極東英雄奇譚 第三話
誠志郎と、深紅のショートジャケットに着替えたヤスは、上野恩賜公園の入り口にまで来ていた。
桜は芽が息吹き葉桜へと姿を変え、入口の看板には、上野春季例大祭という看板が出ている。
モノローグ:上野春季例大祭――日本中から神の分霊を召喚し、ヒーローや企業が神と契約をする例大祭。地方の忘れ去られた神も、気まぐれに召喚に応ずる貴重な祭:モノローグ終
遠目から見ても溢れ出るほどの神気が、上野恩賜公園から立ち昇っている。余りの神気に、誠志郎は思わずたじろいだ。
誠志郎「す、凄い神気だ…!」
ヤス「八百万とはいかねえが」「有名無名を問わずに神様が集う祭りだからな」
入口を通る二人。
すれ違う人々は観光の者も多いが、明らかに場違いな正装の者もいる。
誠志郎「ヒーロー以外にも」「背広姿の奴も多いな」
ヤス「神の勧請に力を入れる業者は多い」「ビルの前に狐の像が立ってたりするのは」「宇迦之御魂神に商売繁盛を祈願してのことなんだぜ」
誠志郎「へえー!」「日本って本当に神様との距離が近いんだな!」
上野恩賜公園の大通りには、これでもかというほど神の社が並び、その合間を縫うように屋台が並べられている。神の社と屋台を初めて見る誠志郎は、左右を何度も走り回っている。さながらはしゃぐ子犬のようだ。
ヤスはカップ酒の蓋を開いて葉桜を鑑賞しつつ、上野春季例大祭の歴史を語る。
ヤス「五年前まで、この国は内乱があってな」「東京はその時に戦火に包まれたんだ」
誠志郎「そ、そうなのか!? そんな傷跡は全然ないぞ!?」
まだ東京の半分も見ていない誠志郎だが、最新のメガシティとして栄える東京の姿しか彼は目にしていない。
ヤスは自慢げに笑いながら両手を広げる。
ヤス「だろ?」「戦火で被害を受けたこの街を救うために」「日本中の神様とヒーローが力を合わせた」「その名残が上野春季例大祭さ」
語られる歴史に、誠志郎は胸が熱くなるのを感じた。
モノローグ(誠志郎):悪と戦うだけがヒーローじゃない。焼け落ちた街を救い、再建し、営みを取り戻す。これもヒーローの戦いなんだ!:モノローグ終
誠志郎「そっか…!」「日本の神様とヒーローは凄いな!」
ヤス「おうよ」「ここで相性のいい神様を探せば」「今後のヒーロー活動も優位に――」
その時…ピピピと、ヤスの仕事用スマホが鳴る。
ヤス「っと、悪い」「仕事の連絡だ」
背中を向け、仕事用スマホに出る。
すると絶叫に近い声が響いた。
仕事仲間『ヤス!』『大変だ!』
ヤス「どうした急に?」
仕事仲間『奴らの犯行宣言があった!』『しかも最悪の場所だ!』
ヤス「最悪の場所? ――まさか!?」
仕事仲間『そうだ!』『上野恩賜公園だ!!』
その瞬間、上野恩賜公園の遠方で爆発が起きた。
轟く悲鳴。立ち昇る黒煙。
そして――膨れ上がる瘴気。
ヤスはその瘴気を見た途端、激怒したように叫ぶ。
ヤス「あの瘴気…! 奴らまさか」「禍津日神の社を爆破したのか!?」
次の瞬間、上野を局地地震が襲った。
震度6強の大地震に襲われ、誠志郎は立っていられず、その場にしゃがみ込んで叫ぶ。
誠志郎「な、何が起きた!?」
ヤス「テロだ!」「よりにもよって災厄の神を爆破しやがった!!」
長く続く大地震により、上野恩賜公園前の交差点で、新設中のビルが二つ、轟音を立てて倒壊した。
巻き込まれた車や歩行者は阿鼻叫喚を上げて逃げ迷う。
地震が止むと、二人は視線を合わせて頷く。
ヤス「神の沈静化はプロに任せる!」「救助に行くぞ!」
誠志郎「わかった!」
交差点を目指して走り出す二人。
公園を飛び出した二人の眼に飛び込んできたのは、さながら地獄のような光景だった。
ビルの瓦礫に埋もれる者。
追突して炎上する車たち。
破片で負傷した者は両手で足らない。
あまりの惨事に、誠志郎は言葉をなくしてしまった。
誰から救えばいいのかわからなかった。
誠志郎「な…なんだよこれ…!?」
ヤス「ボケっとすんな!」「まずは動けない負傷者の避難だ!」
誠志郎「りょ、了解!」
避難に乗り出す二人。
動けないほどの重症を負った負傷者を、公園の入り口に敷かれたブルーシートへと運び出していく。
幸いなことに、祭に足を運んでいたヒーローが多く、瓦礫の下に埋まった車の救出や負傷者の避難はすぐに終わった。
誠志郎は腹部に鉄棒の刺さった妖狐の女性の手を握りながら、力強く励ます。
誠志郎「大丈夫!」「すぐに助けが来る!」
妖狐「はあ、はあ…!」
息が荒い。鉄棒を抜けば出血死の恐れがある。半端に動かすこともできない。今の誠志郎に出来るのは、意識を失わないように語りかけるだけだ。
誠志郎(くそ…!)(誰がこんなことを!?)
焦りと共に、怒りが臓腑から込み上げてくる。
誰もが楽しむ祭りを狙ったテロ行為なんて、最低最悪の悪行だ。今すぐにでも犯人共に怒れる拳を叩きつけてやりたかった。
そんな中、救急車がようやく到着した。
誠志郎「やった! 間に合った!」
救命士が担架を持って走る。
誠志郎が喜んで顔を上げたその時――
救命士は、妖狐の重傷者を素通りしていった。
誠志郎「…え?」
誠志郎は何が起きたかわらからず絶句。
振り返ると、救命士は人間の重傷者を担架に運んでいた。
誠志郎「ちょ――ちょっと待てよ!!」
混乱した誠志郎は、そんな場合ではないと知りながら、救命士に向かって叫んだ。救命士は訝しげな顔で短く問う。
救命士「…なんだね?」
誠志郎「その人が重傷なのもわかる!」「で、でも」「この女性だって重症だったじゃないか!!」
人間の重傷者は頭から血を流している。恐らく瓦礫にぶつかったのだろう。だが腹部を貫通している妖狐の女性の方も同じく重症のはずだ。
救命士は妖狐の女性を一瞥し、短く告げる。
救命士「その女性は、妖精だ」「だから後だ」
誠志郎「は…はあ!?」
今度こそ誠志郎の怒りは爆発した。
救命士の胸倉を掴んで叫ぶ。
誠志郎「ふざけんな!!」「ちゃんとした理由を言え!!」
救命士「ふざけているのは君だ!」「人間の方が脆弱で!」「人間の方が死に近い!」「国の法律でも人間を優先すべしと書かれている!」
法で記されている――その言葉に、誠志郎は愕然とした。
モノローグ:…なんだ、ソレは。この国の法律は、命の優先度まで決めているのか? 人の命は重く…妖精の命は軽いとでもいうのか?:モノローグ終
誠志郎は言葉にならず、拳を握りしめる。
走ってくる救命士は次々と、妖精の重傷者を素通りし、人間を救い出す。
そんな誠志郎の耳に、消えそうな妖狐の女性の声が聞こえた。
――……助けて、と。
誠志郎「そ…そんなの、絶対間違ってる!!!」
救命士「っ…!! どけ!」「素人ヒーロー!!」
誠志郎を押しのけて担架を運ぶ救命士たち。これ以上邪魔すれば、人間の重傷者まで手遅れになるかもしれない。その分別が付かないほど誠志郎も子供ではない。
…やり切れなかった。
こんなことで命を落とすかもしれない妖狐の女性を思うと、身を裂かれる思いだった。
誠志郎「だったら…だったら、誰が彼女たちを救うんだよ!!!」
ヤス「甘えんな」「んなもん、俺たちが救うに決まってんだろ!」
背後からの声にハッと驚く誠志郎。そして思い出す。
今の自分は、既にヒーローなのだ。弱音を吐いて終わりなど許されない。
ヤスはスマホを片手に、今までになく真剣な瞳で問う。
ヤス「簡潔に答えろ」「お前の鋼は」「何人まで包み込める?」
誠志郎「に、二十人くらいなら余裕だ!」
ヤス「よし!」「妖精の重傷者は集めてある!」「俺たち含めて全員包み込め!」
わけが分からなかったが、ヤスの言葉には有無を言わさない圧があった。
重傷者たちの中心に移動した誠志郎は、妖精の重傷者十五名を鋼で包み込む。
誠志郎「はあ!!」
ヤス「よし!」「そのまま固定しろ!」
誠志郎「りょ、了解!」
ヤスは両手を合わせ、神の祝詞を口にする。
ヤス「掛けまくも畏き 建御名方神に 畏み畏みも申す!!」
顕現する建御名方神。
ヤスは己の全霊威を込めて叫ぶ。
ヤス「神風よ! 吹けええええええ!!」
巨大な鉄塊となった誠志郎の鋼が宙に浮き、凄まじい速度で飛翔する。
空高く飛び上がった鉄塊は、遥か彼方にある妖精専門の病院にまで奔る。
屋上付近まで来ると、ふわり、と減速し、誰も傷つかないまま着地。
到着を待っていた医者たちが一斉に担架を持ってくる。
医者「待っていたぞヤス!」
看護師1「重傷者から順に運んで!」
看護師2「大丈夫! 助けます! 助けますよ!!」
看護師3「安心して!」
次々と運び出されていく重傷者。
誠志郎はその様子を呆然と見ている。
全霊威を使い切ったヤスは肩で息をしながら、その頭をくしゃくしゃと撫でる。
ヤス「お疲れさん」「お手柄だな」
誠志郎「…救ったのはヤスだ」
ヤス「馬鹿」「お前のサポートがなきゃ万全にはいかなかったよ」
誠志郎がいなければ、猛スピードで移動している患者を風圧から護る者がいなかった。前回とは違い、二人の功績と言えるだろう。
だが誠志郎の心は、先ほどの救命士の言葉が焼き付いて離れなかった。
救命士『国の法律でも人間を優先すべしと――!』
誠志郎「そうかよ…だったら、それと戦ってやるよ…!」
ユラリと立ち上がり、壊れそうなほど強く、拳を握る。
何と戦うヒーローとなるのか。
何を救うヒーローとなるのか。
今ここに、一人の少年が誓いを立てる。
誠志郎「ヤス」
ヤス「ん?」
誠志郎「俺、ワールドヒーローになる」
ヤス「!?」
誠志郎「そして請願権で…この国の主神に願ってくる!」「人間と妖精が、平等に生きられる国を!!」