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アシナガさんが呼んでる

 目的地まであと数十メートルという所まで来て、先輩は俺を放り出してどこかへ行ってしまった。
「あの黄土色の屋根の家だ。周囲を良く見ておけ」
【害虫駆除】としか教えられていないのに特殊道具のひとつも持たずにここまで連れて来た挙句、初出勤にして初案件の新人をポイだ。

 閑静な住宅地のど真ん中に溶け込むように建っている黄土色の屋根の一軒家。
 ぐるりと一周しても「巣」らしきものは見当たらないし、駆除してほしいと依頼するほど虫が飛び回っている様子も見られない。
 まさか屋内?ならば先に中を見せてもらわないと。ちょっとくらい先走っても「やる気のある新人」として見てくれるだろう、きっと。

 インターホンから聞こえてきたのは温和そうな男性の声。
「どちら様ですか」
「本日お伺いする予定だった害虫駆除業者の者ですが」
「害虫駆除?」
 少し戸惑ったように語尾に疑問符を浮かべたが、すぐに玄関のロックがガチャリと外れた音がした。

 顔を出したのは声通りの印象の青年だった。俺より少し年上くらいだろうか、モデルみたいなスタイルだ。
「おや」青年は俺を見て目を細める。「いつもの方じゃないんですね」
「もう一人後から合流しますが、自分だけ先に中の様子を拝見させて頂こうと……」
 そう言いながら背の高い青年の肩向こうに続く廊下を覗き見ようとしたところで、

「伏せろ!!」

 後ろから飛んできた先輩の叫び声に反応できるはずもなく、固まった俺の左肩に物凄い衝撃がぶち当たった。力が加えられるまま体が右に吹っ飛ぶ。
 生垣に突っ込んだ俺の体は、どうにか大事には至らなかったらしい。
「敵の【巣】に単身乗り込んで行くとは大した度胸だな新人!」
「は……?敵……?」
 ゲホ、と咳払いをしてから声の方を見やる。
 先輩は物騒にも大量のスプレー缶をセットしたランチャーみたいな武器を担いでいて、対する青年は長い脚を……

「今日こそ仕留めてやる、【ミスター・アシナガ】」

 ──あの脚長すぎない?

【続く】

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