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言葉は生きている

 高校の時、現代国語の先生が「言葉は生きているので変化もしていくし、新しい言葉も生まれてきます」と言っていました。その時は「ふ~ん(ハナクソほじほじ)」くらいにしか思わなかったのですが、なるほど新しい言葉や使い方は次々と生まれてきている、そんでもって次々と死んでいく。


 「ナウい」「だべる」「めんご、めんご」なんて言葉使ってましたよね~(遠い目)。コギャルという人たちが使っていた言葉にも、かなり驚きのものがありまして、「チョベリバ」の意味を初めて聞いたときにはびっくりしたものです。そういえば、5年ほど家族で渡米していた友達が日本に帰ってきたとき、何にびっくりしたかといったら、日本のケータイの小ささと、女子高生が何しゃべってるかわからんことだと言ってました。まあ、これもずいぶん昔の話ですが…。


 今も、日々生まれては死んでいく言葉ですが、若者言葉にはついていけませんので、あまり気にしないことにしています。やっと使い方を覚えたころには、もう死んでいる可能性もあるので。


 あと、以前はこんな使われ方していなかったという言葉もあります。
 「むかつく」は、胸が(吐き気で)むかむかするという意味で、腹が立つという意味では使っていなかったような気がしますが、あたしの思い込みでしょうか? 腹立つわー、という意味で「むかつく」を使ったのは、けっこうあたしが大人になってからのことだと思います。


 「超(ちょ~)」も、以前は「とても」という意味ではそんなに使われていなかったと思います。「ちょ~むかつく!」みたいに。ちなみに、その「ちょ~」なんですが、トルコに行ったときにトルコ人がしょっちゅう「ちょ~」と言うのなんだろ?と思ったら「チョク」でした。これ日本語の「とても」ぐらいの意味らしく、会話の中に「チョ~ク」が頻出してました。


 「ヤバイ」も気になる言葉ですね。以前は「まずい」とか「危ない」方向のことのみに使っていたと思うのですが、今は「エクセレント」方向のことにも使いますよね。グルメ番組の食レポみながら、亡くなった母がよく突っ込んでました。「ヤバイとジューシー以外で説明しろ!」って。料理が美味しかったらやっぱり「おいしい」と言ってほしいな、個人的には。


 それから、言葉を略すのはもう流行りとかじゃなくて、スタンダードになりつつありますよね。「キモイ」「タピる」「エモい」「おつ」「とりま」、了解を略して「り」なんてものありました。まあ、いいんです、TPOによって使い分けができるのであれば。以前、初めての人とメールでやり取りしていて、向こうからの返信に「なるはやとは存じますが、しばらくお時間いただきたく云々」とあり、違和感を覚えたことがあります。そこは「お急ぎとは存じますが」だろと。もはや「なるはや」はビジネス用語なのでしょうかね。


 20年くらい前なんですが、職場の先輩と後輩という感じの2人が居酒屋で飲んでいて、先輩が何か言うたびに後輩は「マジっすか」と言う。というか「マジっすか」しか言わない。「マジっすか!!」「マ~ジっすか!」「マジすか…」ってすべて「マジっすか」のバリエーションでした。あの子どうしているかな?

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