープさんは声を荒げる。
「戦うと言っただろ!」
 敵の攻撃は止む気配もない。
「えっと、どうやって……」
「知るか! 貴様もメギドならそれぐらい自分で考えろ!」
 舌打ち混じり、ガープさんはこちらを睨みつける。その一瞬。
「ぐあっ!」
 気が逸れてしまったせいか、防ぎきれなかった幻獣の牙がガープさんの右腕を切り裂き、薄闇の中でも見て取れるほどの血が飛び散った。
「えっと……えっと……」
 大変だ。ますます頭が真っ白になる。ガープさんを助けなきゃ。私も戦わなきゃ、でもどうすればいいんだろう。
「っ!?」
 動きが鈍ったガープさんの守りをすり抜け、私のところにも幻獣が襲ってきた。慌てて体をひねるが避けきれず、牙が左半身を掠める。
「くっ」
 傷は浅い。私は体制を立て直そうとして、足元に違和感を覚えた。
「あ」
 何かを踏み潰した気がする。足を上げてみると、目に入ったのは粉々になった携帯フォトンの容れ物。
 しまった。そう思う間もなく中からフォトンが溢れ出てしまう。だけどそのエネルギーは一番近くにいる私に取り込まれていき、するとどんどん力が湧いてくる。ガープさんは戦えって言った。それなら。
「本気出して、いいんだよねっ!」
 メギドの力を開放し、幻獣たちをまとめて焼き払う。それだけでほとんどの幻獣はやっつけられた。さらにその衝撃で土地のフォトンが掘り起こされ、私たちに降り注ぐ。生き延びた幻獣の攻撃はガープさんが防いでくれる。
「きまるっ!」
 フォトンの力を使い、私は斧を回転させる。その衝撃で残りの敵を倒していくが、まだ全滅とはいかない。まずい、もうフォトンは使いきった。
「っ!」
 素早く動く幻獣が襲いかかってくる。しかしそこで、また体に力が湧いてきた。フォトンが渡されたのだ。振り向くと、光る指輪とソロモンさんの姿が目に入る。
「ハルファス! 頼む!」
 私はもう一度斧を振りかぶる。
「かくじつっ!」
 今度こそ敵を全部やっつけた。私は斧を置き、やっと体の力を抜きへたれこむ。
「ありがとうハルファス、よくやったな!」
「ハァ!?」
 褒めてくれたソロモンさんに、駆け寄ったバラムさんがすぐさま口を挟む。
「待て待てソレ本気で言ってんのかオマエ! 『こう』なったのはカノジョのせいだろ何褒めてんだ!?」
「そ、それはそうかもしれないけど、幻獣を倒してくれたのはハルファスだし、そこは褒めたっていいだろ!?」
 私は何も言えずに二人の顔を交互に見つめるだけ。
「ケンカは後にしてくれないか」
 間に割って入るのはバルバトスさん。ガープさんをゆっくりと地面に横たえ、出血した右腕を岩に乗せている。
「ソロモン、ガープの傷が思ったより深い。フォトンをくれるかい?」
「ああ、分かった」
 ガープさんの右腕からは止めどなく血が流れ、止まる気配がない。それを見て私は改めて自分がしてしまったことに気づく。そうか、私はまた間違えたんだ。
「……そうね、バラムの言う通りあなたにも問題があるみたいだわ。どうして私たちを呼ばなかったの?」
 ウェパルさんが私の隣にしゃがみ込み聞いてくる。
「えっと、その……」
 なんでだろう。うまく答えられず言いよどんでいると、ソロモンさんから離れたバラムさんが話に入ってくる。
「迷っていたじゃ済まねえぞ。携帯フォトンまで使ってこのザマかよ」
「ごめんなさい……」
 ことの重大さがやっとわかってきた。フォトンを使えたのは偶然だった。それがなければ、私はガープさんや、他のみんなの命を危機に晒してしまっていたのかも。また、私のせいで誰かが死んでしまっていたかもしれないのだ。
「あっち行って、反省してくる……」
 逃げるようにみんなのもとを離れる。あてもなく歩き、森の中に入ると木の根元に腰を下ろす。あの小屋とまではいかないにしても、木々に囲まれたここでなら落ち着けるかもしれない。
 どうしよう。どうしたらいいんだろう。膝を抱えて頭を埋める。しばらく落ち込んでいると、誰かの足音が聞こえてきた。きっとソロモンさんだ、そう思い私は顔を上げる。
「よ、元気か、カノジョ」
 声の主はバラムさんだった。驚いた私は返事をするタイミングを逃してしまう。バラムさんは隣に座って、私に横顔を向けたまま口を開く。
「オマエが優柔不断なのは今に始まったことじゃねえけど、そろそろ直さねえか、ソレ」
 そんなこと言われても。私だって好きでこうしてるわけじゃない。だって決めたくても、
「決めたくても決められない、ってか?」
 バラムさんに先を越され、私は沈黙する。
「オマエの過去は知ってるぜ。オマエがどんな幼少期を過ごしていたかも、両親とどれだけ仲が良かったかも、」
 バラムさんはそこで一拍置いて、私を見つめる。
「それから、そんな両親がどうして死んじまったか、もな」
「どうして……」
「そりゃあ俺は調停者だからな。追放メギドの情報は可能な限り把握しなきゃなんねえし、それっぽい情報は片っ端から仕入れてた訳だ。『稀に見る怪力の娘』なんてどう見てもそれっぽいだろ?」
 だけど、だったら何だと言うんだ。私はバラムさんから視線を逸らして俯く。
「いいか、聞けよカノジョ」
 バラムさんは腰を上げ、私に背を向けたまま続ける。
「確かに、オマエの決断のせいでオマエの両親は死んだ。それは事実だ。だが、それは『オマエのせい』じゃねえ」
 何を言われているかわからず、私はバラムさんの背中を見つめる。
「あの決断は間違っていた、結果的にはな。だが、決断した理由だとか気持ちだとかは間違ってなかったろ? 違うか?」
 バラムさんはこちらを振り向く。
「だったら『それでいい』。そもそも決断が間違ってるかどうかなんて後からしか分からねえし、どんなに正解に見える選択だって結果的には間違ってることだってある。もちろんその逆も然りだ。未来が見えでもしない限り、正解の決断をし続けることなんてできるわけがねえんだ、そうだろ?」
 それに、とバラムさんは続ける。
「そもそもオマエ勘違いしてねえか? 決断ってのは、それで終わりってわけじゃないんだぜ?」
 予想外の言葉に顔を上げる。バラムさんと顔を合わせると、彼は優しげな笑顔で微笑んでいた。
「決断ってのはむしろ始まりで、スタートの方向性を決めるもんでしかねえ。そりゃあ正解するに越したことはねえけど、たとえソレが間違ってたって後からいくらでも修正できるんだぜ? 実際あのイレズミ王だってそうやってここまで来たわけだし、今までどんだけアイツが間違ってきたか、オマエにも見せてやりてえくらいだ」
 バラムさんは大きくため息をついて、またふっと笑う。
「だから、大事なのはその後だ。決断の後どう進むかこそがキモって訳だ。そして幸いここの連中はソレが得意だろ? 手に入った情報を、違和感を吟味し、相手の思考を読み、対策して行動する。そう言うのが好きなヤツらばっかだからな。……どうだ? オマエ、仲間は信頼できねえか?」
 聞かれ、私は勢いよく首を振る。そんなことは、ない。
「だろ? だったらオマエも自分で『決められる』はずだ。ここまでの話が分かってるなら、『何も決めない』って消極的決断が一番タチが悪いんだってのも分かるだろ? 方向性が示されなきゃ合ってるかどうかさえ分かんねえからな、修正のしようがねえ。それよりは間違う方がよっぽどマシってもんだ」
 私は頷く。同時にこれまでの自分を、ずっと逃げていた自分を、心から反省する。
「ただし、決断に責任が伴うのも事実だ。一度決断したからにはその先にだって真剣に向き合わなきゃなんねえ。オマエ自身の問題、としてな。俺達仲間にできるのはその手助けだけだ。責任を肩代わりできるわけじゃねえ。それも分かるな?」
 私は再度、大きく頷く。私にもできることはたくさんあるのかもしれない。そう思える。
「よっし、じゃあ戻るとするか。行くぞ、『元』優柔不断のカノジョ」
 私は強く頷くと、颯爽と歩き出すバラムさんの、翻るマフラーを追いかけていく。

 ☆

「待たせたな」
 バラムさんと私が戻ると、寝床も荷物も撤収は終わっていて、もう出発の準備は整っているようだった。ガープさんの右腕に巻かれた包帯が痛々しい。
「で、だ。ただでさえメンツも少ねえのに負傷者まで出た、おまけに手がかりもゼロ。この後どうすっかって話だが……」
 そこでバラムさんは私の方を向く。
「カノジョに決めてもらおうぜ」
「わ、私?」
 急に話を振られ戸惑う。
「ちょっと待てよバラム、ハルファスに押し付けるなんていくらなんでも、」
「違えよ」
 バラムさんは首を振る。
「負傷者が出たのはカノジョのせいだ。しっかり責任取って今後のことも決めてもらうべきだと思わねえか?」
「でも! よりによってハルファスに『決めさせる』なんて!」
「そう言うとこじゃねえの?」
 バラムさんは呆れたように首を振り、また私と目を合わせる。
「なあカノジョ。自分で決めなくてもいい、俺が決めてやる、なんてどっかのジャラジャラ王は甘ったれたこと言ってたみたいだが、それは問題の先延ばしでしかねえ。いつも絶対に決断を肩代わりできるわけでもねえし、この先オマエ自身の決断が必要になったとき、オマエが決められなきゃ俺達だって困るんだ」
 私は頷く。
「だから決めろ。俺達はこれからどうするべきだ?」
 決める。私が。かつての失敗が頭をよぎる。だけどここにいるみんななら。「決断」が間違っていても、きっとなんとかしてくれる。いや。――私がなんとかする。
「じゃあ、」
 口を開く。みんなの目線が私に集まる。緊張する。責任を感じる。でも。
「このまま、巨大幻獣を探そう?」
 ほう、と皆が頷く。
「何故だ」
 ガープさんが鋭い声で聞いてくる。
「理由を言え。そうでもないと納得などできん」
「えっと、ここまで来るのにも時間がかかってるし、一度戻ったとして、その間に被害が出るかもしれないから。それに、戻ったって手がかりが増えるわけでもない。ガープさんが戦えないのは、その、痛手だけど、いざとなれば他の仲間を召喚すればいい。……かな」
「そうか。ちゃんと考えているなら良い」
「ああ、十分納得できるね」
「当然、俺もカノジョに賛成するぜ」
「あたしもあたしも!」
「俺もハルファスに賛成だぜ!」
「私も異論はないわ。さっさと倒して帰りましょ」
「そうか、なら、行こうか!」

 ★

「ありがとう、バラム」
 先を行くハルファスたちの後ろ、ソロモンがバラムに話しかける。
「何の話だ? ……ああ、アジトに残してたプリン代わりに食ってやったことか?」
「えっ、あれオマエだったのか!? 楽しみにとっておいてたのにひどいぞ! ……じゃなくて!」
 ソロモンは頭を掻きむしる。
「今の話だよ。ハルファスを励ましてくれただろ? 俺を悪者にしてさ」
「んだ、そのことかよ。だったら礼なんかいらねえ、調停者として当然の行いをしたまでだ。カノジョの優柔不断は、俺達追放メギドの足を引っ張る可能性があったからな」
 バラムは表情を厳しくする。
「つーかそこまで分かってんならオマエが何とかしろよな、元はと言えばオマエが都合よく甘ったれたこと言ったから悪いんじゃねえの!?」
「だからそれも含めてありがとうって言ったつもりなんだけど!? ほんっとオマエ人の気持ち理解しないよな!?」
「うるっせえ! オマエの気持ちなんて理解できてたまるかよこの腐れヴィータ!」

 ☆
 ☆

「決めた。これとこれとそれとあれを食べる」
「えっ、そ、そんなにか!?」
「……だめ?」
「いや、駄目じゃないけど……」
 巨大幻獣を倒し、ささやかな祝勝会。大活躍を見せたハルファスを中心に、料理を選んでいく。
「なあ、ハルファス変わったって皆言うけどさあ、『決められないから全部』って結局前と一緒じゃねえ……?」
「一緒じゃないもん。これは食べない」
「いやそれ嫌いなだけじゃね?」
「モラクスに言われたくない。肉しか食べないくせに……」
「んなことねえし! 肉以外だって食うし! 証拠見せてやるよ、……じゃあアニキ、ここにあるの全部頼んでくれ!」
 歳の近いモラクスと楽しそうに会話するハルファスは、どこかスッキリした表情に見える。
「流石に全部は……」
「あ、あとこれも食べる」
「まだ頼むのっ!?」
 ソロモンは手持ちのお金を思い浮かべながら、慌てて止めに入る。
「なあ、ちょっと我慢とかできないか……?」
「したくない」
 しかしあっさりと断られ、ソロモンはすごすごと引き下がる。
「はあ、ハルファスが吹っ切れてくれたのはいいけど、まさかこんなにわがままになるなんてな」
「ソレ俺を見て言う? 嫌味のつもりか?」
「まあ、ちょっと?」
 ソロモンとバラムのやり取りに、ウェパルがくすりと笑う。
「あんたも言うようになったわね。一体誰の影響かしら」
「だから俺を見て言うなっつーの!」
 ったく、とバラムはため息を一つ。
「性格の管理までは調停者の活動範囲外だ、俺の知ったことじゃねえ。そっちはオマエらで何とかしろ」
 それに、とバラムはハルファスを見据える。
「強欲なのはオマエも一緒だろ。似た者同士でいいんじゃねえの?」
「本当!? 私、ソロモンさんと似てる?」
 聞こえていたのか、言うやいなやハルファスが飛びついてくる。
「ん? ああ、まあな」
「それは、いいことだね。私、嬉しい」
 そのタイミングで、近くの席に料理が運ばれてきた。ハルファスはその匂いにつられ、しばらくそちらを見つめ、目を輝かせて言う。
「ねえソロモンさん、あれも食べたい」
「まだ食べるのか!? もう勘弁してくれよ!」
 そう言うソロモンは、しかしどこか嬉しそうだった。

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