タイニイアリス・西村博子先生との思い出

新宿の小劇場タイニイアリスのオーナー:西村博子先生が、2022年12月14日に亡くなられた。

西村先生との忘れられない思い出は、私が、生涯で一番の失敗作を上演した時のことだ。その作品は、2008年に『枕闇(まくらやみ)』というタイトルで、新宿二丁目のタイニイアリスで上演した。”主人公が、体温を失くしていくにつれて、愛もわからなくなっていき、最後に巨大な蝶になる。”という、よくわからない物語だった。

この時、私は、「よくわからないけど、凄い作品」を創ろうと思っていた。オリジナリティにあふれた作品を創りたかったのだ。
でも、できあがったのは、

「よくわからなくて、凄くもなくて、観客にわかってもらえないことに、作り手が不安を感じている作品」だった。

作家が自分を信じ切れてなくて、不条理の作風に不安を感じながら、不条理の作風のまま、提出した作品だった。

公演は、とても評判が悪く、というか、生涯で一番評判が悪かった。公演後、劇団の仲間たちは、私から離れていった。もちろん、お客さんも離れていった。自分でさえ、そうなってしまうのは正しいと思ってしまっていた。

でも、西村先生は、そんな作品を評価してくれた。

多分、あの作品の、カッコつきオリジナリティを評価してくれたのだ。
さらに、西村先生は、

4年後、韓国に若手の劇団を紹介するという企画で、なぜか劇団印象を推薦してくれて、「『枕闇(まくらやみ)』を上演すると良いよ」と言うのだった。

「あの作品は、言葉がわからなくても伝わると思うから」と。

私は、『枕闇(まくらやみ)』を生涯で一番の失敗作だと思っていたから、その提案は辞退し、『青鬼(あおおに)』という作品を、韓国に持っていった。

でも、西村先生が、作品の表面ではなく、奥の奥の、さらに奥の、作り手自身でさえ気づいていない可能性を見てくれる人だったことに、心底励まされた。

クソつまらない作品と多くの人が言う作品の中から、可能性を見つける、そんなことは、西村先生しかできないと思います。

そして、今、私は、あの時、西村先生が見つけてくれた、私の可能性と、ちゃんと向き合って、作品を創っているのかと、再び考えさせられています。本当にありがとうございました。

安らかにお眠りください。

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