『ヴィータ大量失踪事件』第5話

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 翌日、ラミアの悲鳴で目が覚めた。慌ててソロモンが彼女の部屋に飛び込もうとするがその寸前、とんでもない大きさの音が鳴り響き、地面が激しく揺れた。ソロモンは立っていることさえできずその場にうずくまる。振動が収まってから部屋に入るもそこにラミアの姿はなかった。しかし。
「どうした、何があった!?」
 駆け込んできたバルバトスは、部屋の中を見て絶句する。
「何だ、これは」
 部屋は荒れに荒れていた。整然と片付けられていたであろう物がいたるところにぶちまけられ、そしてあちこちに残された大きな傷。
「ソロモン、俺にはこれが幻獣の爪痕に見える」
「ああ、俺もそう思う。だけど――」
 だけど。
「これは、これはあまりにも大きすぎる」
「ああ、残念ながら俺もそう思うよ、ソロモン」
 2人の視線は自然と天井に向かう。否、正しくは天井があったところ、だ。今はその先、まだ夜が明けていない綺麗な星空が見通せる。
「ソイツは天井をぶち破って出ていった」
 そう、出ていったのだろう。この状況、屋根は外から破られたのではなく内側から破られているとしか思えない。つまり、これまでの失踪と同じ。
 突然の出来事に呆然としていると、家の外からまた大きな音と、加えてヴィータの悲鳴が聞こえてきた。慌てて窓に駆け寄ると、大きな幻獣が家を壊しヴィータを襲っているのが確認できた。大きな幻獣の周りにはこれまでに見た幻獣も大量に群がっていて、そのどれもがヴィータを攻撃しようとしていた。一体どこから出てきたんだ。そう思うが今は考えていられる状況じゃない。
「まずい、ソロモン」
「分かってる」
 階下の皆はモラクス、シャックスも含め既に起きていた。この辺りは流石だ、と感心しつつ最低限の荷物だけを持って家を飛び出す。
「あっちだ!」
 音の発信源に向かって走る。身の着身のままで逃げ惑う町民、その波に逆らってしばらく行くと巨大な幻獣はすぐに見つかった。
「デケェ、なんだよコイツ……」
「それに取り巻きも多すぎる、どこに隠れてやがった!」
「考えるのは後だ、みんな、アイツを止めるぞ!」
「私が行くわ」
 ソロモンの支援を受けウェパルが飛び込むが、すぐさま取り巻きの幻獣に囲まれる。ブネとマルコシアスの援護で蹴散らすが、その間に他の取り巻きが囲んでくる。
「チッ、ヴィータ、まずは取り巻きを倒すぞ」
「ああ! でも、これまでは戦う素振りすら見せなかったのにどうして急に……」
「考えてる暇はねえ! 行くぞソロモン!」
 取り巻きの幻獣は数こそ多いものの、今まで通り対して強くはなさそうだった。好戦的になってはいるがそれでも恐れるべき敵ではない。
「分かった。皆頼むぞ! 巨大な幻獣までの道を切り開いてくれ!」
 町の潤沢なフォトンを操作し、ソロモンは皆に力を与えていく。

 ☆

「俺の本気、見て死にな!」
 ブネが真の姿を開放し、並んだ敵を一気に薙ぎ払う。これで取り巻きの幻獣は半分以上を片付けられた。よし、とソロモンは拳を握る。これで一気に巨大な幻獣まで討てるかもしれない。次の算段を考え始め、一瞬警戒が疎かになった、その瞬間だった。
「ちょっと! アンタ何してるのよ!」
 ウェパルの声に顔を向ける。彼女の視線の先、巨大な幻獣のすぐ側に1人の人影が見える。
「ネビロス町長!?」
 そう、そこにいたのは町長その人。なんでこんなところに、と思うが、そんなことを考えている状況ではないことに気付かされる。彼の居場所は完全に幻獣の射程距離内。このままでは殺されるのも時間の問題だ。
「バルバトス、マルコシアス、何とかできないか!?」
「まずい、ここからじゃ届かない!」
「駄目です! 丁度杭を撃ち切ってしまいました。メギド体にも先ほどなったばかりですし……」
 頼みの綱、スナイパーの2人も即座に攻撃はできない状況。慌てて再装填するマルコシアスだが、それより早く巨大な幻獣が動き出す。その視線の先には町長の姿。
「ネビロス! 逃げろ!」
「馬鹿っ……」
 気づいているのかいないのか、ネビロス町長は動こうとしない。ウェパルが走り出すが、それも間に合いそうもない。幻獣の腕が振り下ろされる。ソロモンは思わず目を逸らす。ずん、と重々しい音と共に襲ってくる地響き。その音の中に何か別の音が混じっているような気がして、ソロモンはそれを振り払うように首を振る。土埃が舞い上がり、接近していたウェパル共々覆い隠す。
「なっ、どうして!?」
 煙の中、ウェパルの驚いたような声が漏れてくる。次第に晴れていく視界の中、ソロモンたちも状況を理解し言葉を失う。
 ネビロス町長は、傷ひとつ負っていなかったのだ。

「流石はソロモン王様。この程度の幻獣モドキが何体いようと相手にすらなりませんね。実力はお噂の通り、本当に素晴らしい」
 ネビロス町長は不敵な笑みを隠しもしない。
「もっとも、そんなことは分かりきっておりました。むしろ『それこそが目的』だったのですから成功と言って差し支えありません。大成功、とまでは行きませんでしたが」
 言いながら、彼は巨大な幻獣を嘲るような目で見上げる。
「ネビロス、そこは危険だ。早くこっちに来い!」
「いえ、ご心配の必要はございません」
「何を言っているんだ! 殺されるかもしれないぞ!」
「いいえ、その可能性はございません。――信じられないというご様子ですね。それもそうでしょう。しかしご安心ください。全て説明させていただきますとも。それも私の『目的』のうちでございますから」
 饒舌になるネビロス町長と、対象的に言葉を失うソロモンたち。
「順を追ってお話致しましょう。まずは、そうですね」
 朝食のメニューを告げるかのような手軽さで、彼は告げる。
「私はメギドです」
「!?」
 衝撃のあまり皆の動きが止まる。その様子を見て、ネビロスは上品な笑い声を上げる。
「素晴らしいですねえ、その反応。しかしこの程度で驚いていただいては困ります。この後が本題でございますから」
 一体何を。
「私は3年前にヴァイガルドへ来、ここ半年間はこの町の町長とやらをやっておりました。何故そんなことをしたかと申しますと、ある実験を行うためでございます」
「実験……?」
「ヴィータの幻獣化、でございます」
 さらりと告げられた言葉に、またしても衝撃が走る。
「今、何て言った……?」
「幻獣化って、まさか!?」
 ネビロスを見据え、バルバトスは敵意を剥き出しにする。ネビロスは余裕の表情で頷く。
「バルバトス様は理解が早い。ええ、その通りでございます」
「――っ!?」
 バルバトスは目を見開き狼狽える。遅れてブネも理解したのか、バルバトスと目を合わせようとする。
「つまり、皆様が」
「その先を言うな!」
 ネビロスの声を遮り、バルバトスが声を荒げる。
「いいえ、言わせていただきます。それこそが私の目的なのですから」
「そうはさせられねえな。どうしてもってんなら実力行使するだけだ」
 ブネもバルバトスに倣うが、ネビロスは意にも介さない。
「それは不可能かと存じます」
 ネビロスは巨大な幻獣の前脚に乗る。すると幻獣は脚を上げ、ネビロスを額の上に誘導した。幻獣の上に立ち、はるか高みからソロモンたちを見下ろしながら、ネビロスは言う。
「皆様に選択肢はございません。聞いていただけますね?」
「駄目だ」
 バルバトスの呟きは届かない。
「皆様が倒してきた幻獣、あの弱い幻獣です。あれは、」
「ソロモン! この先は聞くんじゃねえ!」
 ブネの声もネビロスを止めることはできない。そして彼は言う。それはソロモンに対してあまりにも効果的な一言。ソロモンだからこそ致命傷になりうる、これまでのソロモンを否定するクリティカルな一言。
「あれは皆、ヴィータでございます」
 ソロモンの顔から表情が消えた。

 バルバトスは必死に頭を回した。この流れはまずい。ソロモンの善性が傷つけられてしまう。そんな訳にはいかない。言いがかりでもいい、否定材料を見つけなければ。だが。
 ヴィータの幻獣化。失踪の原因がそれだとすれば実際、全ての辻褄が合うのだ。家の中、一体分しかなかった幻獣の痕跡。中から割られていた窓。町やヴィータを襲わない幻獣。フォトンを十分持ててなかったのはきっとフォトンが見えていないから。ネビロスの言葉を否定する材料を探して、しかしそのどれもが彼の言葉を補強していることに気づき絶望する。浅い呼吸を繰り返し地面に膝をついたソロモンをマルコシアスが支える。
 まずい。そうは分かっているが、打開策を何ひとつ見つけられない。
「理解していただけたようで何よりです。まだ疑問もお有りかと存じますので、私の方より補足させていただきます。まずは」
 ネビロスはしゃがみ、足元の巨大な幻獣をぽんぽん、と叩く。
「これはラミアでございます」
 今までの流れから予測できてはいたが、それでも改めて告げられる衝撃は大きい。いつもはうるさいくらいの一行が、一言も発することができなくなっていた。
「ラミアもメギドでございます。いえ、『でした』と申し上げる方が適切でしょうか。
3年前ヴァイガルドに降り立った際よりずっと共に研究をしておりました。特に彼女の能力、洗脳には助けられました。洗脳と言っても、意のままに操るというほどではなく、相手の意思を少し捻じ曲げるといった表現が適切なのですが。ソロモン王様は一度実感されたかと思いますが」
 ソロモンは反応を見せる余裕すらない。そうか、取り巻きの幻獣が好戦的になっているのもラミアの力によるということか、と遅れてバルバトスは理解する。
「幻獣化した今でもその能力を多少は使えているようです。こうして多少の知性も残っているようですし、ラミアの実験に時間をかけた甲斐はございました、と申し上げて良いでしょう」
「だが、一体、どうやって……」
 辛うじて絞り出したバルバトスの言葉に、ネビロスは笑顔で答える。
「いいご質問です。お答えしましょう、私は水を利用致しました」
 水。毎朝開かれているという朝礼を思い出す。そうだ。ネビロスは水をヴィータに配っていた!
「私はフォトンを直接変化させる力を持っております。護界憲章の下ヴィータ体を強いられる中では、生きたヴィータのフォトンを直接変化させることまではできませんが、水が含むフォトンを組み替えることは可能でした。そこで、大量に摂取すればヴィータの持つフォトンを変化させ、幻獣のそれに組み替えるような水を作った、というわけでございます」
 慌ててソロモンを見る。彼の過呼吸はまさか変化の前兆だったりはしないか。
「実験の結果、性器を介した粘膜による直接接触が最も効果的であることが判明致しました。早ければ数週間で幻獣化致します。ソロモン王様にもそれを試してみたかったのですが、生憎ラミアは失敗したようでございますね」
 初めは男性ばかりが失踪していたことを頭の片隅に思い出す。ラミア自身の能力もその実行には助けとなったのだろう。今までの情報が正しく繋がっていく感覚、今までは心地よかったはずのそれだが、今回ばかりはありがたくない。
「しかしどちらにせよ、ソロモン王様に致命的なダメージを与えるという目的は達成されました。つまり皆様はもう御仕舞です。ラミア、やりなさい」
 まさか。まさかこんな攻め方をされるとは思っていなかった。ソロモンの精神を破壊しに来られるなんて。あまりにもヴィータのことを理解しすぎている。ソロモン王の弱点、ヴィータであるという点をピンポイントに突かれた。こんなの、こんなの想定外すぎる。
「ソロモン王!」
 マルコシアスの声に顔を動かす。視界の端、ソロモンが立ち上がっていた。ふらつきながらも左手を突き出し、右手でそれを支える。
「戦うおつもりですか。良いのですか。この幻獣はヴィータなのですよ」
 ソロモンの手が力を失いかける。それを合図にしたかのように、残った取り巻きの幻獣が一気に襲いかかってくる。弱い幻獣とは言え数は相手の方が多い。無視するわけにはいかない戦力だ。
 どうにかならないか。バルバトスは考える。あまりに絶望的だが、ここで、こんなところで終わるわけにはいかない。諦めるにはまだ早い。迫り来る幻獣に正対しつつ必死に頭を回転させる。あるのかも分からない勝算を求めて。

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