見出し画像

僕なりのエコロジカルアプローチ(後編)

お久しぶりじゃないです。あっつベルです。前回に引き続きエコロジカルアプローチの解釈をお話していきます。
今回は実際のトレーニングの理論と細かい用語を解説していきます。それではよろしくお願いします。

制約主導型トレーニングと探索的学習

さて、後半の頭は具体的なチームへのアプローチについてです。前半の終わりでは制約主導型トレーニングについて言及しました。
制約主導型アプローチ(Constraints-led-approach/CLA)はもともとエコロジカルとは別分野で発展したトレーニング方法です。乳幼児の発達過程モデルを基にしたこの理論は、研究されるとともにエコロジカルアプローチと統合されていき、現在ではエコロジカルアプローチを実践するトレーニング方法のひとつとされています。

ここでは、あえてCLAとエコロジカルについて同一と言わずに回りくどい言い方をしました。
CLAはエコロジカルアプローチを表現する手段のひとつではありますが、それ以外の理論に沿ってもCLAを運用することはできます。トゥヘルの率いるチェルシーなどが典型例で、CLAを用いてトレーニングしていながらもエコロジカルではなく明確なゲームモデルを感じさせます。
行っているアプローチは一緒ですが、トレーニング作成の背景が異なるためここでは区別します。

主にピッチサイズやルールなどのタスクに制約を与えることで、選手たちに自ら最適解を探すよう働きかけることがCLAの基本理論です。このような練習を「探索的学習」と言います。

前半で説明した戦ピリと構造化のトレーニングは「言語型学習」または「表象的アプローチ」と呼ばれます。言語型学習はコーチが教えるトレーニングとも形容することができ、指導者の求める正解を選手は目指します。

戦ピリおよび構造化でのトレーニングは指導者が設定した目的を達成するための学習を求める一方で、探索的学習では選手自身が自ら解答を模索することが大きな違いです。
そのため指導者は多くコーチングをせず自己解決を待つ必要があります。また、選手が求めていたものと違う行動をとってもそこでフリーズしたりコーチングするのではなく、それが彼らの最適解であると判断することも必要になります。

プレゼンテーション3_page-0001

指導者がタスクなどの制約を操作することで、選手の最適解を自分の求める正解に近づけられるかがCLAでは肝になります。制約を操作して求める機能的なアクションを引き出すことこそ本質なのです。
制約を変えることでトレーニングとしては違うオーガナイズにしつつ、選手の自己組織化を促す「繰り返しのない繰り返し」をいかに行うかが指導者として求められる技術になります。

ここで選手たちが自己解決をするための探索/学習におけるキーワードが「アフォーダンス」と「スキル適応」です。

アフォーダンス

エコロジカルアプローチについて学び始めた時、おそらく最初にぶつかるキーワードであり分かりづらい概念がこの「アフォーダンス」だと思います。

アフォーダンスの定義は「『社会物質的環境の側面』と『生活の形態』の間の関係」です。このままでは何もわからないと思います。私もです。
アフォーダンスについてよく使われる説明は『行動の機会』であり『物事の意味や価値』です。

画像2

例を挙げるとドアの取っ手は形によって引くのか押すのか、ノブを下げるのか回すのかが分かりやすくなっていますよね。ドアノブは「ドアを動かすための行動の機会」であり、「ドアノブの持つ『ドアを動かす』という意味」を表しています。
例に挙げたようにアフォーダンスは世界にあふれています。しかし意識したことはないですよね?この先の文章を読めば生活の中でも見つけられるようになるかもしれません。

そんなアフォーダンスにはいくつかの特徴があります。代表的な特徴を具体例も交えつつお話していきます。

まず一番の特徴として、アフォーダンスはあくまで行動の機会であり利用するかどうかは選択することが出来ます。
ex) 相手チームが3-4-3でハイプレスを仕掛けてくるとき、背後には大きなスペースがあります。この状況は「ロングボールで背後に攻撃できる機会」というアフォーダンスを提供しています。しかし、チームによっては後ろから丁寧に繋いで攻撃しようとすることもあると思います(それが有効であるか/機能的であるかは問わず)。これこそがアフォーダンスを利用するかどうかの選択になります。

ふたつめに、アフォーダンスは(利用するかに関係なく)意図なしには認知されません。
ex) 公園で友達とサッカーをすることになりました。ゴールがあって広いスペースのある運動場ではなく、小さな公園です。こういった場合にどのようにゴールを設定しますか?端に並ぶ植木や柱を使って決めるかもしれません。もしかしたら遊具をゴールにすることもあると思います。
このような柱や遊具はただそこに存在しているだけで、「サッカーをしよう」として「ゴールを探す」ことがなければこのアフォーダンスを認知することはないでしょう。

アフォーダンスを認知し、利用するかは個人が選択できます。同様に、アフォーダンスとどのように関わり、利用するかも人それぞれです。
ex) 試合中、相手2ライン間が空いていてそこでボールを受けて前を向けました。この時、チャビだったらスルーパスを選択するでしょう。一方でメッシだったらドリブルを選択するかもしれません。ランパードならパンチのあるミドルシュートを撃ちそうだな、とも思えます。このように選手によってアフォーダンスとどのように関わるかは変化するのです。

最後に、状況によって複数のアフォーダンスが同時に存在することがよくあります。その中でどのアフォーダンスを選ぶかの優先順位はコンテキストによって変化します。
ex) 試合終盤、自分がピッチ中央付近でボールを受けました。この時まわりにはたくさんのアフォーダンスが存在しています。もし1-0で勝っているとしたら、攻めた選択肢より失点のリスクの低い選択肢を選ぶと思います。逆に0-1で負けていたら多少のリスクを負ってでもゴールに近い、得点の可能性の高いアフォーダンスを選ぶことになるでしょう。こういった試合の中のコンテキストによってどのアフォーダンスがより優先されるかは変化します。

アフォーダンスは他にも大小さまざまな特徴を持っています。参考文献の中にもアフォーダンスを主に研究した文章もあるのでぜひ読んでみてください。

スキル適応

エコロジカルアプローチ、および制約主導型アプローチは選手に「スキル適応」を引き起こします。スキルについては前回も触れましたが、もう一度おさらいします。

上で紹介した「スキル」とは、単に技術や足技を指すのではないです。
ここでは『再現可能な運動記憶の獲得』と定義される、運動における問題を「器用に」解決する能力を指して使われます。

もう少しスキルについて深堀ります。スキルには「学習・経験・成長・発達」の4つが関わっているとされています。学習し経験し成長し発達することでその状況で周囲と相互に作用して最適なアクションを行える、言い換えれば最適なアフォーダンスを最適な形で選択できる能力を指して「スキル」と呼びます。
そして今自分の置かれている状況を認識し、周囲の変数がどうなっているかを理解すること。そこから目の前に提示されているアフォーダンスを認知し、その中で最適なものを選び取ること。それをどんな状況でも行うことが出来る状態が「スキル適応」であると私は解釈しました。

スキル適応はまた、「情報と行動のカップリング形成」とも解釈されます。周囲の情報を認知し、それを自己の行動と結びつけることが出来た状態を指します。
原義にはより近いと思う一方で、大事なのはカップリングを作る部分よりも得たカップリングを基に試合中の未知の状況にも対処できることであると私は考えたので、あえて上のような表現を使いました。

このスキル適応を引き起こすためにタスクの変数を操作し、様々な状況を体験させることで選手自身に考え、探索させることがCLAの目的となります。

難しい概念なので整理します。前編で説明したアクションの要素(=自己+周囲)を認識し、最適なアクションを起こす能力が「スキル」であり、それを未知の状況でも起こすことが出来る状態を「スキル適応」と解釈しました。

制約主導型アプローチのまとめ

制約主導型アプローチでは、アクションの要素である周囲の変数に対して制約を与えます。その目的は選手を取り巻く周囲における情報を減らしたり特定の情報に注意を向けさせることで、アフォーダンスを認知させやすくすることにあります。
アフォーダンスを知覚することで選手は行動を起こし、それは選手自身にフィードバックを与えます。それを様々なアプローチで繰り返すことで選手は次第に最適なアフォーダンスを最適な形で利用する方法を学びます。こうしてスキル適応がなされ、その積み重ねがどんな状況でも対処できる「自己組織化」の行えた選手を作るのです。

そうした選手が集まることで、各々の選手としての特性や相手との兼ね合いなどの情報を適切に認知し、試合の中で変化しながら最適化していくことで全方位型ともいえるチームが成長していきます。
ここで大事なのは、あくまでアプローチする(一番の)対象は生態系であり、個人に合わせて変化しつつも、特定の選手に依存したり個々人に過度にフォーカスすると本質を見失う可能性があるということです。

スティーブン・エンゾンジがエンゴロ・カンテに代わって入った時、エンゾンジがカンテの役割の代わりを果たすのではなく、エンゾンジがいるバージョンのダイナミクス、チームの生態系が自然とできていった。
―「エコロジカル・トレーニング」ムバッペたちを磨き上げた新理論

ここに書かれていることこそがエコロジカルアプローチの本質であると思います。誰かが抜けて他の誰かが入っても、その11人でそれぞれが相互に作用しあってその生態系を作り上げることが出来たら、それはエコロジカルアプローチでのチーム作りの完成系といえるのではないでしょうか。

終わりに

超大作もいよいよ終わりを迎えました。ここまで読んでいただきありがとうございます。そして本当にお疲れさまでした

難しい用語も多く、私も自分の中で整理しながら書いていたこともあり全体的に文章が散らかってしまいました。なるべくまとめたつもりではいるのですが、読みづらかったら申し訳ないです。
まだまだここに書いていない情報や知識もあるので、質問なども含めてぜひtwitterなどで連絡してください。泣いて喜びます。

次回になるかは分かりませんが、CLAにおけるより具体的なトレーニングの理論と実際に行ってみた結果などについてもまたまとめようと思っていますので気長にお待ちください。

では今回の記事はここまで。またお会いしましょう。それでは。

参考文献

参考文献は前編の末尾に付してあるので省略とさせていただきます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?