90末~00年代中国ヲタク事情おつまみ②

※今回は海賊版の話しが出ますが、作者は海賊版を推奨する意図は欠片もありません。当時の特殊な時期においてはどうしても避けられないため、できる限り是非評価に言及せず実際にあった現象のみを述べました。版権・著作権を尊重し、買うなら絶対正規版を買うべきというのが現在の作者の考えです。※


さて、VCDの話しをしよう。

VCDは要するにVideo CDの略で、一枚のCD型媒体に20分尺のアニメやドラマが圧縮率によって2~3話ほどが入る。日本で当時の主流記録媒体は黒い四方形のビデオデッキだったと思うが、中国では一部使用される事はあるが、主流ではなかった。オタク予備軍の青少年が好きな日本アニメだけではなく、中国のドラマや当時の流行曲などもVCDという形式で販売されていた。

VCD機材はVCDディスクを入れる他にマイクを繋げる機能もあって、流行りの歌のVCDなどはBGMと歌手の歌声が別トラックで個別に流せるので、テレビに繋げると自宅でお手軽カラオケができるので瞬く間にそれなりの生活水準の各家庭に広まったことが下地になっている。実際うちにVCD機材が導入されたのも子供の私の娯楽のためではなく、歌好きな父が母と一緒に歌いたいから買ったのである(ワンセットの機材にマイクが二本付属している)。

だが導入されたからには各家庭の子供達にも当然利用権はあるし、のちにヲタク予備軍となる当時の我々は当然アニメのVCD一択だった。

それでどんなアニメVCDが当時にあったかというと、まずは大きく分けて二種類だった。ずばり正規版と海賊版である。海賊版の利用なんて声高らかに言ってはならないものだし恥ずかしがるべきだが、悲しきかな版権意識混沌期である90年代ではその流通は実際にあったことだし、ターゲット層にも正規版か海賊版かを見分けるための知識がそもそもなかった。値段が謎に安くて質がクソ悪いけどなぜか常に最新作品が揃っているVCDが海賊版というものであることや、海賊版とは、なぜ海賊版がいけないのか、とかそういった知識を与えてくれたのは、皮肉にも同書の広告ページにVCDを含む海賊版グッズの通販が堂々と掲載されている当時の『資訊誌』と呼ばれる日本マンガ・アニメの最新情報をまとめる雑誌だった。この『資訊誌』に関しては後々。

で、まず正規版の話しをしよう。当時は数多くのーー日本本土に比べれば当然少ないのだがーー日本アニメがテレビでヘビロテされていたが、その全部が全部VCD発行されたわけではない。たぶん代理発行にあたっての契約の内容とかそこらへんが関係していると思うのだが、残念ながら詳しい事情はわからない。私自身が所有していたり見たことがあるVCDというと、『名探偵コナン』の1~52話のBOXや『仙界伝 封神演義』のBOX、そしてバラ売りの『デジモンアドベンチャー』の無印と『02』の何枚かだった。BOXとCDケースに入ったバラ売り、この二つが正規版の主な形式だった。ちなみにいずれも大型の総合スーパーマーケットで売っていた。ちょい前までの中国の大型総合スーパーは総合なだけに音像製品売り場や書籍売り場があったのである。最近は少なくとも北京では専門化が進んで別店舗に分かれた気がするが、地方(親の地元である山東省の農村とか)ではまだまだ一つの売り場で売っている所もあるようである。

CDケースに入ったやつはうろ覚えだが吹き替え版オンリーだった気がする。一枚に2話か3話しか入らないので値段も(同類製品と比べて)あまり高くなく、子供が好きなアニメを見つけて欲しい欲しいと駄々をこねても数回に一回くらいなら買い与えてやれないでもないようなものだ。前の話しとの繋がりとか殆どの親からすれば興味ないわけである。これは私個人の考えだが、こうやって買い与えられた前後の繋がりが見えない一枚ディスク収録内容も、前回で言った長編アニメのエンドレス感を加速させているのではと思ってたりする。

一方BOXのものは、少なくとも私が買ってもらった奴は全て吹替音声と原語音声字幕付きが切り替えることができるものとなっていた。まぁ私の場合は日本からの帰国子女で、せっかく覚えた外国語をそのまま忘れてしまうのは勿体無いと親が考えて原語音声付きを選んで買ったというのも原因の一つだが、少なくとも選べるW音声のモノが「ある」のである。当然お値段もやや高めだがそこそこ真剣にデザインされた箱がある。箱には収録内容の話数とサブタイトルが記されており、「アニメはエンドレスじゃない」「第1話も最終話も実在する」と私が実体験できたのはわりとこういうBOXのおかげだったりする。『コナン』に最終話は20年余り過ぎた今でも実在しないので実質『仙界伝』のおかげだが。

で、海賊版なのだが。前文で正規版にはケースやらBOXやらに収納されていると述べたが、海賊版にはそれがない。丸裸のディスクである。50話以上の長編作品が一枚には2話か3話しか入らないVCDに詰め込まれているわけなのだから、一作品につき十数枚二十数枚のディスクを要するに関わらず、ディスクは丸裸である。かろうじて作品ごとに100円ショップで50枚セットで売られているようなビニール製入れ物に10枚でも20枚でも作品ひとまとめで突っ込まれて、質の悪いプリンターで印刷された紙の表紙的なものにタイトルがあって同封されている、という形がほとんどである。当然ディスクには傷が付く。一つの作品のうち何枚かが機材で読み取れなくて見れないとかザラだった。

正規版では映像が流せないなんて事はほとんどなかった。なんなら二十年以上前に買った『仙界伝』のVCDを数年前ふと気になってパソコンに突っ込んだらまだまだ現役だったくらいだ。ブラウン管テレビに合わせてのものだったので現代のPC画面で見るとめちゃくちゃ解像が低かったのはご愛嬌である。それに対して海賊版は当時から度々死んでたというか、入手時点で息してないものだってあったくらいなのだから、流石に海賊版だと気づけよと思うかもしれないが、繰り返すがそもそも概念がなかったのだ。海賊版という物を知らなければ海賊版であると見抜けないのである。このVCDやけに質が悪いなー他のとやけに違うなーと首を傾げるだけなのである。

じゃあなんでそんな質が悪い物を買うのかというと、BOXモノやケース入りモノがない作品があるから、ただそれだけである。小学も高学年になってくれればそれまでと違ってテレビのエンドレスヘビロテに気が付くしいい加減飽きてくる。でもアニメは観たい。でも今流れてる奴は見飽きた。でも観たい。新作はどこに行けば。そうやってやがて口伝えや『資訊誌』で地元の「動漫店」(マンガ・アニメショップ)にたどり着く。当時の「動漫店」なんざ今思えばただの海賊版ショップなのだがその頃のガキにはわかるわけがない。

「動漫店」の話しはマンガの方の話しも一通りしてからにするとして、とりあえずこんなふうに正規版海賊版に関わらずVCDという媒体がテレビ放送以外でのアニメ鑑賞の主流であった。のちにより解像度が高く、よりデータ量(そして話数)が多く収納できるDVDが誕生し、正規版も海賊版もこちらに合流するのだが、海賊版のみにはその前にまた一段階が存在していた。CD-ROM形式である。つまり機材を通じてブラウン管テレビでの鑑賞を諦めて、完全にコンピュータ・ノートパソコン用に振り切ったやつである。映像の形式は.rmvb、基本的にはReal One Playerというソフトで読み取れるのでそれのインストール用.exeも同封している場合も少なくなかった。解像度は相変わらずというかともすればVCDと比べてもさらにクソ悪いのだが、VCDと比べてずっと多くの話数を突っ込める。ディスク一枚に十数話は余裕なのにディスク単価はVCDと変わらないので、話数が多いテレビアニメでは一瞬でVCDが廃れた。のちにDVDが出て、同じく多くの話数を収録しながらも.rmvb版よりずっとずっと良い画質でこてんぱんにやられるまではCD-ROMがかなり幅をきかせていた。

DVD形式は長く続いた。正規版も海賊版もである。だがそれらいずれも、インターネットと普及と回線の加速につれてじわじわと陣地を蝕まれていった。P2PダウンロードとFTPダウンロードを通じて、今の中国の日本アニメ視聴の主流は、ご存知の通り海賊版を探し当てるなんかよりもずっとお手軽になって、各配信サイトの版権購入競争によってカバー面がずっと広くなった、正規ネット配信である。

……それでも正式版にカバーされないジャンルや作品はあって、まぁ、うん。

次回は少し遡って、同時期のマンガの話しをしよう。

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