『ヴィータ大量失踪事件』第6話

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 状況は芳しくなかった。
 元はヴィータだったと判明した幻獣たち。ソロモンはもはや、それらに対する攻撃を良しとすることができなかった。マルコシアスとシャックスで一時的に足止めをするがそれにも限界がある。守りの最前線に立つガープはもとより、その後ろにいる仲間にまで傷が増えていく。
「ソロモン、大丈夫かい」
 バルバトスはソロモンの隣に立ち統べる者を気遣う。ソロモンは力ない笑みで頷く。虚勢を張ることさえできていない。それもそのはず、ヴィータを守るはずの自らが、自らの手でヴィータを殺していたと暴露されてしまったのだから。
「もう少し耐えてくれ。何とか――何とかする方法を俺が考える。必ず思いつく」
 半ば願望のようなその声に、しかしソロモンは強く頷く。
「ラミアさえ何とかできれば周りの幻獣たちも止まるはずだ。当座のところはそれで凌げる、まずは彼女をなんとかするべきか。だがどうやって……」
 小さな声で呟くバルバトス。仲間にフォトンを配りながら、ソロモンははっと弾かれたようにバルバトスを見据える。
「ラミアはメギドなんだろ、だったら召喚できるんじゃないか!?」
「いや」
 しかしバルバトスは首を振る。
「その可能性が無いとは言えないけど、望みは薄いんじゃないかな。もうすっかり幻獣になってしまっているからね。それに何より、今少しでもキミがフォトンを配れない状態になったらたちまち前衛が崩壊してしまう。賭けとしては分が悪いと言わざるを得ない」
 言いながらバルバトス自身も戦闘に加わる。だがジリ貧の劣勢は変わらない。それでも諦めず考え続けて、そしてついに、1つの案が思い浮かんだ。だけどそれはあまりに不確実で、不透明で、何より不誠実でさえある。だが現状を突破するにはもうそれしかない。バルバトスは一瞬の逡巡を消し去り、声を上げる。
「ソロモン! 聞いてくれ、考えがまとまった」
 今だけでいい。いつもの自分と変わりない、自信に満ちた笑顔を意識する。大丈夫、こんなのは手慣れたものじゃないか。こちらを向いたソロモンに近づくと、バルバトスは迷いを気取らせない声で話し始める。

「そもそもの疑問として、何故ネビロスは幻獣化の計画を自らバラしたんだろう。黙っていれば俺たちには分からなかっただろうし、こうして敵対することもなかっただろうに」
「それは、俺に対する精神攻撃をするため……」
 ソロモンはメギドたちにフォトンを配りながら、バルバトスの言葉に耳を傾ける。戦いながら会話することにはもうすっかり慣れた。
「ああ、そうだ」
 そしてそれは成功している。実際にソロモンが受けたダメージは、もう二度と治癒できない類のものとさえ思える。
「だけど」
 バルバトスは続ける。
「確かにこれは効果的だった、それは認めよう。だけどもっと手っ取り早い手段があるとは思わないかい?」
 話が見えない。ソロモンは困惑の表情を見せる。
「どうして俺たち自身を幻獣化させない?」
 あっ、とソロモンは声を上げる。
「追放メギドたちを片っ端から幻獣化させてしまえば、ソロモン王なんて何の驚異にもならないはずじゃないか」
 バルバトスの言う通りだ。精神攻撃なんて回りくどい方法を使わなくても、それならダイレクトにこちらの戦力を削ることができるのに。
「それをしない理由はどこにもない。メギドであるラミアだってああして幻獣化しているんだ、俺たちだって幻獣化させられたはずなのにね」
「だったらどうして」
 ソロモンの問いにバルバトスは大きく息を吸って一瞬の間を置き、そして答える。
「だから、こう考えるのが自然だろう。俺たちを幻獣化させないんじゃない、できないんだって」
 できない、の言葉に思考が止まる。それは、ネビロスの言葉を根本からひっくり返す発想だった。
「つまり、奴にはメギドを、それどころかヴィータを幻獣化させることなんてできないんだ。奴の話は全部嘘だ。分かるかい?」
「そんな、でも」
 そうであればどれだけいいか。だけどそれは、あまりにも自分たちにとって都合が良すぎる話ではないか。そうした懸念が最後の最後でソロモンを押し止める。
「大丈夫だ。俺が保証する。これが真実だ。たとえ他の誰を欺けたって、吟遊詩人は騙せないさ」
 自分が嘘つきだって認めるのね、とウェパルは呆れ顔。だけどその顔にはいつものような希望が宿っている。
「だから、幻獣を殺せない理由なんてどこにもないんだ」
 バルバトスの言葉にソロモンの心が再度揺らがされた。本当なのか。だったら死ぬほど苦しんだのは何だったんだ。あまりにも自分たちにとって都合のいい解釈、それに安易に飛びついていいのか。葛藤が止まらない。正常な判断が、できる気がしない。
「信じてくれ、ソロモン――」
 戦闘音がバルバトスの声を遮る。彼はソロモンに近寄ると、耳元で2,3の言葉を投げる。その直後、ソロモンの顔色が変わった。そこに映し出されているのは、決意と覚悟。
「分かった、ありがとうバルバトス」
 ソロモンは大きく息をつくと、左手の指輪を前にかざす。バルバトスを信じる、そう決めたのだ。これでもう気兼ねはなくなった。
「反撃開始だ! 行くぞみんな!」

 ☆

 突然犯行に転じたソロモンたちに敵は戸惑ったようだった。その隙を突き、ウェパルが巨大な幻獣の急所に一撃を見舞いする。その後も取り巻きの幻獣をいなしつつ、的確に巨大幻獣へ攻撃を加える。相手の数は多いが万全の状態なら倒せない相手ではない。ソロモンたちは手慣れた連携で戦い続け、そしてついに、巨大幻獣を倒した。
 その直後、取り巻きの幻獣たちがソロモンの前から逃げ出した。ボスとなる幻獣が倒されたことに動揺したのか。みすみす逃がすわけにもいかないが、今はそれどころではない。
「ネビロスは!?」
「どこにもいねえ、逃げられたようだな」
 戦闘に必死になるあまり彼の存在を見失っていた。一体どこに行ってしまったのか。
「これで終わり……ってわけにはいかないよな」
 幻獣化が嘘だったのなら、謎が謎のまま残ってしまう。
「なあ、バルバトス」
「何だい?」
「さっきの話が――ネビロスが嘘をついていたという話が本当なら、じゃあラミアや町民たちはどこへ行ったんだ?」
 恐る恐る、ソロモンは問いかける。
「それは、分からない。まだ情報が足りないね」
「そうか……」
 ネビロスがこの騒動に絡んでいることはもう間違いない。彼を捕まえるか、それができなくてもラミアを見つけることができればいいのだが。
「そうだ、ラミアは召喚できるかもしれない!」
 ラミアがメギドであるというのが本当ならば。そう思いソロモンは指輪でメギドの気配を探る。
「――駄目だ、見つからない。ネビロスの反応は微かにあったけど……」
 ネビロスも強制的に召喚するのは難しそうだ。しかしラミアは存在さえ見つけられない。
「どうしてだ? これじゃまるでラミアがこの世からいなくなってしまったみたいじゃないか」
 そう呟いて、そして気づく。もしかして本当にいなくなってしまったのではないか、と。自分が倒したあの巨大幻獣は、やはりラミアだったのではないか。ネビロスの言葉は本当に嘘だったのだろうか。
「なあバルバトス、本当にネビロスの話は嘘だったのか?」
 ネビロスの話は筋が通っていた。だが、バルバトスの主張だって筋は通っていた。ソロモンの真っ直ぐな視線にバルバトスは目を伏せる。
「吟遊詩人は聞き手の望む物語を紡ぐ、そんな存在さ」
「待ってくれ、それはどういう意味だ」
「全て聞くなんて無粋だね。過剰な言葉は毒になる」
「はぐらかすな!」
 ソロモンは思わず声を荒げた。
「もう一度だけ聞く。ネビロスの話とバルバトスの話、どっちが本当なんだ」
 ほんの少しの沈黙。バルバトスは爽やかに髪を掻き上げ、とうとうと語る。
「俺たちを幻獣化させなかったことには理由がある」
 相変わらずの回りくどい口調に、しかしソロモンは聞き入っていく。
「ネビロスたちがヴァイガルドに来たのは3年前、そこから『共に研究』していたと言っていた。だけど、その時点での『研究』ってのは何だったんだろうね?」
 ネビロスが町長になったのは半年前。ヴィータの幻獣化実験を行うためだった。なら、その前は何を。
「きっと、メギドの幻獣化なんじゃないかな。そこから推測されるのは、メギドの幻獣化には時間がかかる、ということだ」
 ヴィータは半年足らず、早ければ数週間で幻獣化した。だけどメギドはそれ以上、3年に近い年月を必要とするという可能性。
「だから俺たちを幻獣化することはできなかった。だけどソロモンはヴィータだ。だから幻獣化を試されていた、そうだろう?」
 毎日与えられた水。深夜に部屋へ来たラミア。思い当たる節があり、ソロモンは無言で頷く。
「だがその最中、ラミアが幻獣化してしまった。その正確な時期はネビロスにも分かっていなかったんだろう。このせいでソロモンへの幻獣化実験は中断せざるを得なくなり、プランを切り替えた、ってところかな」
 説明に矛盾はない。つまり、
「バルバトス、俺に嘘をついたんだな」
「待て待て。嘘と言っても、ついていい嘘と悪い嘘があるだろう? この場合は――」
「そう言う問題じゃない!」
 ソロモンはバルバトスを睨みつける。
「俺はバルバトスを信頼していたんだ、なのにこんな」
「仕方なかったんだよ。ああする他、あの窮地を切り抜ける方法はなかった」
「でも! 俺はラミアを、他のヴィータたちを助けたかった! 何か元に戻す方法があったかもしれないだろ!」
「甘いぞソロモン!」
 耐えかねたかのように、ブネが会話に割り込んでくる。
「ソロモン『王』を名乗るのなら、大のために小を切り捨てる覚悟だって必要だ。全部が全部助けられるわけじゃねえ」
「でも! 助けられないって決まったわけじゃなかっただろ!」
「それが甘いって言ってんだ!」
 ブネも声を荒げる。その迫力にソロモンは一瞬黙り込む。
「今更だ。いいかソロモン、オマエは世界を救うために戦ってんだ。こうした覚悟は遅からず必要になるもんだったんだ、理解しろ」
「それでも!」
 ソロモンは唇を噛みしめる。
「それでも嘘を付くのは許せない! 俺だってブネたちの言ってることは分かるし、その選択が正しかったんだろうってことも分かる。でもだからこそ、その方法だけは選んでほしくなかった。話してくれたらきっと納得できたはずだ! これは、越えちゃいけない一線だ」
 そこまで言って、ソロモンは自嘲気味に吐き捨てる。
「……そっか、メギドには分からないか」
「ソロモン王! いくら何でもそれは言いすぎです!」
 慌ててマルコシアスが諌めるがもう手遅れ。
「へえ。まさかキミがそんな言い方をするなんてね。一線を越えたのはお互い様みたいだ」
 バルバトスの言葉はかつてなく冷たかった。
「モンモンもバルバルも怖い怖い!」
「仲間割れしてる場合じゃないでしょ。2人とも頭を冷やしなさい」
 ウェパルに言われ仕方なく、とソロモンは歩き出す。だが結局2人はその日最後まで会話を交わすことはなく、ソロモンもそそくさと自室に引っ込んでしまった。

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第7話

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