レイシストの楽園ホラー映画『アンテベラム』レビュー


本当にヤバい肝が冷えるホラー映画とは何だろうか。私にとってそれは「この映画の世界にだけは行きたくねーな」と思わせる、そんな映画なのである。ホラーには大概登場人物たちをひどい目に合わせる殺人鬼なり宇宙人なりが出てくる。そいつらはアベックやリア充を成敗、もとい、無辜の民をひどい目に合わせていく訳だけれども、そういうモンスターはどこか作り物じみていて、いまいち迫力に欠けている。ジェイソンやレザーフェイスなどはよくよく考えたら悲しくて辛い過去があってこそ怪物なのである。だから頑張ってその辺の赤ちょうちんに連れ込んで一杯やりながら話でも聞いてやればそのうち相互理解が生じて生き残れるのではないか。まるで朝倉未来に挑む街の喧嘩自慢の如き根拠なき計画だが、とにかくそう思わせる時点で人を恐怖させるという資質を欠いているのではないか。

そんな冷めちまった大人の私にとって究極のホラーとも言える空間は何かといえば、結局のところ、この我々が生を営んでいるクソみたいなリアル世界に他ならないのである。殺人鬼一匹ならワンチャンあるかもだが、御旗の元で徒党を組んで暴走するマスヒステリーのほうが100億倍怖い。手垢のついた表現だが、「人間が1番怖い」というやつだ。

例えばそれは、過去の世界に幾らでも見出せる。ナチスドイツが支配する20世紀の欧州だし、スターリンが気まぐれの如く殺人政策をバンバン施行して数百万人規模の死者を出した旧ソビエトや周辺諸国のそれだし、現代に移行したならば平然と人権侵害が横行するシリアとか。何だったら我が国でも格差や差別が横行しているではないか。正直こんな国さっさと脱出したいなと思ったりする。とまれ、現実に勝るホラーというものは無いのだ。

で、『アンテベラム』に登場するモンスターどもは、「とある」マスヒステリーに浸された恐るべきキチガイたちである。年端の行かないガキから、ジジィババァに至るまで。そいつらはなまじ財力や権力があるのでやりたい放題。そんな連中に人権や平等の概念を説いたところで無駄、というヤツだ。先に挙げた相互理解など所詮幻想に過ぎないことを如実に我々に突きつける。

劇中「過去に解決されなかった問題は、結局は未来に禍根を残す」的なセリフが登場する。本作の怪物はなおじりとまでは言わずもと、中途半端なままにされてきた差別やジェンダーの問題から生まれてきたのだ。私達の周りには言葉巧みに問題の先延ばしを促す輩がいるものだが、差別や格差を生み出す構造、アンテベラムの「怪物」たたに対して見て見ぬ振りをしているに過ぎない。差別と格差を生じさせる構造への、無言の賛同者なのだ。声はあげねばなるまい、この怪物たちと戦いボロボロになろうとも解決されねばなるまい。その決意の意思は、クライマックスは近年まれにみる迫力とパッションをもって、我々に呼びかけるのだ。

他の奴隷制度映画に引けを取らないものがある。とりわけ迫害する側の白人の描写たるや、「主人」たるものの風格や威厳をこれでもかと見せつける。特に役者の目がヤバい。この白人の役者たちは、現代のBLMや多様性の受容、ジェンダー問題に声を上げる運動家を怨みを有しているのではないかと感じされるほどの作り込み方だ。つまり家長父制と奴隷制、プランテーションがあった頃、南北戦争が起きているあたりが尤も素晴らしいのだと、そう思っているのではないか。そう疑わざるを得ない。この文章は一見差別的だが、本作を鑑賞後にまた違った意味を持つことになるので予めご了承を。

南北戦争映画の中でもアンテベラムはユニークかつ異様な一本だ。その特異な構造以外にも、ジョーダンピールが製作に関わっているだけあって得意の「白人いじり」も健在であることが挙げられるだろう。許し難い過去の大罪のツケを、優れたコメディアンの手でもって払わされ続けることになる。差別はいけないよ。

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