『ヴィータ大量失踪事件』第7話(最終話)

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「大変です! 起きてください!」
 翌日、朝早くからマルコシアスの声がこだまする。
「何よ、朝っぱらからうるさいわね」
 不機嫌そうに起き上がったウェパルに対し、マルコシアスは一切声量を変えずに言う。
「ソロモン王がいませんっ!」

 マルコシアスが言うにはこうだ。朝起きて食堂の机を見ると、ソロモンの指輪がぽつんと置かれていた。慌ててソロモンに届けようと2階に上がったが部屋の中はもぬけの殻。
「本当にいねえ! アニキ、どこ行っちまったんだ!?」
「荷物が減ってるな。これは拐われたわけじゃねえ、自らの意思で出ていったと見るべきだ」
「そんなっ!」
 ブネの冷静な判断に、マルコシアスが言葉を失った。
「ヤツまで『失踪』か? ヴィータめ、何を考えている」
「家出みたいなもんだろう、すぐに帰ってくるさ」
 楽観的なバルバトス。
「いや、そうとも限らねえ」
 しかしブネが異を唱える。
「考えてみろ、ネビロスが捕まってねえんだ。もし今ソロモンを狙われたらひとたまりもねえ」
「でもさ、そんな状況になれば俺たちを呼んで……あっ」
 ソロモンは今、指輪を持っていないということに気づく。
「ねえねえ、モンモンの指輪はどこにあるのあるの?」
「俺が持ってる」
 ブネが懐を軽く叩く。
「あたし見たい見たい! 一回つけてみたかったんだよね!」
「ちょっと。今それどころじゃないでしょ。それにあんたが失くしでもしたらどうするのよ」
 目を輝かせるシャックスに対し、冷徹なウェパル。
「なくさないなくさない!」
「駄目だ」
「ブネブネのケチー! じゃあ見るだけ見るだけ!」
「駄目だっつってんだろ!」
「ぶーぶー!」
 緊張感のないやり取りに、ガープはため息をつく。
「それよりどうする。今の状況はあまりにも危険だぞ」
「誰か、ソロモンの行き先に心当たりはねえか?」
 ブネの問いに答えるものはいない。
「まずいな。こうなったら手分けして探すしかねえ。ここでソロモンがやられたら俺たちはおしまいだ、何としても先に見つけるぞ」
 ブネの声は悲壮感に満ちていた。

 ソロモンは1人森を歩いていた。左手を上着に隠し、うつむいてとぼとぼと進む。時折木の根に足を取られながら、どこに向かうでもなく進んでいた。
 その時。がさり、と草むらが音を立てた。振り向いたソロモンは目を見開く。
「ネビロス……!」
「ソロモン王様。お一人でございますね」
 ネビロスは未だ丁寧すぎる姿勢を保ったまま、ソロモンに近づいていく。
「貴方のお命、頂戴致します」
 言うが早いか、ネビロスはナイフを手に一直線にソロモンへ駆け出した。

 ソロモンが見つからない。散り散りになって探していたが一行だが、ソロモンや、その居場所の手がかりを見つけることはできていなかった。
 それもそのはず。
 皆は町中ばかりを探していて、森の中を探している者は誰もいなかったからだ。

 猛スピードで駆けてくるネビロス。だがソロモンは焦る様子を見せない、隠していた左手を真っ直ぐ前に突き出すと、その指には、すっかり手に馴染んだ指輪が光っている。
 そして叫ぶ。
「召喚っ!」
 大きな指輪が赤く光り、そして。
「俺の後ろに、攻撃は通さん!」
 現れたガープが、ネビロスの攻撃を防いだ。
「なっ……! どう、して……? ソロモン王様は指輪を持っていないのではなかったのですか!?」
 ネビロスの言葉の合間にも次々に指輪が光り、皆を呼び寄せていく。
「ふっふっふ、説明しよう」
 光の中から現れたバルバトスが、ネビロスに向かい爽やかな笑みを見せた。
「全て嘘だからだよ」
「全て、だと、一体どういうことだっ……」
 狼狽を隠せないネビロスは、ついに慇懃な仮面が剥げ落ちていた。
「俺が嘘をついたところからさ」
 言葉を理解できないでいるネビロスを意に介さず、バルバトスは朗々と語り上げる。
「巨大幻獣を倒した時、ソロモンはそれがラミアだと分かっていた。その後の喧嘩も、ソロモンの失踪も、全部嘘だ」
「そそそ、そうだったの!?」
 何故か驚くシャックス。
「俺も知らなかった……。マジで怒ってるのかと思ったぜ」
 モラクスも同意。
「悪かったよ。でも、敵を騙すにはまず味方からって言うからね」
「ふふん、それも私の名演技のおかげですね! ジャスティス・フォースの経験が生きました!」
 悪びれないバルバトスと得意顔のマルコシアス。彼女にも隠しておくか最後まで迷っていたことは秘密にしておこう、と彼は密かに決意する。
「回りくどい作戦だったけど、うまくいって良かったわ」
「全くだ」
 そう言う2人は満更でもない様子。バルバトスは更に続ける。
「ネビロス、キミは幻獣化したラミアと一緒にいた時を含めて一度も戦闘に参加しなかった。ラミアと戦っている時俺たちはキミの存在を忘れていたから、不意を突くことだってできたはずなのに。だけどそうしなかった、ここからキミは戦闘が得意でない、補助的な能力の持ち主であることが推察できる」
 例えば、とバルバトスは手を広げる。
「盗聴できる能力、違うかい?」
 確信を持った言葉に、図星を突かれネビロスは黙り込む。
「どうして、そこまで……!」
「簡単な推測さ」
 バルバトスの語りは止まらない。
「ネビロス、キミは町長になるのがあまりにも早すぎる。この町の町長は公選制なのにね。いくらメギドが頭のいい生物だと言っても、たった2年と少しでヴィータの生活に馴染み、かつ票を集められるほど信頼されるなんて至難の業だ」
 何十年と生きているバルバトスの言葉には重みと説得力がある。
「ヴィータに馴染むには、何よりもヴィータの情報が必要だろう。それも一般的外形的なものではなく、ヴィータそれぞれの個人的特殊的情報がね。そして個人的特殊的な情報は、信頼を得るための武器にも、相手を蹴落とすための武器にもなる、違うかい?」
 願望や隠し事、そういった情報をうまく使えば人の信頼を手早く得られる。バルバトスが言っているのはそういうことだ。
「大方、前の町長を失脚させたのもキミの策略ってとこだろうね。さて、そんな情報をどうやって集めるか。最も手っ取り早いのが聴覚情報だろうね。確証はなかったけど、的中したみたいで良かったよ」
 そしてバルバトスは、腰の武器を手に持ちくるくると回す。
「とにかく、逃げられて別の場所で同じことをされるのが一番厄介だからね。だからこそキミの能力を逆手に取って、こうして餌を撒いたわけだ。観念してもらおうか、ネビロス」
 バルバトスが真剣な目つきをすると同時に、いつの間にかネビロスを取り囲むように立っていたメギドたちが戦闘態勢に入る。
「逃しませんよ!」
「通せんぼ通せんぼ!」
 バルバトスの話は時間稼ぎも兼ねていた。ソロモンは左手を突き出し、フォトンを探る。
「よし、行くぞみんな! これが最後の戦いだ!」

「終わったか」
 やはりネビロスは戦闘が得意でないらしく、苦戦することなく倒すことができた。
「これで一件落着、でいいのかな……」
 ソロモンはしかし、浮かない表情。
「仕方ないさ。元ヴィータも元ラミアも、救う手段なんてなかったんだ」
 もう完全に幻獣だったからね、とバルバトスは目を伏せる。
「ああ、それは分かってる。でもどこかにもっと違う正解があったんじゃないかって、もっと皆を救える選択肢があったんじゃないかって思ってしまうんだ」
 ソロモンの気持ちは痛いほど分かる。だからこそメギドたちは口を開けないでいた。
「終わったことは仕方がない。切り替えろ、ヴィータ」
「ガープの言う通りだ。確かに少なくない犠牲を払っちまったが、奴の目的は止められた。常に最善の選択肢を取り続けられるわけじゃねえんだ。結果さえよければいい、俺たちはこれでよしとしていかなきゃならねえ」
 あえて厳しいことを言うブネ自身も表情は浮かないままだ。皆が視線を落とし黙り込む中、ぐう、と誰かの腹の音で静寂は途切れた。
「わ、悪い……」
 さすがのモラクスもバツが悪そうで、シャックスも茶化したりはしない。
「……そうだな、ご飯にしよう! せっかく解決したんだ、美味しいもの食べて気分転換と行こう!」
「アニキ……」
 無理矢理に明るい声を出したソロモンは、そのまま村へ歩き出す。一行はその後ろを無言で追いかけるが、少ししてウェパルが隣に並ぶ。
「まだスッキリしてなさそうね。他の皆みたいに優しく励ましてあげたりはできないけど、話だけなら聞いてあげてもいいわ」
「……ありがとう、ウェパル」
 ソロモンはぽつぽつと語り出す。
「ずっと気になってたんだ。ラミアの本心はどうだったんだろうって。彼女がしていたことは結局ネビロスの駒に過ぎなかったけど、あの時それを嫌がっていたのは、心からの言葉に思えた」
 あの時ソロモンは「洗脳」の影響下だった。だからそう思えているだけなのかもしれない。だけど、それだけじゃないと思いたい。そう考える自分がいたのだ。
「何? そんなにあの女が気に入ってたの?」
「そうじゃなくて!」
「分かってるわよ。ただの冗談よ」
 ウェパルは視線を合わせないまま言葉を続ける。
「あの女の気持ちなんてもう分からないわ。正解なんて分かりようがない。だからね、それはあんたが決めていいのよ」
 ソロモンが顔を上げる。
「死んだ者は生きている者の記憶の中で生き続ける。だから、あんたが思うあの女が、あんたの中で生きるあの女そのもの、そういうことよ」
 いつものように淡々と、ウェパルは言葉を紡ぐ。
「それにもしかしたら、また会えるかもしれないわ。あの女が『転生』できていれば」
「!」
「ま、それはネビロスにも言えることだけど。だから少しは前を向きなさい。あんたが辛気臭い顔してると私達の居心地が悪いの」
「そんな顔してるのか、俺……」
 戸惑うソロモンに、ウェパルはぷっと吹き出す。
「まあいいわ。……今回の決断、なかなか良かったわよ。『ソロモン王』として正解の選択をしたと思う。なかなか『王』が板についてきたんじゃないの」
「バルバトスのおかげだよ」
 幻獣と化したヴィータを殺したソロモン。それは彼の心を折るには十分すぎる事実だった。それを立ち直らせてくれたのがバルバトスだったのだ。
幻獣である以上は始末しない訳にはいかない。たとえ元がヴィータであろうが。ならば実質的には、ヴィータを殺したのは、ヴィータを幻獣化させたネビロスだと言える。だから悪いのはソロモンではなくネビロスだ。手短にそう伝えてくれたのだ。
「そう。だとしても、切り替えられたこと自体が褒められるべきだと思うわ。これからも頑張りなさい。『ソロモン王』」
 それだけ言ってウェパルは先に出た。その後ろ姿を追いながら、ソロモンは決意する。
 今回の事件では犠牲を出してしまった。だけどそれを無駄にしてしまうかどうかはこれからの俺たち次第だ。あの町民たちに胸を張れるよう、やれることは精一杯やっていこう。
 そして願わくは――ラミアに再会できれば。そんな淡い期待を胸の奥に、しかし大切に閉じ込めて、ソロモンは顔を上げしっかりと前を見据える。
 強い夕日が目に入り、少し目を細めた。ソロモンたちの目指す明るい未来は、今まさに傾こうとしているのかもしれない。ならばそれを掴み取らなければ。この手で。たとえどんな事があっても。
 ソロモンは夕日に向かって、真っ直ぐ手を伸ばした。

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