見出し画像

神在演宴よろず札

 ゆらゆらとまるで水の中で浮かんでいるような感覚。どこかに行かなきゃいけないのに、どこに行けばいいのか分からなくて。真っ暗な世界に不安が募っていく。もしかしたらぼくは、ずっとこのままここで独りなのかもしれない。そんな恐怖で涙が溢れそうになったとき。

「迷ったのかい?こっちへおいで。」

 やさしい声が耳元で響き、あたたかい光が遠くで灯る。なんとかそれを掴みたくて、手を限界まで伸ばしたら。
 ぱちっと音がして、そこで意識が途切れた。

     ✿

「かみさまー!」
「どうしたんだい?」
「おやつの用意ができたみたいです!縁側で食べていいそうですよ!」
「一緒に食べましょう!」
「あ、ずるい!それはあたしが言うつもりだったのに!」
「早いもの勝ちだよ!」
「こらこら。喧嘩しないで、みんなで一緒に食べよう。案内してくれるかい?」
「はい!」

 かみさまがお部屋から出てこられるのを待っていた子どもたちが、その姿を確認すると花を咲かせたような笑顔になり、一気ににぎやかになる。
 ここ、出雲大社には宮中に仕える近侍や侍女さん、それからぼくたちのような見習いが一緒に生活をしている。見習いは、かみさま--ぼくたちは親しみを持ってだいこくさまのことをかみさまと呼んでいる--の下で神社を任せてもらえるよう修業をしている子どもたちのことだ。修行といっても学校のようなもので、いろんなことをみんなが教えてくれる。かみさまが直々に教えを説いてくださることだってあるんだ。
 ぼくたちはみんな、優しくていつもにこにこ見守ってくださるかみさまのことが大好き。だからいつもかみさまの隣は争奪戦で、みんな平等になるように見習いの兄さまが順番を決めてくれているらしい。ぼくはここに来たのも最近だし、みんなのようにぐいぐいかみさまに近づくことができないから、兄さまたちの決め事には感謝してる。かみさまの隣はすっごく居心地がよくて、ほわほわするから。

「ねえ、ぼーっとしてるとおやつなくなっちゃうよ?」
「え、わ、もうこんなに減ってる…!」
「わたしのいっこ分けてあげる!」

 どちらかというとぼんやりしがちのぼくをいつも気にかけてくれるこの子は、ぼくより少し早めにここにたどり着いただけらしい。すごいなじんでいて、大先輩かと思ってたのに。しかも、話を聞いているとここに来た道がぼくと一緒なのだ。見習いの子どもたちは基本的に、生まれたときにかみさまに拾われた子が多い。だけどぼくやこの子はもともと人間だった。何があったかは覚えていないけれど、暗闇を彷徨っていたところをかみさまに拾っていただいた。
 みんなと出自が違うこともあって、なかなか中に入っていくことの出来ないぼくを、この子は自然と輪の中に入れてくれる。きらきらと輝いていて、憧れの存在だ。

「そういえば、もうすぐ神在月だね。」
「かみありづき…?」
「そうか、君たち二人は初めてだね。神在月の宴に参加するのは。」

 かみさまがぼくたちを見て、そう言う。かみありづきとは何だろう。宴と言っていたから、みんなでご飯を食べるのだろうか。

「神在月は全国からいろんな神社の神様がいらっしゃるんだよ。」
「一年に一度の神議りが行われるからね。その後みんなで宴を開くんだ。君たちも宴に参加するから、準備しなくちゃね。」
「見習いも一緒に来ていいことになってるから、友達ができるかもな。」

 兄さまたちが教えてくれる限りでも、すごい催事だということが分かる。しかもぼくたち以外の全国の見習いが集まるなんて!ぼくたち以外のみんなは特に驚いている様子もないし、毎年のことなんだろう。でも大丈夫かな。何をしたらいいのかわからないし、粗相したりしないかな。

「緊張しなくてもいい。いつも通りにしていなさい。」
「…はい!」

 かみさまの声で言葉でそう言っていただけると、なんだかじわじわと膨らんでいた不安がすっといなくなる。初めてのことばかりで戸惑うかもしれないけど、ぼくにできることをやろう。

ここから先は

7,359字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?