『ヴィータ大量失踪事件』第4話(幕間)

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 ガサガサと布団が擦れる音で目が覚めた。あまり眠れた気がしない。頭がぼうっとしていたソロモンだったが、音の主に気づいて一気に覚醒する。
「ラ、ラミァうっ!?」
 思わず声を上げたソロモンの口を、ラミアは手のひらで押さえつける。いつの間にか彼女は仰向けに寝ていたソロモンの上で膝立ちになっていた。
「静かにしてくださいね」
 ラミアは口から手をどかすとソロモンの耳の横につき、覆いかぶさるように顔を近づけてくる。至近距離でささやかれソロモンは毒気を抜かれたように黙り込む。
 ラミアと見つめ合っていることができず視線を横に向ける。カーテンの向こうは暗いまま。体感の通りまだ深夜のようだ。
「ラミア、ど、どうしてここに?」
「申し訳ありません。お仕えする者として不甲斐ない限りですが、私はどうやら自らの欲望を抑え切れないようでございます」
「欲望って」
 言い終わるが早いか、ラミアの顔が更に近づいてきた。思わず目をつぶってしまったソロモンだが、その唇に柔らかいものが一瞬触れる。
「!? っ、ラミア」
 目を開ける。彼女の顔はまばたきの音が聞こえそうなほどに近い。その距離で見つめるラミアの丸く大きな目はしっとりと潤んでいるように見えた。一瞬理性を失いそうになったソロモンだが、ここはなんとか自制する。
「待ってくれ、今それどころじゃ……っ!?」
 再び唇を奪われる。今度はすぐに離れない。必死に引き剥がそうとするソロモンだったが、上手く力を込められていないのか、ラミアはびくともしない。
 ラミアは小さく口を動かし、舌でソロモンの唇を舐めていく。ソロモンは、きつく閉じたはずの両唇が優しく開けられていくのを感じる。そのまま舌の侵入を許すと口内がくまなく蹂躙された。最後に舌が吸われると、脳が蕩けそうな快感にとうとう抵抗する意思が揺らいでいく。
「ソロモン王様。私、町長に……ネビロスに、酷い扱いを受けています。私が失敗するたびに身体を傷つけられ、それが怖くてまた失敗してしまう、その繰り返しなんです」
 いつもの丁寧さが薄れた口調。話しながらもその合間で断続的に唇を吸われる。ソロモンはもうされるがまま、ラミアと目と目を合わせ、唇を合わせる。
 そういえば、と初対面の時、町長の家の応接間でラミアの手が震えていたことを思い出す。
「だから、今だけでいいんです。今だけは、私の願いを叶えさせてはもらえませんか。私の好きにさせてもらえませんか。お願いです。ソロモン王。私は貴方が好きなんです。貴方とひとつになりたい」
 肉体的快楽に加え精神的にも揺さぶられ、もうソロモンに抵抗する余力は残されていなかった。ハルマゲドンとか、世界を救うとか、町のためとか、仲間のみんなとか、そんなものが頭から離れていく。
「お願いです。ソロモン王。私を、受け入れてくれませんか。今だけ、私を救っては、くれませんか」
 その言葉は、ソロモンの心に突き刺さった。目の前の女性を救いたい。そう思う。そう思わされて、しまう。
 世界を救おうとするなら、目の前の女性くらい救えなくてどうする。そう納得してしまう。自らの欲に大義名分を与えてしまう。だがそれが意図的なものか無意識的なものなのかさえ、もうソロモンには分からなかった。
 ソロモンはラミアへの回答として、小さく頷いた。ラミアは泣き笑いのような笑顔を見せると、もう一度唇を重ねてくる。
「好きです、ソロモン王」
 上半身を起こすとラミアはシャツのボタンを外していく。サイズこそ標準的だが形のいい胸が露わになり、ソロモンはそこから目が離せない。その柔らかな膨らみに触れたい。そう思うよりも早く手が胸に伸びていく。
 その時だった。
「邪魔するわ」
 がたん、と大きな音を立てて扉が開いた。ソロモンは反射的に手を引っ込める。扉の先に立っていたのはウェパル。右手には武器の槍を持っている。
「お楽しみのところ悪いわね。うちのソロモンに何するつもり?」
「いえ、あの、私は……」
「問答無用よ。出ていきなさい」
 槍を構えられてはどうしようもない。ラミアはソロモンのベッドから降りると、片手で胸を隠し走り去っていく。
「ソロモン、あんた何してんの」
 ジト目で近づいていくウェパル。
「何? ああいう女が好みなわけ? 1人だけの部屋を与えられといて全くいいご身分きゃっ!?」
 まだ正気ではないのか、枕元に立ったウェパルの頭をソロモンが掴んで引き寄せようとした。
「ちょっと! この馬鹿!」
 ウェパルは槍を逆手に使い、柄でソロモンの側頭部を殴りつけた。

 ☆

 翌朝。例のごとく朝礼の時間に起こされる。
「あはは、モンモンたんこぶたんこぶ!」
「ん? ああ、寝てる時にちょっとぶつけちゃって」
 事実を言うわけにもいかず、ソロモンは適当な言い訳をする。
「モンモン寝相悪い悪い! あたしと一緒だね!」
 一緒にされるのは癪だが言い返すわけにもいかず、ソロモンは黙り込むしかない。
「ま、たんこぶ程度で済んだのはシャックスの寝相のおかげだから、せいぜい感謝するがいいわ」
 どうやら、ウェパルはシャックスの寝相に苦しめられていたようだ。
「そ、そうなんだ? それならそれならあたしに感謝するのだ! えっへん!」
 分からないまま胸を張るシャックスに、ソロモンはなおも苦笑することしかできない。
「一体何があった、ソロモン?」
「うーん、ちょっとね……」
 正直に言うわけにもいかず、ソロモンは適当な相槌でお茶を濁す。そこでラミアが姿を表した。
「皆様お揃いでございますね。それでは朝礼に参りましょう。広場までご案内致します」
「その必要はないわ」
 先導しようとしたラミアに対し、ウェパルは冷たく言い放つ。
「広場までの道は分かるもの」
「いえ、ですがソロモン王様たちを安全に送り届けるのも私の任務の1つでございまして……」
「結構よ。私たち、あんたに守られなきゃいけないほど弱くはないから」
「おいウェパル、どうしたんだ? そんなに嫌がらなくたっていいんじゃねえの?」
「嫌がってるわけじゃない。不要だって言ってるの。省ける無駄は省くべき、そうでしょう?」
 モラクスの言葉をものともせず、拒絶の姿勢を崩そうとしないウェパル。それを見てラミアは説得を諦める。
「そこまで仰るのでしたら、……承知致しました。私は先に広場に向かわせていただきます。皆様、くれぐれもお気をつけてお越しください」
 それでもラミアは丁寧な態度を崩さないまま、美しい所作でソロモンたちの前を去る。
「ウェパル、ちょっと冷たすぎやしないかい?」
「同感だよ。ラミアには同情すべき事情があるみたいだし、あんなに突き放さなくたって……」
「私はそうは思わない。とにかく、あの女には気をつけたほうがいいわ」
 ウェパルはそう言い残して先に家を出る。残された連中は首を傾げながらもその背中を追っていく。

 儀式の後、町長から報告を受けた。失踪したと見られるヴィータの数は、昨日1日で合計10名にも上るとのことだ。そのヴィータたちがいた家を捜索してみたが、やはりと言うべきか、新しい情報を得ることはできなかった。
 一体どうやって、どこに連れ去っているのか。ヴィータたちは無事なのか。何も、何も分からない。日課の幻獣狩りもめぼしい成果は得られず、倒した相手も相変わらず手応えがなかった。謎を残したままその日を終え、そして、事態は取り返しのつかないところまで進んでいく。

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第5話

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