GARMIN UNBOUND Gravel 2021 #23

コーナーを右に曲がると、そこに見覚えのある景色があった。サイクルコンピューターは162kmを指している。この道は朝、はるか先まで選手が埋まっていた直線だ。いまはもう完璧にバラバラで、僕と森本と、あと前後に数人だけここにいる。帰ってきた、と思った。スタートとゴールが同じだからではない。僕は100マイルのグラベルレースを走っていた。たった9時間程度の道程だったが、それは紛れもなく旅だった。だから。僕にとって縁もゆかりもない街、ただレースのスタート地点だったエンポーリアという街に、帰ってきたと強く思ったのだった。感情の高まりは無く、安堵したという方が適切な心理状態だ。それはつまり、ただいま、ということなのだ。
すぐに未舗装路の終わりが見えた。いよいよコースの95%を占めていた未舗装路が終わりを迎える。昨日の試走時、この舗装の切れ目にその年最初の夏の海に向かって走り込む海水浴客のように甲高い声を上げながらグラベルにダイブしたのを思い出す。今日はまるで長い長い旅を経て、やっと港に係留されるヨットのように、静かに、ゆっくりとその境界を超える。
終わった。残りはもう3kmほど。舗装路をゆっくりと走っていればもうすぐにゴールするだろう。その時、右のふくらはぎに強い違和感が走った。チェックポイントのカウンシルグローブに到達する前、水分不足から攣りそうになっていた右のふくらはぎが、ここに来て急に暴れだした。チェックポイントに到着するまで右脚の温存を意識していたが、カウンシルグローブに到着して補給を行い、長めの休憩を取ることで完全に回復したと思っていたし、ここまでの80kmの走行にも特に違和感は無かったはずなのに。
とにかく攣らないように軽いギアで回しているが、僕は知っていた。エンポーリア州立大学前の坂がある。たしかそれほど強い斜度でもなく、最も軽いインナー・ローのギアで淡々と登れば、おそらく問題ないだろうが不安にかられてしまう。森本はゴールが見えてきて少しペースが上がっていて、着いていくだけでも右脚は爆発してしまいそうだ。下を向き、できるだけ腰や臀部、ハムストリングスを意識してペダリングをする。ふと、サイクルコンピューターが左折を示したので、対向車を何台かやり過ごして左折すると、美しい芝生を短く刈り込んだフットボールコートが見えた。どうやら大学内を通ってゴール地点へと向かうようだ。そして緩やかに大きく右に曲がると僕は絶望した。まるで道が壁のように立ち上がっているのである。いや、実際は10パーセント程度の勾配だと思うが、右脚が爆発寸前の僕のとって、それは完全な壁だった。スタート時に通った緩やかで長い坂道で獲得する高度を、かなり短い距離で済ませてしまおうという格好である。上り坂に差し掛かると、僕はギアをインナー・ローに入れ右脚を踏み込んだ、その瞬間、僕の右ふくらはぎは痙攣した。それは当然のできごとだった。まるでゾンビ映画でやたらと悪目立ちして観客の目を引く役者が一番最初に殺されてしまうように。

>>GARMIN UNBOUND Gravel 2021 #24


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