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台風が人生を変えた?転機が訪れるサインは…

これまでの僕の人生において、自分が大きく変わるきっかけとなった出来事はいくつもある。

その中でも特に今の自分を根本から形作っているのは、大学4年・夏にした一人旅だった。

日本で最後に沈む夕日を見に

この旅のゴールは、日本最西端・与那国島の予定だった。
日本で最後に沈む夕日を、この眼に焼き付けたかった。

飛行機で行って帰って来るのではすぐに終わってしまうだろうからと、青春18切符を使って興味ある地域に立ち寄りながら西に進んだ。
岐阜、大阪、広島、熊本と毎日順調に道程は進み、鹿児島からのフェリーでも1泊。

ついに沖縄の那覇に着き、与那国までどうやって行くか考え始める。飛行機は早いが、安くて旅を感じられるフェリーでのんびり向かおうと思っていた。

台風がもたらしてくれた出会い

そのタイミングで台風が沖縄を襲う。

しかも2発連続で。

旅の日数にも限りがあったので、与那国島は断念せざるを得ない。
諦めて那覇でゆっくりすることにした。

ふてくされ気味に国際通りを歩いていた時、地べたに座って書を書く詩人のお兄さんが目に入る。

当時の僕は学歴社会の中で戦って生きることに疑問を覚えていた。
競争、争い、社会的ステータス、ブランド…そういった概念に嫌悪感を抱いていた僕にとって、自分らしさ一つで生きているお兄さんの存在はとてもまぶしく見えた

すぐに声をかけて3日後に飲みに連れて行ってもらった。

僕は元いじめられっ子で高学歴、色白のもやしっ子。
詩人さん・龍一さんは、中卒元ヤン、色黒筋肉質で男らしいお兄さん。

パッと見正反対の二人なのに、意気投合して盛り上がる。

深夜0時から飲み始め、夕方の16時に解散した。
16時間も誰かと飲んだのは、初めてのことだった。

龍一さんはどこまでも自分色を貫いて生きていて、笑顔が輝いていた。

そんな大人に出会ったのは初めてのことで、「この国でも、自分らしく生きる道を探せるんだ!!」と、希望を持つことができた。

その後は龍一さんの友達の友達の友達 という風に、徐々に新しい人間関係が広がっていく。

そのつながりからラダックを旅してライターになったなんて、龍一さんに話しても理解されないかもしれない。笑

それでも、今の僕の人間関係や活動は、この詩人さんとの出会いがなければほとんど存在していないのが実際のところだ。

人生を変えるシグナル

今から振り返ってみると必然の旅だったが、当時は電車に揺られながら旅の退屈さをどう紛らわすかをあれこれ考えていた。

(早く帰って友達と飲みたいわ~)

なんて思った瞬間もあった。
意識の低い旅人だ。笑

台風が来たときには、旅の動機を失い本気で凹んだ。

今の僕にとって必然の旅は、渦中にいるとすこし退屈で、それでいて面倒で、挫折までも味わう旅だった。

では、この一人旅が人生を変える旅となったのは、まったくの偶然だったのかというと、そうでもない。

よく思い出してみると、転機となる予感は確かにあった。

一人旅をしようと思い立った時、身体中の細胞が燃えるように熱くなったのだ。

僕は典型的な末っ子タイプで、旅行は友達が企画してくれない限り行ったことはなかった。参加した時も進んで企画することはなく、後ろからついていくタイプだった。

一人旅をひらめいた瞬間も頭の中では沢山抵抗した。

(一人で旅ってどうやってするの?)
(寂しがり屋の僕には無理だ)

でも、熱くなる身体の声を信じたら、人生の転機が訪れた。

思えば、新卒で就職した会社を辞める時も、ラダックの旅も100人の物語を書くプロジェクトも、始まりは全細胞が熱く揺さぶられるような感覚を味わっていた。

それ以降、どれだけ非合理だったとしても身体が熱くなる感覚はいつだって信じるようにしている。

頭で考えられる枠組みを超えた、大きな変化を人生にもたらしてくれるからだ。

ご覧くださり、ありがとうございました。

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