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Study86_1.旨味を最大限に引き出した「ひらきなめこ」の唐揚げをつくるには?(下調べ編)

今回のテーマは「ひらきなめこ」です。大きくカサが開いているから「ひらきなめこ」。よく100円ほどで売っているなめこと比べると、こんなにサイズが違います。

左:100円なめこ、右:ひらきなめこ

今回はこの大きなひらきなめこを「おいしい唐揚げにする!」ことが最終目標です。

サイズが大きいので食感も違ってきそうですが、実際のところ何か違うのでしょうか?今日も実験に取り掛かる前に、元々紹介されている情報をもとに個性を掘り下げていきましょう。

この記事は、《自然にやさしく 環境負荷の小さい農業の普及を目指し、野菜セットの定期宅配をはじめとした様々な取り組みを行う会社「坂ノ途中》が取り扱う野菜から1つをピックアップし「一番おいしい食べ方」を探究していく記事です。野菜Laboの田野実も4年ほど前に一度畑にお邪魔したことがあり、野菜のおいしさ、畑の気持ちよさ、そこで働く方々の想いや姿に触れて、坂ノ途中を応援することで「この世界が気持ち良いものに近づきそうだぞ」という気持ちをずっと持っていました。坂ノ途中が取り扱う野菜の「おいしさの本質」が多くの人に届いていけばいいなと願っています。

ひらきなめこの特徴って?

まずは坂ノ途中さんでも言われている「ひらきなめこ」の特徴を、栽培方法とひらきなめこ自体の特徴に分けて整理していきましょう。

栽培方法の特徴
1. 自然の力を取り入れる(窓を開けて空気を入れるなど、厳密な温湿度管理をしない)
2. 水やり少なめ
3. 与えられる栄養も少なめ
  ▶︎結果 ゆっくりと時間をかけて育つ

ひらきなめこ自体の特徴
1. サイズが大きい(傘・茎共に大きい)
2. 旨味が強い

坂ノ途中 ひらきなめこ紹介ページなどから抜粋

ひらきなめこは、ゆっくり大きく育ったなめこ

ひらきなめこの栽培方法の特徴は、一度栽培に使われた「菌床」を再利用して育っているということ。菌床の中の栄養は減っているので生えるなめこの量は減り、育つ速度も遅くなる。でも逆に言うと、大きく育てられる空間の余裕もあるし、じっくり時間をかけて育てられるということでもある。それがどんなふうにおいしさに繋がっているのか?が気になるところです。

浮かんできた疑問を整理する

じっくりゆっくりなめこ自身の力で育ってきて、旨味があっておいしいよ〜*というのは分かってきたのですが、疑問も残ります。

大きく育って、傘が開くといいことってあるの?(おいしさの観点で)
・傘が開いてしまったら、肉薄な食感にならないの?
・洗うと旨味も流れてしまうって本当?※坂ノ途中 ひらきなめこ紹介ページより

この辺の疑問を念頭に、調べを進めていきます。

まずは文献調査から

ジャンボなめこ 大きく育てた風味の濃いなめこ。滑りが少なく軸の歯応えが楽しめる。

白鳥早奈英,板木利隆(監) (2011).もっとからだにおいしい野菜の便利帳出版社 高橋書店

「ジャンボなめこ」として紹介された大きななめこの記述を発見。風味が強く、滑りが少なく、軸の歯応えが楽しめるとのこと。ひらきなめこも、同じような特徴を持っている可能性があり、期待が高まります!

大きい、且つ傘の開いたキノコは風味が強い

生キノコに特有のにおいは,主にオクテノール …… によるものである. …… オクテノールはひだの部分で一番多く作られるので,かさの開いていない未熟なキノコはひだの大きな成熟キノコより風味が弱い.

Harold McGee(2008).マギー キッチンサイエンス -食材から食卓まで- 共立出版

つまり、ひらきなめこは本当に風味が強い可能性が!でもこのオクテノール、乾燥させると飛んでしまうらしい。この風味、加熱した時にどの程度残ってくれるのかが気になります。

いくつかの例外(アンズタケ,ヒラタケ,マツタケ)はあるが,キノコを乾燥させると酵素活性が強まるのと,アミノ酸と糖の間で褐変反応が起こるのとで,風味が強まる.

Harold McGee(2008).マギー キッチンサイエンス -食材から食卓まで- 共立出版

なめこがこの例外に含まれるかは定かではありませんが、ナメコも乾燥させると風味が強まるのかもしれない?という視点が出てきました。

「滑り」をどう扱うか?
少しは洗うか、洗わないか。

ぬめりには栄養がたっぷり含まれているので、できるだけぬめりを洗い落とさないよう注意。

霧村春奈(2013).改訂9版野菜と果物の品目ガイド 株式会社農経新聞社

傷みやすいので、すぐに食べる。難しければ塩を加えた湯にサッとくぐらせてから冷凍。

白鳥早奈英,板木利隆(監) (2011).もっとからだにおいしい野菜の便利帳出版社 高橋書店

なめこの保存方法について、塩を加えたお湯でのブランチングが紹介されていましたが、その目的については触れられていませんでした。塩によってなめこの滑り成分に何かが起きるのでしょうか?

料理の本には,キノコを水洗いするとベチャっとして味が薄くなるのでしないように書いてあるものが多い.しかし,キノコは初めからほぼ水分でできているので,さっとすすぐだけで風味が失われることはない.ただし水洗いすると表面の細胞が傷ついて変色するので,すぐに調理する必要がある.

Harold McGee(2008).マギー キッチンサイエンス -食材から食卓まで- 共立出版

私が大好きなマギーさんにおもしろいことが書いてあるじゃないですか!キノコは洗ったくらいでは旨味は減らない、と。こういった否定系の記述は実験のやり甲斐が出てくるので大好きです。これからの実験でやってみましょう。

加熱速度について
ゆっくり加熱で風味が強まる可能性

一般に,キノコは乾熱でゆっくりと調理すると風味が最も強まる.酵素が失活してしまう前にある程度働き,また水分もいくらか飛んでアミノ酸,糖,香りが濃縮されるからである.

Harold McGee(2008).マギー キッチンサイエンス -食材から食卓まで- 共立出版

乾熱調理というとつまり、「焼く」「炒める」「揚げる」などのこと。ただし「揚げる」は、天ぷらの場合衣の中で食材が蒸されるので、「乾熱調理」と言えるのは素揚げの場合だけとなるかと思います。そして、「揚げる」場合ゆっくり加熱は再現が難しいかもしれません。

保存方法について
なるべく早く食べるか、冷凍してしまうか

ナメコ収穫時の可溶性糖類はトレハロースがもっとも多く,貯蔵に伴い著しく減少した.一方,マンニトール,グルコースの含量は,収穫当日,わずかであったが,貯蔵ナメコの主要な糖類となった.以上の変化は根切りの有無による顕著な差はなかった.これに対して,フルクトースは,根切りをしないナメコで貯蔵中蓄積したが,根切りをしたものではほとんどみられなかった. (4) 可溶性窒素化合物,遊離アミノ酸含量とも貯蔵中増加したが,根切り処理したものでその増加は顕著であった.アミノ酸組成としては,アラニン,バリン,イソロイシン,ロイシン,γ-アミノ酪酸,メチオニンの貯蔵に伴う著しい増加を認めた.

南出隆久 岩田隆 沖野宏士(1985).根切り処理がナメコの鮮度ならびに化学成分に及ぼす影響
日本食 品工業学会誌 第32巻 第6号

保存すると、甘みが減って、苦味が増える。ということが書いてあります。前半にも記述しましたがキノコは「傷みやすいのですぐ食べる」が大切そうです。

どのキノコも冷凍後加熱することで5'-ヌクレオチドが有位に増加するという結果を得られたが,

甲山 恵美, 青柳 康夫(2015).キノコは冷凍に適しているか 日本食生活学会誌  26 巻 1 号 11-19

これは!冷凍後、加熱をすることで5'-ヌクレオチド、つまり旨味成分が増える、とのこと。これは足の速いなめこにとっては朗報です。補足すると5'-ヌクレオチドはイノシン酸ナトリウムとグアニル酸ナトリウムを主成分とした混合物のこと。

菌床を再利用するってそんなに意味のあることなの?

最後に。「ひらきなめこ」の特徴として菌床の再利用が大きなポイントとなっていて、その結果としてなめこがおいしいですよ、というのが大切なストーリーです。ですが、菌床の再利用と聞いても「それは確かにいいね!」とすぐに合点がいかなかったので「菌床の廃棄事情について調べてみました。「菌床」は1度使ったら捨てられてしまうことが多く、栽培されるなめこの2〜3倍は出るとも言われている。菌床は土に還るものではあるが、土に還るまでには多くの時間がかかるため焼却処分・埋め立てされることが多い。⁽¹⁾

どのくらいの菌床が廃棄されることになるかというと、農林水産省が出している栽培量は年間で、なめこ単体で24,063トン、きのこ類全体で462,018トン(令和3年)。この3倍菌床が使われるとしたらなめこ単体で72,189トン、きのこ類全体で1,386,054トンもの量が廃棄されていることになる⁽²⁾。ここまでイメージすると結構な量に思えてきます。どおりで論文を調べていると、廃棄後の再利用方法を探る論文が多いわけです。

そんな社会背景のなか生産されている「ひらきなめこ」のおいしさを探しに、じっくり向き合っていきたいと思います*では、次からはじまる実験記事もお楽しみに*

参考文献
(1)廃菌床の処分方法と環境にやさしい再利用の方法をご紹介.株式会社ニッポー 2021
(2)きのこ類、木材需給の動向.農林水産省

▶︎坂ノ途中について

100年先もつづく、農業を。

坂ノ途中は、環境負荷の小さな農業の広がりを目指して、新しく農業をはじめた人たちが、農薬や化学肥料に頼らず丁寧に育てたお野菜や果物をお届けしています。季節のめぐりを感じられる旬のお野菜は、しみじみとした美味しさが感じられるものばかり。野菜は生きもの。ひとつとして同じものはありません。私たちは、その個性や楽しみ方も伝えることで、多様性を認めあう、持続可能な社会の実現に繋がればと考えています。

今回取り扱っている「ひらきなめこ」は下記リンクの坂ノ途中オンラインショップから手に入れることができます*


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