創作大賞2023【スターライト・ザ・ウサギ!】第五章・イラストストーリー部門
※コチラの作品は創作大賞2023・イラストストーリー部門の投稿作です。
初見の方は以下のリンクで一章からお読みください。
―本編―
第五章 VSジャパンナンバーズ
スポットライトが入場口に照射される。
七色の光に照らされて輝く黄金の髪は何時もよりなお煌びやかだ。仮想世界の東京ドームを埋め尽くす観客は大歓声で彼女を迎えた。
『ア・ル・カ!! ア・ル・カ!!』
『ア・ル・カ!! ア・ル・カ!!』
黄色い歓声は男女ともに溢れ、日輪アルカが起こす奇跡のバトルを今か今かと待ちわびている。
実況席の九官鳥も熱のこもった叫びをあげた。
『割れんばかりのアルカコール! 挑戦者にここまで声援が上がるのは珍しい!! しかし忘れてはならない!! 彼女が挑むのはジャパンナンバーズの№6!! 無敵の不沈艦・大五郎丸選手! 入場です!!』
壮大な入場曲が流れると同時に、ドームのライトが明滅する。
入場口に激しいプラズマが迸ると、その中から巨大な人影が現れた。
フルメタルに包まれた鋼鉄のサイボーグーー大五郎丸が威風堂々とリングに向かって歩いてくる。
アルカは観客席に笑顔を振りまきながら、対岸に立つ王者の姿を見た。
ジャパンナンバーズ……仮想世界を題材にしたフルダイブゲームプレイヤーの中でも、最も高い実力を誇る十人。
俗にナンバーズと呼ばれるプレイヤーだ。
彼らからナンバーを奪うには、一対一で、ナンバーズ側が指定したジャンルのゲームで勝利する必要がある。
挑戦者には不利なルールに思えるが、相手の土俵に立って勝利する実力と気概が無ければナンバーズになる資格はない。
現在のナンバーズは歴代最強とも呼ばれ、十人ともこの三年間で入れ替えは一度もない。その強さ故にランクマッチに挑む者も激減した。
常に挑戦者に飢えているからこそ、日輪アルカのようなルーキーでも申請が通ったのだろう。
『両選手、リングに上がります! 開始まで三分を切りました! 互いにコンディションを確かめ……おや?』
コーナーでアルカが最終確認をしていると、マイクを片手に持った大五郎丸がアルカの方へ歩み寄ってきた。
試合前にマイクパフォーマンスでもするのだろうか。
アルカが驚いていると、大五郎丸は渋い声で告げる。
「先ほどは、すまなかった」
「はい?」
「実況で偏った解説が行われた。さぞ不快だっただろう。この場を借りてお詫びしたい」
胸に手を当てて深々と頭を下げる大五郎丸。
これには当人であるアルカかも、双方のファンも、そして実況席の二人も驚嘆した。
あの解説は大五郎丸とは無関係で、なんの咎も無い。しかし彼は偏った解説をされたアルカを慮り、公然と謝罪することを選んだ。
王者とは思えない紳士的な対応に、アルカは口元を綻ばせる。
「お気遣いありがとうございます。話に聞く通り紳士なんですね」
「無論だ。〝ゲームはルールを守って紳士たれ〟が我が座右の銘。君のような勇気あるチャレンジャーには尚更そうあるべきだ。
最高の試合にして、共にGGGを楽しもうじゃないか」
サイボーグの鉄仮面が優しく微笑む。
昨今の公式試合には賞金や名声などが絡んでくるため、張り詰めた空気で臨む選手が多いが、何も競い合うだけがゲームではない。ゲームの本質はプレイヤーが楽しむことにある。
トッププレイヤーとして、その心を忘れずにいたいのだろう。
日輪アルカも、輝くような笑みで頷いた。
「勿論です。最高のゲームにしましょう!」
「ああ。よろしく頼む」
踵を返して去っていく大五郎丸。
実況席の二宮博士は顔を真っ赤にして憤慨していたが、観客席のファンは双方ともに大五郎丸を称えるコメントで溢れている。
セコンドの兎喜子も腕を組んでご満悦だ。
「これが公式試合のあるべき姿よね。やっぱりトップ選手は違うわ」
「打算抜きであの対応が出来るのも彼の強みだね。偏向実況でさっきまではファンが対立してたのに、今は彼を称える声で溢れてる。先生も含めてね」
「う……! で、でも、応援してるのはアルカだけだから!」
「わかってるわかってる」
アルカは笑顔で兎喜子をからかうが、会場の流れは大五郎丸に傾きつつある。これはいただけない。
ファンの声援は思いもよらぬ力をくれるものだ。
ただでさえ初めてのランクマッチ。少しでもアルカにプラスになる要素が欲しい。このまま会場の流れが大五郎丸に傾くというのならば……最も身近なファン代表として、望月兎喜子が声を張らねばならない!
「アルカ!! 私たちファンは、日輪アルカが勝つことを信じてます!!」
「OK! 必ず勝ってくる!!」
コーナーに背を向け、ゴングを待つ。同じようにリング中央へ向かう大五郎丸の表情には先ほどまでの紳士のオーラはない。
格ゲー界に君臨する英雄の気迫で、観客席が一斉に静まり返る。
誰もが息を呑む中――実況席の九官鳥が叫んだ。
『それでは、ランクマッチ№6!!
ゴッドファイターGGG・開戦です!!』
黄金の御髪が残像を生み、一直線に懐に飛び込む。
先に動いたのは日輪アルカ。俊足を誇るスーパークイックのバトルスタイルで距離を詰め、股下から蹴り上げる様に大五郎丸の腹部を狙う。
だがそれを読んでいた大五郎丸は悠然と完全防御した。
「ヌン!!」
「っ!?」
右腕で完全防御した大五郎丸が、左足でアルカに蹴りを入れる。
しかし大五郎丸が蹴り上げた時には、アルカは間合いの外まで飛び離れていた。一瞬の攻防だったが、不意を突いたアルカの攻撃を完全防御したことで、両者は互いの実力差を認識する。
そしてそれは実況席で不貞腐れている二宮博士も同様だった。
『フン。やはり大五郎丸のほうがプレイヤースキルは上だね』
『というと?』
『GGGで完全防御を成立させるには、コマンド入力してから僅か10フレーム……約0.04秒の受付時間でガードを成立させる必要がある。その僅かな時間しか成立しない完全防御を余裕でこなす大五郎丸と、安全圏に回避することしかできないアルカ。この差は長期的に見て大きな差だ。各種のゲージにも差が出る』
ゴッドファイターGGGには重要な三つのゲージが存在する。
HPゲージ、ガードゲージ、スペシャルゲージの三つだ。
生存能力を表すHPゲージがゼロになれば敗北。ガードゲージは防御した際にHPの代わりに消費するゲージだ。
ガードゲージが0になれば20秒間防御不可となる為、一方的に敵の攻撃から逃げ回ることになる。
それ故にGGGではガードゲージを消費せずに相手の攻撃を受け止められる完全防御をどれだけ決められるかがカギになってくる。
完全防御が成功すればガードゲージを消費せず、しかも一発逆転のスペシャルゲージを大きく貯めることが出来る。
『しかしまあ、完全防御しかさせなかったとも言える。真正面からの下段蹴りなんて完全反撃を決められてもおかしくない。アルカの身のこなしだけはプロ級と認めざるを得ないね』
『おおっと! 二宮博士も認めるアルカの疾風戦術! 警戒する両者は構えたまま睨み合う!』
間合いを大きく外した位置で機会を窺う二人。
ロングレンジの長距離攻撃があれば互いにミスを誘発するまで撃ち合うのだが、二人のスタイルは共に近距離だ。
ゴッドファイターGGGはプレイヤーのアバターに戦闘スタイル・基本技・スペシャル技を自由にセットすることで無限のオリジナリティを発揮する、フルダイブ格闘アクションゲーム。
アルカのスーパークイック系は回避・高速移動に特化したスタイルだが、防御力が著しく低い。軽いコンボでも入ればそれが致命傷になる。
対して大五郎丸はパワー&ディフェンス系。鈍足だが破壊力があり、完全防御が成立しやすく、ガードゲージを削岩機のように削るパワーがある。
同じ近距離型だが、プレイスタイルは正反対。
自分の戦術に上手く持ち込んだ方が勝利を手にするだろう。
両手を前に出しながら機会を窺う大五郎丸は、アルカの一挙手一投足を見落とさないようににじり寄る。
(さあどう来る!?)
もうすぐ大五郎丸の間合いだ。このまま無策のはずがない。
険しい顔で構えていたアルカは――ふっと笑みを浮かべて構えを解き、無造作に歩み寄り始めた。
『なっ……!?』
『嘘だろ正気か!?』
アルカの無謀な歩みにファンが悲鳴を上げる。あまりにも無防備過ぎて、大五郎丸は罠かと勘繰り、手を出すタイミングを外してしまった。
大五郎丸の間合いに土足で踏み込んだアルカは泰然としたまま突き進み、遂には両者が腕を伸ばすだけで触れられる距離にまで来る。
目の前まで来たアルカに、大五郎丸は静かに問う。
「……どういうつもりだ?」
「何度もシュミレーションしたんですけど……私と大五郎丸さんの戦いって、最終的には反応勝負になるんですよね。なら初めからこうした方がファンも見ごたえあると思いまして」
超至近距離で構えを作り、右手で挑発。
大五郎丸はアルカの意図を察して驚嘆した。
「まさか……私を相手に、正面からの乱打戦を挑むというのか!? スーパークイックで!?」
「ええ! そのまさかです!!」
俊足の右足が大五郎丸の横腹を襲う。しかし大五郎丸は前回と同じように完全防御で成功させ、即座に反撃の拳が襲う。
回避が間に合わないと判断するや否や、アルカも完全防御で対応。
僅か数舜で幾多の拳と拳が交わり、激しい乱打戦が始まった。
予想外の展開に実況席の九官鳥が熱いシャウトを飛ばす。
『乱打乱打乱打!! 一体誰が予想できたでしょう!? 激しい拳と拳のぶつかり合いだァ!!』
『馬鹿な!! スーパークイック系は他のスタイルより完全防御の受付時間が短いんだぞ!? 乱打戦を持ち掛けるにはリスクしかない!!』
実況が驚嘆する中、二人は更に加速して拳を交わし合う。
完全防御の応酬で激しく鬩ぎ合う二人。しかし二宮博士の言う通り天秤は完全に大五郎丸に向いている。
手数で勝るアルカだが、完全防御の成功率はおよそ八割。スーパークイックであることを考慮すれば驚異的な防御率だが、完全防御のタイミングに失敗して直撃ダメージを喰らい始めている。
対する大五郎丸はまだ一度も直撃を受けていない。
完全防御か、或いは通常防御でアルカの攻撃を防ぎきっている。
ガードゲージが砕かれることを恐れて完全防御に拘ることが如何に愚策かを彼は知っていた。
(ぬぅ……! このまま押し切るのは容易いが、勝ち目のない乱打戦を無策で挑む相手ではない!)
何か隠し玉がある。
そう察した大五郎丸は、アルカのスペシャルゲージがMAXに近いのを確認した。
(そうか!! スペシャルゲージの増加条件は、完全防御の成功時・攻撃した時・HPが減った時!! 無理やりな完全防御と被ダメージ、そしてコチラの防御を誘う手数の多さでスペシャルゲージを貯めている!!)
今のままスペシャルゲージが貯まれば、先にアルカがゲージMAXになる。
大五郎丸は今までのアルカの試合を全てチェックしてきたが、公式試合で彼女は一度もスペシャル技を披露せずに勝負してきた。
そういうスタイルなのかと思っていたが……それは間違いだった。
日輪アルカは大五郎丸に勝利するためだけに、今日まで切り札を隠し通してきたのだ。
(面白い! さあ、何が出てくる!?)
スペシャルゲージがMAXになったアルカが距離を取る。
互いに息が切れるほどの激しい乱打戦だったが、HPが減っているのはアルカだけ。HPゲージは残り四割まで削られている。
しかしゴッドファイターGGGのスペシャル技は、この程度の苦境を跳ねのける凶悪な性能を持っていた。
GGGのゲージ技は超強化or必殺技を可能にするゴッドファイターたちを、ゲージ消費数に応じて召喚し、一発逆転を狙えるというもの。
あまりにも強力なため、MAXの五本を貯めるには非常にテクニカルな試合展開が要求される。
アルカがゲージをMAXまで持っていったことで、二宮博士も苦々しい顔で奥歯を噛み締める。
『そういうことか……MAXゲージを使いこなせば、僅かに勝ち目はある』
『どの系統のゴッドファイターを召喚すると予想しますか!?』
『スーパークイック系なら打撃強化か、強力コンボの二択だね。相手の隙をついて上手く差し込めば一気に削れる』
そう、普通ならその二択。普通ならば。
しかしスーパーアイドル・日輪アルカは、常識を覆すという点においては日本のトップゲーマーたちを上回る。
(……行くよ、日輪アルカ。全てはこの瞬間の為に隠してきたんだ)
瞳を閉じ、大きく息を吐く。
全神経を研ぎ澄ませたアルカは、高らかに宣言した。
「――ゴッドファイター召喚!! 〝双子座・ジェミニ〟!!」
宣言と同時に、アルカのアバターが三人に増えた。
それは残像などではない。本体と全く同一の性能をもったアバターを完全再現するスペシャル技だ。
しかしその決断を、実況席の博士は豪快に笑い飛ばした。
『なんて愚かな!! 一番の愚策だ!!』
『どういうことですか博士!?』
『双子座のゴッドファイターは30秒間の完全分身! つまりプレイヤーは、一つの脳で三人のキャラクターを同時に扱う必要がある! フルダイブでだぞ!? 君は自分の身体を三倍にして全て同時に操れるかね!?』
『む、無理無理! 絶対自滅します!』
『そうだ!! 指先一つ動かすにも限界がある! GGGが誇る最強の技にして最悪の操作性能! それが双子座のゴッドファイター!! 格ゲーを齧った程度の小娘に使いこなせるはずが――!!』
刹那、三人のアルカが三方向に向かって駆けた。
一人は正面から大五郎丸を抑え、二人が死角に回り込む。このままでは包囲されると悟った大五郎丸だが、スーパークイック系のアルカが相手では逃れきれない。
強烈な危機感と共に、信じ難い衝動が大五郎丸を襲う。
(まさか……十六歳の少女が、本当に使いこなすのか!? GGG最強最悪の技を!?)
大五郎丸はこれから始まる悪夢の30秒を想像してゾッとする。
フルダイブは脳波でアバターを操作している為、使用感は肉体と同じものに近くなる。それを三体とも同時に、全て違う強弱の攻撃を繰り出すことが如何に難易度の高い絶技であるかは想像に容易い。そして猛攻に晒される大五郎丸が、地獄のような防衛戦を強いられることもだ。
三方向から囲うアルカたちが、息の合ったワルツの様に一斉攻撃を開始。
スーパークイック特有の残像も相まって、リング上には十人以上のアルカが同時に高速移動しているように見える。
実況席の博士はその場で飛び上がり顎が外れるほど愕然とし、観客たちは三人のアルカによる猛打に熱狂した。
『すげえ!! 世界大会以外で双子座を使いこなすプレイヤー見たことねえ!!』
『これがアルカだ!! ジェネラリストアイドルの日輪アルカだ!!』
『ここで削りきらないと後がないぞ!!』
乱打乱打乱打、息もつかせぬ乱打の嵐。
ガードゲージを消費しつつも堅実に守りを固める大五郎丸だが、とてもではないが防ぎきれない。完全防御も織り交ぜねばガードクラッシュされてしまう。
もしもガードゲージを使い切れば、三人のアルカに無防備なまま一方的に攻撃される。そうなれば立て直しは出来ない。
猛攻に晒されながら、大五郎丸が吼えた。
「うおおおおおおおおおお!!!」
『完全防御・完全防御・完全防御!! マジかよ信じられねえ!? 双子座を使いこなすアルカも凄いが、三方向からの一斉攻撃に完全防御を決めまくる大五郎丸も凄い!! 僅か0.04秒の奇跡を掴み続ける姿は正に不沈艦だ!!』
『あ、ああそうだ!! これが日本格ゲー界の英雄だ!! 十二年間も日の丸を背負い続けた男の姿だ!!』
熱狂に包まれた東京ドームの中心で今、脳を焼き焦がすような接戦が展開されている。刹那よりも尚速い攻防はどちらに天秤が傾いてもおかしくない。一瞬の気の緩みが勝敗を別つ。
如何に大五郎丸が圧倒的防御スキルを持っていようと、手数には限界がある。全てを防ぎきるのは不可能だ。
大五郎丸のガードゲージが残り僅かになり、HPゲージも二割を切った時。
アルカの分身が、光と共に消滅した。
(30秒!! 凌ぎ切ったぞ!!)
本体のアルカは空中にいる。落下まで2秒の高さ。
HPゲージとガードゲージが残り僅かな大五郎丸がまた乱打戦を挑まれれば、勝機は薄くなる。
ここで賭けるしかないと悟った大五郎丸は、MAXになっているスペシャルゲージを解放した。
「ゴッドファイター召喚!! 〝英雄ヘーラクレース〟!!」
敵の攻撃に怯まなくなるスーパーアーマ-を装着し、秒間240発もの拳を突進しながら放つ必殺技――ワン・コンボ・キルを可能とするヘーラクレースが召喚される。
鈍足のパワー&ディフェンス型に囚われないこの必殺技は、一直線上を時速250㎞で駆け抜ける。
攻撃で撃墜しようにもスーパーアーマーがあるので怯ませることが出来ず、防げばガードゲージが即時に粉砕される為、生き残るには横に回避するしかない。
しかし今のアルカは上空。回避方法はない。
セコンドの兎喜子は真っ蒼になって叫んだ。
「アルカ、避けて――!!」
だがもう遅い。ヘーラクレースの放つ拳の壁がアルカを襲う。
誰もが大五郎丸の勝利を確信した。
大五郎丸自身もそうだった。
東京ドーム内で諦めなかったのは、黄金の兎ただ一匹だけ。
身を翻しながらアルカが最後の蹴りを繰り出した瞬間――両者の映像が激しいノイズに襲われ、発光と共にはじけ飛んだ。
『な……なんだ!? どうなった!?』
『アルカはともかく、大五郎丸が吹き飛んだぞ!?』
『スーパーアーマーがあるのに!?』
観客席がどよめく。両者リングアウトでHPゲージが確認できない。
実況席の九官鳥が素早く動く。
『りょ、両者ノックアウト!! ノイズが走った瞬間をスローモーションで再生いたします!!』
東京ドームの上空にモニターが現れる。
跳躍していたアルカに、ヘーラクレースの拳の壁が迫るところから順に映し出され、観客席が息を呑む。
スーパーアーマーが発動しているヘーラクレースは、あらゆる攻撃で怯ませることが出来ない。跳躍した状態でヘーラクレースを発動された時点でアルカは詰んでいる。
秒間240発の拳の壁が直撃しそうになった瞬間――
アルカの跳躍蹴りで、完全反撃が発動した。
『無力化した!!』
『でも最初の一発だけじゃ無理だろ!?』
『いやまだ終わらん!! 見ろ!!』
それは、信じ難い光景だった。
超スローモーション映像で繰り出されるアルカの蹴りは一度だけではない。時速250㎞で迫る拳という拳に、全て蹴りを繰り出していく。
僅か一秒の間にぶつかり合う240発の拳と240発の蹴り。
合計480発の衝撃が走り、仮想世界にノイズを産んだのだ。
『嘘だろ!?』
『いくらなんでもおかしいだろ!?』
『人間の反応を超えてるぞ!!』
不正を疑って飛び交う怒号の声。
実況席も予想外の決着に唖然としていたが、二宮博士だけはすぐに我に返った。この会場内で唯一、カテゴリーマスターの二宮博士だけが、何が起きたのかを把握し、絶句していた。
『こ、これは……いや、そうか……! だから上空にいたのか……!!』
『二宮博士! これは一体どういうことですか!? 完全反撃の受付時間は1フレームの0.004秒!! 最初の一発だけなら兎も角、240発も成功させるなんて不可能だ!!』
『いいや成功例はある!! 恐らくアルカはヘーラクレースを召喚することを読み、最初の一発が反撃成功すると同時に、先行入力で240発全てに反撃するようにしたのだ!!』
それを聞いた兎喜子はハッと、前日のやり取りを思い出す。
〝先行入力か。ちょっと面白い戦略思いついちゃった〟
(そうかあの時に……!)
しかし格ゲーにおいて先行入力はリスクの方が高い。一度打ち込めばキャンセルが効かない諸刃の刃となるのが先行入力だ。
最初の一発で失敗すれば完全反撃のコマンドの連続使用は出来ず、隙だらけで相手の攻撃を受けることになる。
だが成功すれば、最短でコマンドを発動し続けることができる。
ヘーラクレースの連射速度が秒間240発――0.004秒で固定されているなら、その後等間隔で攻撃するように先行入力すれば、超高速の完全反撃が連続して発動するというわけだ。
『で、ですが、どうやってヘーラクレースの発動を読んだのですか!? 1フレームしか受け付けない完全反撃は技の先読みが出来ないと絶対に不可能ですよ!?』
『そうだ。だから彼女は空中にいたのだ! ヘーラクレースを自分が望んだタイミングで撃たせるために、双子座が解除された直後、隙だらけの空中にいたのだ!』
どう考えても不必要な跳躍。あの一手こそアルカ最大の罠だった。
手の内を隠蔽してきたアルカと違い、大五郎丸がへーラクレースをスペシャル技に固定しているのは有名な話。
無防備な空中にいるアルカに対し、必勝を確信した大五郎丸には、ヘーラクレースを発動する以外の決断は無かっただろう。
アルカにとってはまさにデッドオアアライブ。失敗していたら成す術もなく粉砕されていたであろう紙一重の奇跡。
東京ドームの観客も実況席も絶句する中、生き残った者だけがリングに戻る。
「……そこまで解説してくれるなら、勝者をコールしてくれてもいいんじゃない?」
リングの外から中心に向けて黄金の兎が跳ぶ。
僅かなHPを残した彼女は傷だらけのまま笑い、腰に手を当てた。
もはや疑う余地はない。
九官鳥は全身を震わせながら、劇的な勝利を遂げた挑戦者の名を高らかに叫ぶ。
『ああ、そうだ……!! 全員よく聞きやがれ!!
ジャパンナンバーズを遂に! 遂に陥落させた挑戦者が現れた!!
彼女の名は日輪アルカ!!
勝者は太陽の子・日輪アルカだァ!!』
東京ドームを揺らす大歓声が上がる。
集ったファンの声がドームを揺らすほどの力を持つのだと、中心に立つアルカはその身をもって実感した。
セコンドでずっとアルカに声援を送っていた兎喜子も大泣きしながらアルカに跳びかかった。
「おめでとうアルカーーーーー!!!」
「あはは、ありがと先生」
「駄目かと思った!! 何回も何回も駄目かと思った!!」
「はは~ん、さては信じてなかったな?」
「そ、そんなことないわ! 日輪アルカは負けないって信じてたもの!」
「いい子だ。ファンにはアルカを信じていて欲しいからね」
跳びかかって来た兎喜子を抱き留めたアルカは、オンボロの着ぐるみを抱きしめたまま何度もリングの上でクルクルと回る。
万雷の喝采がアルカを讃える中、彼女以上にボロボロになった大五郎丸がリングに戻って来た。
罅の入った鉄仮面に優しい微笑みを浮かべる大五郎丸は、肩の荷が下りたかのように頷く。
「私からも賛辞を贈らせてほしい。おめでとう、アルカ君。君が今日から№6だ」
「光栄です。ナンバーズ歴十二年でしたっけ? 長い在位でしたね」
「あっはっは! 全くだ! これでようやく引退できるよ!」
十二年という月日は決して軽くない。格ゲーを愛した多くの少年少女が彼の背中を見て育ち、そして目標にし続けた。少年から大人になってからも、多くのプレイヤーが大五郎丸に夢を見続けた。
先頭で格ゲー界を引っ張って来た鋼鉄の戦士の日々が遂に終わる。
敗北してもその姿は誇らしく、そして清々しかった。
「……思い返せば、一から十まで君の手の平の上だった。乱打戦も、双子座も、ヘーラクレースも、全て君が仕掛けた罠。まるで理路整然とした一本のストーリーのように無駄のない戦いだった。さぞ多くの研鑽を積んだのだろう」
「え~そんなことないですよ~? だって私……」
一瞬の間。
実況席は次の言葉を予想して憤慨し、ファンは誰もが待ち望んでいた一言を待つ。
そう――誰もが愛するジェネラリストアイドル・日輪アルカは!
「私……努力してませんので♪」
『そんなわけアルカァァァァァァァァ!!!』
実況席もファンもアンチも巻き込んでの大合唱。
奇しくも彼女の宣言通り、全てを巻き込んでこそのトップアイドルだと証明したのだ。
「さあ、次はウイニングライブだ! 大五郎丸さんも視ていってくれますよね!?」
「はは、勿論だ。関係者席から楽しませて貰うよ」
リングが消滅し、ゴッドファイターGGGからログアウトするアルカと大五郎丸。
勝利の歌声を届けるためのセッティングが進み、三十分後にはウイニングライブが開催される。兎喜子も舞台設置やアルカのサポートで大わらわとなるのだった。
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