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神秘体験の道すじ

神秘体験といわれるものは夢と同じところ――無意識からやってきます。人の見る夢にひとつとして同じものがないように、神秘体験も個々に違うものですが、オウムでは解脱に向かうとき大筋では共通の体験をしていくとされ、各ステージの成就には基準となる体験がありました。

たとえば、第一ステージでは三色の内的な光を見る(三グナの光を見る)。第二ステージでは「四つの体験」すなわちダルドリー・シッディ(浮揚の前段階)・変化身の体験・光への没入・意識の連続を経験することです。

初期の頃、麻原教祖が多くの信奉者を急速に集めた理由は二つあったと思います。シャクティーパットによって内的な体験をさせたこと。そして、「次はこういう体験をしますよ」「この段階になるとこのような体験が起きますよ」と、解脱に至るまでの道筋をだれでも歩めるものとして明らかにしたことです。

指導を受けた弟子たちは、そのとおりの体験をしたから、麻原教祖と教祖が説く解脱のプロセスを信じました。オウムについて、「なぜ高学歴の若者があのような人物を信じたのか」という疑問をよく聞きますが、目に見えない世界について「この修行をすればこの体験をする」「次の段階ではこれが起きる」と説明され、実際にそれを体験したから頭の良い若者、特に実証を重んじる理系の男性がまっすぐに信じていったのだと思います。

もし神秘体験というものを、「妄想だ」「強い暗示にかかっている」「脳内現象にすぎない」「洗脳だ」などと頭から拒否するなら、オウムの修行者に実際起こっていたことを想像することは難しいでしょう。しかし、人は神秘的と感じられる体験をするし、それに魅せられ、非常に大きな影響を受けるものなのです。オウム事件に不可解さが残っているとしたら、霊的な問題がわからないからではないでしょうか。

精神科医であり心理学者である思想家C.G.ユングは、夢とヴィジョンの分析を通じて「無意識」を研究した人物です。河合隼雄氏は、自身が訳した『ユング自伝』のあとがきに次のように書いています。

本書にのべられた事柄は、ほとんどユングの内界に関するもののみで、外的な事象については何も書かれていないのである。われわれが内的な世界という場合、ともすればそれを単純な内省のことと考えるが、ユングのいう内界は、それをはるかに超えている。読者は本書にのべられているユングの夢や幻像(ヴィジョン)の凄まじさに、驚嘆することだろう。それらはユングの内界に生起している事象であり、ユングにとっては、内的な世界は外界と同じく『客観的な』ひとつの世界なのである。

河合氏の言う「ユングの内界に生起している事象」とは、私たちが「神秘体験」と言っているものです。ユング自伝には、ユングの幼い頃から八一歳までに経験した神秘体験が書かれているのですが、そのなかの有名な体験をあげてみます。ユングは六八歳のとき心筋梗塞で倒れ、臨死体験をします。

「意識喪失のなかでせんもう状態になり、私はさまざまな幻像(ヴィジョン)をみた」

「私は死の瀬戸際にまで近づいて、夢をみているのか、忘我の陶酔のなかにいるのかわからなかった。とにかく途方もないことが、私の身の上に起こりはじめていたのである。」

そして体外離脱がはじまり、ユングは一五〇〇キロメートルの上空から美しい地球を見ることになります。自伝ではその様子が細やかに描写されています。ガガーリンが宇宙飛行をする前にもかかわらず、ユングが上空から見る青い地球の記述はとてもリアルです。

次に、ユングは別のものを見ます。

「視野のなかに、新しいなにかが入ってきた。ほんの少し離れた空間に、隕石のような、真黒の石塊がみえたのである。それはほぼ私の家ほどの大きさか、あるいはそれよりもう少し大きい石塊であり、宇宙空間にただよっていた。」

「これと同じような石を、私はベンガル湾沿岸でみたことがあった。それらは黄褐色の花崗岩のかたまりで、そのなかのいくつかは、なかをくり抜いて礼拝堂になっていた。私がみた石塊も、そのような巨大な、黒ずんだ石のかたまりであった。入り口は小さな控えの間に通じていた。その入り口の右手には、黒人のヒンドゥー教徒が、石のベンチに忘我の状態で、白い長衣(ガウン)を着て、静かに坐っていた。彼は私を待っているのだと、私にはわかった。」

麻原教祖の「微細体」についての解説に、ここまでのユングの体験と非常によく似た説明があります。微細体とは、微細な世界(夢の世界・無意識の世界)を経験する身体のことで、アストラル体ともいわれ本来だれにでもある身体です。

「クンダリニーが覚醒する。それはわかるね。そして、その次に熱が出てくるのはわかるか。次にサハスラーラ・チャクラから甘露が落ちるのはわかるか。それが最も強くなります。そして強くなって、そのエネルギーが循環しているときなにをやっていると思うか。私たちの微細体を作っているんだよ。いや、言い方を換えるならば、もともと微細体というものはあるんだけど、それとの架け橋をやっているわけだ。」

「初めは夢として現れてくる。それが次の段階で、周りの壁が黒くてね、その中に君の等身大の結跏趺坐した人が現れてくる。それが微細体だ。」

「そして、この世の中の意識の状態と、その微細体の意識の状態とは、微細体の意識の状態の方が鮮明です。つまり、言い方を換えれば、この世はもう眠っている状態になってくる。」

(一九八七年三月二十日)説法より

ユングが見た黒い石塊のなかに坐しているヒンドゥー教徒は、麻原教祖が「周りの壁が黒くてね、その中に君の等身大の結跏趺坐した人が現れてくる」という説明と同じ状況です。教祖はこの黒い壁を仏教でいう「根本無明」だと説明しています。

ユングは、この臨死体験のあとに次のような夢を見ています。

夢のなかで私はハイキングをしていた。<中略>そのうち、道端に小さい礼拝堂のあるところに来た。戸が少し開いていたので、私は中にはいった。驚いたことに、祭壇には聖母の像も、十字架もなくて、その代わりに素晴らしい花が活けてあるだけだった。しかし、祭壇の前の床の上に、私の方に向かってひとりのヨガ行者が結跏趺坐し、深い黙想にふけっているのを見た。近づいてよく見ると、彼が私の顔をしていることに気がついた。私は深いおそれのためにはっとして目覚め、考えた。『あー、彼が私について黙想している人間だ。彼は夢をみ、私は彼の夢なのだ。』彼が目覚めるとき、私は此の世に存在しなくなるのだと私には解っていた。

麻原教祖が「この世の中の意識の状態と、微細体の意識の状態では、微細体の意識の状態の方が鮮明になり、この世はもう眠っている状態になってくる」と説明し、「解脱すると、君たちはわからないだろうが、この世は夢だ。本当に夢を見ている状態だ」と語っているように、ユングもまた夢の中のヨガ行者とそれを見ている自分の意識との主客逆転を予感しています。

私がオウムと出会って間もない頃に見た印象的なヴィジョンがあります。

目を閉じてすわっていると、目の前に――いやそれは脳内にということなのだろうが――鬱蒼とした密林があらわれ、正面の豊かな枝ぶりの樹木の下に、同じように座法を組んで瞑想している褐色の男性行者の姿が見えた。彼の背後の木々の間には、鳥やシカやサルやトラといった、ジャングルに棲むさまざまな生き物がいて、穏やかな月夜に映しだされた湖面のように静かな瞳で私を見つめていた。
密林と行者と動物たちは、完全な調和のなかに織り込まれたあざやかなマンダラのようだった。

(オウムとクンダリニー「11.信じようが信じまいが」)

とても鮮明で印象的なヴィジョンでしたが、私の日常とはまったくかかわりがありません。なぜそんなものを見るのか私にはわかりませんでした。後に麻原教祖の微細体の解説を聞いたとき、私が見た結跏趺坐の男性修行者は微細体なのだとわかりました。ユングのヴィジョンでは真っ黒い石塊であらわれていた「根本無明」は、私のヴィジョンではさまざまな動物と暗い密林という少し異なるイメージであらわれていますが本質は同じものです。

麻原教祖の「微細体」についての解説はごく短いものですが、そこには体験のエッセンスが説かれています。教祖が『ユング自伝』を読んだ可能性はないでしょう。私も結跏趺坐する修行者のヴィジョンを見たとき、ユングの著作を一冊も読んでいませんでしたし、教祖の「微細体」についての説法も聞いていませんでした。別の三者が本質的に同じ体験を語っているということは、内的世界が存在し、そこで起こる神秘体験やヴィジョンには道すじがあるらしいということです。

このように弟子にとって麻原教祖は内的世界の案内人、解脱までの道すじを示してくれる「グル」でした。ただし、神秘体験は修行の進度をはかるためのひとつの目安であって、修行の目的ではありませんでした。麻原教祖も次のように述べています。

「私はいろんな神秘体験をした。今考えてみると、神秘体験というものは、まったく意味のないものだけどね。私にとっては」

「瞑想に熟達してくると、最後は相対的な世界から絶対的な世界に入る。一元の世界に入る。すべては止まっている。この世は動いているように見えて、本当は止まっているんだよ。その止まった世界に到達したときに、それまでの一切の自分の見たヴィジョンが、なんの意味もなさないことに気がつくだろう。それが智慧といわれているものだ」



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