658km、陽子の旅

 自宅アパートで家電のオンラインカスタマーサービスをして生計を立てている陽子（菊地凛子）は42歳で独身である。ある日、従兄の茂（竹原ピストル）が来て、20年間関係を断絶していた父が死んだと告げる。茂一家の車に同乗して青森を目指すが、途中立ち寄ったサービスエリアでトラブルが起き、陽子は茂達とはぐれてしまう。所持金わずかで窮した陽子はヒッチハイクをして青森へ向かう。道中、様々なドライバーに助けられたり、騙されたりしつつ、不器用で不安定な陽子は青森に近づいてゆく。
 
美は乱調にあり

 というが、菊地凛子の魅力は「乱調」にこそある。周囲とコミュニケーションがうまく取れない陽子は一見おだやかに見えるが心は嵐のように荒れ狂っている。手前勝手な取引を持ちかけ、ホテルに連れ込んだ末に裏切った男（浜野謙太）に殴りかかったり、同乗させてくれないドライバーに叫び声を上げたり、精神のアンバランスさを時折露呈する。彼女が旅の途中で見るのは毒親として彼女の前に立ちはだかった父親（オダギリジョー）。彼女が父親とは上手く関係を築けなかった事が人生や人間関係に大きな影響を及ぼしている。菊地凛子は陽子を「演じて」いるのではなく、心に「乱調」を来した陽子の人生そのものを生きているのだ。
 陽子は同乗させてもらった親子に、だいたいこんな「自分語り」をする。

 私は高校を卒業してすぐに両親の反対を押し切って上京し、諦めきれない夢を追っていたが挫折した。そんな日々の中で次第に孤立してゆき、周囲とコミュニケーションを取ることが苦手になっていった。周りの人達は努力をして何かを吸収してゆくが、自分はそれから逃げてしまった。今からそれをしようにも、もう間に合わない。

 私自身の人生と重なる部分も多く、つらい想いでその告白を聴いた。生きづらさを抱えながら生きる事の困難を想う。
 ラスト、陽子は辿り着いた実家を離れ、どこかへと去ってゆく。彼女の心に平穏は訪れるのだろうか？
 竹原ピストルの朴訥な演技に打たれた。旅の途中で出逢う風吹ジュンの笑顔は、この映画の大きな「救い」になっている。
 
 私の人生は何かに「間に合って」いるだろうか？