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夕焼け食堂車

 いつもよりやけに夕焼けが赤く感じる帰り道、思いがけず目の前に【天使の梯子停留所】が現れた。数年ぶりだ。
 雲の切れ間から滑り降りてきたのは真っ黒な蒸気機関車。真正面にオレンジ色のエンブレムが存在感を主張している。
 空を駆ける蒸気機関車は、この街に伝わる都市伝説のひとつだ。
 名を、【夕焼け食堂車】という。

 車掌に案内され車両中央の見晴らしの良い席につくと、シェフが待ってましたと言わんばかりに意気揚々と挨拶をしに来た。
「よォこそお客様!」静かな食堂車にシェフの豪快な声が響く。「今日のアナタは非常に幸運、なにせこれから珍しい食材が手に入るのですから!」
 思わず聞き返す。「これから?」
「これから!なにせ当食堂のメニューは新鮮さが命ですから!」

 途端、ガタガタと車両が揺れ出した。まるで乱気流に乗った飛行機だ。体勢を崩し、思わず椅子の手すりを掴む。シェフは仁王立ちのまま笑っていたが、そのでっぷりとした腹が上下に揺れていた。

【当列車は只今より暴風域に入りました。ご乗車のお客様は、シートベルトをしっかりとお締めになり……】

 何事かと窓の外を見ると、先程まで綺麗な夕焼けが広がっていた空は重々しい雲が渦巻く様相に様変わりしていた。車掌のアナウンスで、台風到来のニュースが繰り返し報道されていたことをようやく思い出す。
「来ましたぞお客様!」
 風に煽られる車両に動揺するどころか生き生きとしだしたシェフは腕まくりをして、もはや景色どころではない窓の向こうに獲物を捕らえたかのごとく視線を据えた。
「車掌、アレをここへ!」
 目線をそのままにシェフが差し出した右手の上へ、音も立てずに現れた車掌が無言で乗せたのは「投げ縄」だった。

「本日のメインディッシュは、牛フィレ肉の夕焼けワイン煮込み、ハーブ添えに決定ですぞ!」

 窓枠に切り取られた風景の中に、見覚えのある洋画の一場面。
 竜巻にとらえられた牛が視界を横切っていく。

【続く】

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