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【澎湖滞在記_上】

 2024年7月20-23日という短い期間で、台湾の離島「澎湖(ポンフーと読む)群島」に行ってきた。大小合わせて90個もの島から形成されている県で、僕にとっては初めての台湾離島旅行だ。きっかけは友達の「7月中盤くらいから、研究室のプロジェクトで1ヶ月くらい澎湖に滞在するから、いつでも遊びにおいで!」という言葉。彼は、僕の勤める会社に、一年ほど前にインターンに来ていた友達である。以後沢山登場するので、名前を紹介しておくと秉寬(以後、ビンクァンと表記する)という。インターンにきた頃は2年生だったけれど、もう4年生になってしまったらしい。

 澎湖県の県庁所在地である馬公の空港に着くと、ビンクァンと研究室の友達であろう2人が迎えに来てくれた。早速ヘルメットを被ってバイクの後ろに乗せてもらう。雨も降っていないのに、彼らの服が何故か湿っていた。不思議に思っていると、海辺で水遊びをしてきたと、ニコニコしながら教えてくれた。若くて、活発で、恐れ知らずで…彼らは夏を楽しむための条件を取り揃えている。
 僕の1時間ほど後に来る予定の別の友達を待つため、僕ら4人は空港からすぐの隘門ビーチ(彼らが先ほどまで水遊びをしてた場所)に向かう。当然のように、彼らと一緒になって波と戯れた。海の中には大きな岩が点在しており、裸足で遊んでいた僕らは、何度か足の裏や背中を傷つけてしまった。またこの浜辺、一見すると砂のように見えるのだが、しゃがんで掬ってみると、珊瑚でできていることが分かる。なので、走ると足元がシャクシャクと小気味良い音を立てる。ちなみに、この珊瑚を持って帰ることは禁止されているそうだ。

ぱっと見は砂浜みたい
はしゃぐ大学生たち
珊瑚でできた隘門ビーチ

 晩御飯の場所に着くと、思ったよりも沢山いる学生たち。全部で9人、まだ来ていない子と先生を合わせると12人もいるらしい。更に、2つの企業とコラボしているようで、その社長やら社員やら息子/娘(兼社員)やら、覚えるべき顔と名前が多くて大変だった。でも、みんなして、知っているおもしろ日本語を披露してくれたし、僕もお得意の台湾語を披露したら、すぐに馴染めた。台湾人は、台湾語を喋る外国人が大好きなのである。
 夜は、彼らの借りている宿舎に泊まらせてもらうことになっていた。「寝る場所は沢山あるから気にしないで来て〜」という言葉を信じてきたけれど、エアコンのある部屋が小さくて、どこで寝るか問題をまあまあ話し合った。

ダサいの定義は人それぞれ

 3日目の夜に予定されていた共有会に、先生がビンクァンづたいに誘ってくれたので、僕は「アジアの墓場」というタイトルで発表することになっていた。晩御飯時に知ったのだが、他の学生たちは、ここ数ヶ月の内に撮った写真を見せて、近況報告をするという緩めの会で、スライドを準備しているのは僕だけのようだった。でも僕は、準備なしに中国語で発表できるほど、まだ中国語の能力が高くないので、その夜はまだ作り終えていないスライドを準備する必要があった。
 リビングの隅に座って、一人ビールを飲みながら作業していると、屋上での長話を終えたビンクァンとフォンヤン(僕の後に来た友達、三年生)が、もう一杯やらない?と誘ってくれた。既にロング缶を飲み干していた僕は、もう十分だったので素直に断ると、フォンヤンに「你很遜」と言われた。日本語に訳すなら「だっせぇな」という意味だ。それを聞いて、ポカンとしていたら、ビンクァンがフォローしてくれた。「今の意味わかる?」と。しかし僕は聞き取れなかったわけではない。酒に誘われて参加しないことを「ダサい」と形容することに、その如何にも日本の大学生的な価値観に驚いたのだ。台湾人にもそのように考える人がいるんだ。

 ちなみに彼は、先程の晩ご飯時に、フォンヤンも共有会に参加しないか?というビンクァンと先生きっての誘いに対して、「なんで休みをとって(彼は高雄でインターン中である)澎湖に遊びに来てまで、そんな面倒なレビュー会みたいなものに参加しなきゃいけねえんすか?嫌っすよ。」と無碍に断っていた。個人的には、誘われている共有会に面倒だからという理由で参加しないほうが、酒に付き合わないことより、よっぽどかダサいと思う。

オバマ自伝はなんのため

 そんなフォンヤンは、僕が中国語の本を読んでいると知って、驚きを込めた表情で称賛してくれる。

「俺なんか、補助金(台湾政府が全学生に毎年支給する、書籍にしか使えない1200元、約6000円)のうち、800元をオバマの自伝に使ったんだ。それも、なんのためか知っているか?そう、飾るためなんだぜ。中身は英語だから、もちろん読まないし、誰かが家に来たときに本棚が目に入って、お、なにやらすごそうだ、となる、ただ、それだけのために買ったんだ。だから俺は、お前をすごいと思う。」

 ありがとうフォンヤン。そんなふうに褒めてくれてすごく嬉しい。しかし僕は、オバマの自伝は家にあったら逆にカッコ悪い部類だ、という事実を彼が気づいていないことに、笑いが抑えきれなかった。本を読まないと、オバマの自伝(かつてのベストセラー)をインテリアにしてしまうのだ。こんな小さな例をとってみても、国家政策が思い通りに行くことは、とても難しいということが分かる。
 でも彼曰く「毎日部屋に帰ってきたときに、お、俺なかなかイケてんじゃん、という気になる」らしく、それだけでも800元のもとは取れているのかもしれない。僕は真剣に「本は、なにも読むためだけのものじゃなくて、背表紙を見て眺めることも大事なことなんだ!」と伝えたけれど、「冗談だよ、そんな真剣に取り合う問題じゃない」と茶化されてしまった。皮肉っぽく映ってしまったのかもしれない。
 オバマの自伝を部屋に飾り、酒に付き合わない人をくさす、そんなダサい人間じゃなくて、本当に良かった。何をかっこいい、何をダサいと思うかって、すごく教養が問われる。

 フォンヤンのことを少し悪く書きすぎているけれど、彼はとても話していて楽しい人間である。僕と知り合ってすぐに「日本から来て仕事してんのすげ〜、イケてんね!」と言ってくれて、5分ほどで打ち解けた。そのあとも色々会話が弾んで、ビンクァンを除けば、一番親しくなれたのが彼だ。彼はフランスへ留学したことがあり、やはり同じように語学で苦しんだ経験を持っており、海外で仕事をすることへの難しさをすごく共感してくれた。そう、基本的には良いやつなのだ。

戦争遺構を観光しながら

 なにしろ大人数なので、何をするのにも時間がかかる。朝の準備だけでもう大変。起きる、歯を磨く、朝飯をすます、トイレに行く。それだけで1時間くらい経過してしまう。自然と沢山の待ち時間&待たせる時間が発生する。10人以上で行動するということを久しくやっていなかったけれど、高校生のときの修学旅行とか、そういえばこんな感じだったな〜と思い出す。これはこれで楽しい部分もあるけれど、僕にはやはり向かない。でも、招いてもらっている側(ビンクァンは、僕とフォンヤンの来る日に合わせて、夜鍋をしてまで澎湖観光の日程を考えてくれた)なので、楽しむことと明るく振る舞うことを第一に意識して参加した。
 宿舎のある白沙から西嶼へ向かう車中で、ビンクァンが解説してくれる。

 「澎湖は、すごく早い段階から戦争関連の施設が作られた場所なんだ。そこら中に残る戦争遺構は、主に第二次世界大戦関連のもので、背後には日本人の存在が大きく関わっているんだよ」と。やはりここにも日本人の影が見える。台湾の遺構を訪れると、日本人の話題が出ないことのほうが珍しい。

 銅板が貼りめぐらされたかつての弾薬庫を見学した。元々は、弾薬を湿度と静電気による誤爆から防ぐために、銅を貼っているとのことだが、今はドアが開けっぱなしなので、表面温度が低いため水蒸気が結露するのだろう、雨も降っていないのに内部に水溜りができていた。

穴を掘って作られた銅板が貼られた弾薬庫

 澎湖はサボテンが有名な場所である。しかし、元々は自生していたわけではないようだ。攻めてきた敵を傷つけたり、軍事施設を取り囲むことで、トゲつきの柵の役割をさせるための、軍事的な意味合いで植えられたそうだ。それが戦後、手入れが行き届かず過剰に繁殖してしまい、澎湖はサボテンだらけの土地になってしまった。30年ほど前に、この種の赤い実を食べられることに目をつけた人が、サボテンアイスを開発し、今や澎湖を語る上では欠かせない観光資源となっている。僕も四日間の滞在中に二度ほど食したけれど、どれも酸味と甘味のバランスがよく、とても美味しかった。

西嶼東臺
サボテンのシロップをかけたかき氷、アイスクリームの写真は撮り忘れた
石塀と一体になったサボテン

 また澎湖は、珊瑚をつかった塀や壁が特徴的である。ビンクァンが「珊瑚は成長して大きくなるので、時が経つにつれて密度と強度があがるんだよ」と教えてくれた。サボテンの柵だったり、珊瑚の塀や壁だったり、澎湖という土地ならではの生き方が見えてとても面白い。簡単に物を行き来させられない場所では、産業革命の影響が遅れ、その土地ならではの文化が残りやすいのだろう。
 また、畑を仕切る石垣も特徴的だ。澎湖をバイクで走っていると、人よりも高い2〜3mほどの石垣が目につく。澎湖は季節風が強く吹くため、風を遮らないと、米はもとより、野菜さえ育てられないようだ。なので、澎湖では米は育てられないそう。台湾国内で、米を育てていない場所を初めて見た。米という視点だけで見ると、すごく台湾らしくない場所に思える。

珊瑚で作られた外壁
畑を仕切る石垣の風景(吉貝嶼)

 以上のことは、僕が自分で考えたわけじゃなくて、全てビンクァンが教えてくれたことだ。とても6個も歳下だとは思えない知識量で、すごく尊敬している。先生と二人で話す機会があって、その時に彼女は「ビンクァンは成熟しすぎている(matureという単語を使っていた)」と言っていたが、正しいと思う。彼の成長スピードはちょっと飛び抜けている。もし彼が同じ大学の同級生だったとしたら、一方的に嫉妬してしまって、仲良くなれなかったかもしれない。
 インターンに来ていた1年半前も、その好奇心と、物を見る目の鋭さとに驚いたものだが、今回会ってみて驚きを持ったのは、さらに、まるで別人のように成長していることだ。髪を伸ばしていることも、大きなバイアスとなっているかもしれないけれど、すごく垢抜けたというか、落ち着いていて、大人っぽくなっている。
 みんなに仕事や役割を振って、先生と相談しながら、多くの人と日程調整をして、二度の事故、台風の到来、予定の遅れなど(下に詳しく書きます)の数々のアクシデントを乗り越える力もある。「男子、三日会わざれば刮目して見よ」とは彼のためにある言葉かもしれない。

 先生は、「彼は私と対等に議論できる」と言っていたけれど、もしかしたら、判断力と信頼度においては、もう追い抜いているのでは?と感じたりした。ビンクァンがいないときに、こっそり後輩達に、彼のことどう思っている?と聞いたけれど、みんな口を揃えて「彼はすごい」「尊敬してる」と言っていた。これはすごいことだな、と思う。

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