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J-KISSは起業家フレンドリーな資金調達手法である~シード期のベンチャーファイナンス~

はじめに

【2020年12月28日追記:経産省から「『コンバーティブル投資手段』活用ガイドライン」が公表されております。ぜひご確認ください!】

だいぶベンチャーファイナンスの手法として定着してきた感があるが、「J-KISS」というスタートアップ(主にシード期)の資金調達手法がある。

J-KISSは「簡単に早くシンプルに」がコンセプトの資金調達手法で(KISSは“Keep It Simple Security”)、Coral Capital(旧500 Startups Japan)さんがそのひな形を公開するとともに、詳細な解説記事も公表している(※)。
Coral Capitalさんは、J-KISSのさらなる普及のために、先月25日には必要書類(J-KISSパッケージ)のひな形まで公開する徹底ぶりである。

※「J-KISS: 誰もが自由に使える、シード資金調達のための投資契約書」や、「山口弁護士に聞く、シードスタートアップのための資金調達 – J-KISSの交渉事項と契約書」など。
なお、J-KISSを設計した増島雅和弁護士のBUSINESS LAWYERSさんのインタビュー記事(「コンバーティブル・エクイティが日本のスタートアップを変える」)も大変参考になる。

個人的な話で恐縮であるが、J-KISSについて初めて勉強したときはけっこうな衝撃を受けた。
当時は今以上に未熟な弁護士であったが、まがいなりにもベンチャーファイナンスの案件に関与してきた身として、「よくできたしくみだなあ」と感動した(その道のプロフェッショナルが集まって設計しているわけで、これはこれでおこがましい話であるが)。
リーガルの知見がスタートアップの資金調達をよりよいものにしたという事実は感激的ですらあり、自分自身も、ひとりの法律家としてこういうクリエイティブな仕事を成し遂げたいものだと真面目に思ったものだった。

J-KISSのしくみについては、上記のとおり、Coral Capitalさんが詳細に解説しているため、この記事も屋上屋を重ねるものにすぎないが、自分自身の復習も兼ねて、J-KISSについて少し書いてみたいと思う。

J-KISSは起業家フレンドリーな資金調達手法である

J-KISSは、バリュエーション(企業価値の算定)をせずに資金調達できる(バリュエーションをシリーズAまで繰り延べられる)点で、起業家フレンドリーな手法である。
スタートアップの企業価値は右肩上がりに上がっていくことが想定されているので、バリュエーションを将来に先送りする方が、低いバリュエーションで投資家に株式を渡すことを避けられることになり、起業家(ひいてはスタートアップ側)にとってメリットが大きい。
特に、シード期だと売上が立っていないこともよくあり、投資家にとってリスクも大きいことから、その段階でバリュエーションをするとどうしても低く見積もられやすい。そのため、特にシード期においては、バリュエーションを将来に先送りできることは大きな意味を持つのである。

よくいわれるところであるが、資本政策は不可逆であり、資本政策上の失敗がスタートアップの成長を阻害するケースも少なくない。
典型的には、シード期にエンジェル投資家に株式を渡しすぎてVCからの資金調達の妨げになるケースなどだ。
これは想像にすぎないが、Coral Capitalさんも、投資を検討した会社の資本構成が適切でないために投資を断念したことが少なからずあるはずであり、そうしたこともJ-KISSのひな形を普及するひとつの動機になっているのではないか。

シード期においては、起業家の資金調達に関するリテラシーが高くない場合は珍しくない。
想いをもって起業したにもかかわらず、シード期の資本政策の失敗が後々の成長を阻害することになっては、本当にもったいない。
「J-KISSという起業家フレンドリーな方法があるらしい」程度の認識で構わないので、起業にあたってはJ-KISSのことを知っておくべきと思う。

※新株予約権付社債(CB)を用いた資金調達によっても、バリュエーションを繰り延べることはできるが、資金調達額が「負債」に計上されるリスクがある。
詳細は「コンバーティブル・エクイティが日本のスタートアップを変える」参照。

※2019年5月6日12時11分追記
バリュエーションの繰延べに関しては、実務上あまり実現されていないのではないかというコメントをCoral Capitalの澤山さん、起業家の「物流太郎」さんから頂戴しましたので、以下にその議論のリンクを貼っておきます。
https://twitter.com/atsuokshr0925/status/1125021083445317632
これは「バリュエーションキャップ」(後述ご参照)の合意の問題であり、最終的には投資家との交渉マターですが、当事者間の交渉力の問題に加え、投資家の属性や、局面(創業当初にエンジェル投資家から出資を受ける局面か、事業会社と資本業務提携を行うケースか、シードVCから出資を受ける局面か)などによっても妥結点が異なるものと思われます。

J-KISSとは、ざっくりいえば「A種優先株式を少し安い価格で取得できる新株予約権」である

(1)新株予約権について

J-KISSは、法的にいえば「新株予約権」である。

新株予約権とは、会社(株式会社)に対して行使することにより、その会社の株式の交付を受けることができる権利であり(会社法2条21号)、「生株」ではなく、将来「生株」になる可能性のある「潜在株式」である。

一般に、新株予約権の「行使」に関する各種条件は、新株予約権ごとに設計されることになる。
・行使期間:いつ権利を行使できるか
・行使条件:どのような条件が満たされた場合に権利を行使できるか
・行使価額:権利を行使するためにいくらの出資が必要か

J-KISSについても、シード期の資金調達に合うように各種工夫がこらされた新株予約権だということになる。
そして、比ゆ的に言えば、「J-KISS型の新株予約権を投資家に買い取ってもらう(その権利を売って資金調達を行う)」というのが、J-KISSを用いた資金調達ということになる。

(2)J-KISSの発行後、所定の期限内にシリーズAが発生した場合

J-KISS型の新株予約権は、典型的には、将来シリーズAが発生した場合に、A種優先株式に転換されることが想定されている。

具体的には、スタートアップが【18か月】以内に【1億】円以上を調達する資金調達(以下「シリーズA」)を行った場合に、投資家はシリーズAのバリュエーションの【80%】のバリュエーションで(つまり【20%】のディスカウントを受けて)株式(通常はA種優先株式)を取得する、というのが典型的なストーリーとなる。

上記のいくつかの【】はひな形から引用しているが、いずれも投資家との合意次第である。
ちなみに、なぜJ-KISSの投資家がディスカウントを受けられるかといえば、早いタイミングでリスクをとって投資したことの報奨である。

なお、シリーズAのバリュエーションが当初の想定以上に高くなった場合、投資家が取得するA種優先株式が想定以上に少なくなってしまう。
そこで、J-KISSのひな形では、「バリュエーションキャップ」(発行要項5(2)(a)(y)に定められた「評価上限額」)を投資家との間で合意することが想定されている。
これは、比ゆ的に言えば、「A種優先株式までバリュエーションを繰り延べることはよいとしても、せめてこの金額以下のバリュエーションで株式を取得させてほしい」という投資家サイドの意向を反映するものである。

ご参考までに、J-KISSのひな形から「新株予約権の目的である株式の種類及び数」(5(1))、およびシリーズAが起きた場合の「転換価額」(5(2)(a))の条項を引用しておく。

(1) 新株予約権の目的である株式の種類及び数
本新株予約権の目的たる株式の種類(以下「転換対象株式」という。)は当会社の普通株式とする。但し、次回株式資金調達において発行する株式が普通株式以外の種類株式である場合には、当該種類株式…とする。
本新株予約権の行使により当会社が転換対象株式を新たに発行し、又はこれに替えて当会社の保有する転換対象株式を処分する数は、本新株予約権の発行価額の総額を転換価額で除して得られる数とする。但し、本新株予約権の行使により1株未満の端数が生じるときは、1株未満の端数は切り捨て、現金による調整は行わない。
(2) 転換価額
(a) 「転換価額」とは、以下のうちいずれか低い額(小数点以下切上げ)をいう。
(x) 割当日以降に資金調達を目的として当会社が行う(一連の)株式の発行(当該発行に際し転換により発行される株式の発行総額を除く総調達額が[100,000,000]円以上のものに限るものとし、以下「次回株式資金調達」という。)における1株あたり発行価額に[0.8]を乗じた額
(y) _____円(以下「評価上限額」という。)を次回株式資金調達の払込期日(払込期間が設定された場合には、払込期間の初日)の直前における完全希釈化後株式数で除して得られる額

(3)シリーズA前にM&Aが起こった場合

以上に対し、シリーズA前にM&Aが起こる場合も考えられる。

この場合、J-KISSのひな形では、投資家は投資額の2倍のリターンは得られるように設計されている。
具体的には、発行要項5(7)「金銭を対価とする本新株予約権の取得条項」において、次のように定められている。

(7) 金銭を対価とする本新株予約権の取得条項
(a) 当会社が支配権移転取引等を行うことを決定した場合、当該取引の実行日までの日であって当会社の株主総会(当会社が取締役会設置会社である場合には取締役会)が別に定める日において、その前日までに行使されなかった本新株予約権をすべて取得するのと引換えに、各本新株予約権につき本新株予約権の発行価額の2倍に相当する金銭を交付する。

これは、起業家側のモラルハザード対策であるとされている。

すなわち、「金銭を対価とする本新株予約権の取得条項」がないと、J-KISSの投資家はバリュエーションキャップに定められた金額で普通株式に転換して買収者に普通株式を譲渡することになる(発行要項5(2)(c)、同(5)(a))。
そうなると、M&Aのバリュエーション次第では、J-KISSの投資家がリターンを得られない一方、起業家は一定のリターンを得られる場合が生じうる。

このような場合を許容すると、起業家側のモラルハザードが起きかねないというのが「金銭を対価とする本新株予約権の取得条項」が定められた趣旨であるとのことである。

※この点に関しては、上記「山口弁護士に聞く、シードスタートアップのための資金調達 – J-KISSの交渉事項と契約書」において、具体的な数字に基づき説明されている。

(4)所定の期限内にシリーズAもM&Aも起こらなかった場合

J-KISSの投資家と合意した期間内に(ひな形では18か月以内)シリーズAもM&Aも起きなかった場合、J-KISS型の新株予約権は、バリュエーションキャップを基準に普通株式に転換されるように設計されている。

ご参考までに、発行要項から関係する条項(発行要項5(2)(b)、同(5))を引用しておく。

(2) 転換価額
(b) 前号にかかわらず、割当日の18ヶ月後の応当日(以下「転換期限」という。)以降における転換価額は、評価額上限を第(5)(b)号に基づく承認がなされた日における完全希釈化後株式数で除して得られる額(小数点以下切上げ)とする。
(5) 本新株予約権の行使の条件
(a) 本新株予約権は、次回株式資金調達が発生することを条件として行使することができる。但し、次回株式資金調達が転換期限までに発生しない場合、又は次回株式資金調達の実行日若しくは転換期限以前に支配権移転取引等を当会社が承認した場合はこの限りではない。
(b) 前(a)号にかかわらず、次回株式資金調達が転換期限までに発生しない場合における本新株予約権の行使は、本新株予約権(転換価額の定めを除き本新株予約権と同一の条件を有する新株予約権を含む。以下本(b)号において同じ。)の発行価額の総額の過半数の本新株予約権の保有者がこれを承認した場合に限り行うことができる。

投資契約書の内容

以上が「新株予約権の内容」(J-KISS型新株予約権がどのような権利であるかの説明)であるが、スタートアップがJ-KISSによる資金調達を行う場合、投資家との間で投資契約書を締結することになる。

公開されているひな形をみると、本文だけでも8頁にわたるが、それでも意図的にシンプルに作られている。

例えば、表明保証(3.1条)である。
表明保証とは、投資家に対し、ある事実が真実・正確であると表明し、保証する条項であるが、M&A契約における表明保証や、シリーズA以降のベンチャーファイナンスにおける表明保証と比較しても、J-KISSのひな形では重要な事項に限定された条項が定められている。
この点、J-KISSを利用する場合であっても、特に大企業から出資を受ける場合、網羅的かつ詳細な表明保証条項に書き換えられた投資契約書が提示される場合もあるとされる。
大企業側の対応も理解できる面はあるが、シード期のスタートアップにコンプライアンス上の不備が一定あることは無理からぬところがある。
結果的に表明保証条項をめぐって応酬が発生することになれば、「簡単に早くシンプルに」というJ-KISSの意図するところにはなじまないといえる。

ひな形では、J-KISSの投資家(ただし、ひな形では500万円以上出資した「主要投資家」に限られる)に対し、一定の範囲で情報請求権(5.2条(1))および優先引受権(同(2))が付与されている。
※優先引受権については、株式に転換されるまでは投資家の株式ベースでの持分割合が決定されないというJ-KISSの特徴を踏まえ、金額ベースでの優先引受権が定められている。

一方、ベンチャーファイナンスにおいて合意されることの多い先買権や共同売却権、同時売却請求権はJ-KISSの投資家に付与されていない。
その理由としては、J-KISSは主にシード期の資金調達に利用されることが想定されていること(特にエンジェルとの間で締結する投資契約はかなりシンプルなものである場合が多い)や、J-KISSの「簡単に早くシンプルに」という意図のあらわれであると考えられる。
ちなみに、ひな形では、その後シリーズAが起こった時点で、先買権や共同売却権などについて株主間契約で合意することが想定されている(5.9条)。

普通株式を発行する場合との比較

(1)メリット

ア.バリュエーションを繰り延べられる

上記のとおり、普通株式ではなくJ-KISSによる資金調達を行えば、バリュエーションをシリーズAまで繰り延べることができ、その結果、低いバリュエーションに基づき投資家に株式を交付しすぎることを避けられる。
これはスタートアップ側にとって非常に大きなメリットであり、その重要性はいくら強調してもしすぎることはない。

イ.ストックオプションとの関係でも優位性がある

また、ストック・オプション政策との関係でも優位性がある。

ストック・オプション(SO)は法的には新株予約権であり、SOの行使価額とSOを行使した場合に得られる株式価値のギャップがSO保有者の得られる経済的メリットとなる。
そのため、SOの行使価額が小さい方がSO保有者の得られる経済的メリットは大きいことになる。

ただし、税制適格を満たそうとすれば、SOの行使価額は普通株式の時価以上でなければならない。
そして、普通株式を投資家に発行した場合、その時の発行価額が普通株式の取引事例となり、その価額より低い価額を行使価額とするSOを発行することは通常難しくなってしまう。

これに対し、J-KISSによる資金調達であれば、普通株式を発行することにはならないので、このようなことは起きないのである。

なお、J-KISSによる資金調達の実施後、シリーズAを実施する前に信託型ストック・オプションを発行することも検討に値するだろう。

ウ.登録免許税も通常低廉で済む

さらに、J-KISSによる資金調達の方が、普通株式を発行する場合と比べて登録免許税も低廉で済む場合が多い。

普通株式を発行した場合、通常、資本金の増加額(通常は調達金額の2分の1)の0.7%の登録免許税がかかる(たとえば普通株式を発行する方法で8000万円を調達した場合、4000万円を資本準備金に計上したとしても28万円の登録免許税がかかる)。

これに対し、J-KISSによる資金調達であれば、調達金額にかかわらず一律9万円で済むことになる。

(2)デメリット

登録免許税が低廉で済むことの裏返しではあるが、J-KISSによる資金調達を行っても、普通株式を発行した場合と異なり、株式会社(スタートアップ)の資本金は増加しない。
上記「J-KISS: 誰もが自由に使える、シード資金調達のための投資契約書」でも、スタートアップがレガシーな業界向けの事業で、資本金の金額が重要であったためにJ-KISSを利用できなかったケースがあったとされている。

また、個人(エンジェル投資家)から出資を受ける場合、エンジェル投資家がエンジェル税制の優遇を受けることを希望する場合もありうる。
しかし、J-KISSによる資金調達を行う場合、新株予約権を発行するにすぎず、その取得時点ではエンジェル税制の優遇の対象とならないことに注意が必要であろう。

(3)総括

普通株式を発行する場合と比較したメリ・デメを比較しても、スタートアップにとっては、普通株式によるよりJ-KISSを利用して資金調達を行う方がメリットが大きい(それも圧倒的に大きい)ものと考えられる。
スタートアップからすると、特にシード期に資金調達をする場合は、投資家に対し、J-KISSによる資金調達を提案することがリーズナブルな選択であるように思われる。

おわりに

そもそも普通株式よりは新株予約権の方が難しく、J-KISSはシード期の資金調達に合わせて各種工夫がなされた新株予約権である。
そのため、J-KISSはとてもよく考えられたしくみであるが、それなりに複雑な部分があることは否めない。
この記事が、いくらかでもスタートアップ業界におけるJ-KISSの理解に貢献できればとても幸いである。

※この記事についても、私の理解が誤っている部分があるかもしれません。もし誤りを発見された場合はご指摘頂けると大変うれしいです!

※2019年5月6日23時51分追記
この記事の補足記事も書きましたので、ぜひともご笑覧下さいませ。
https://note.mu/atsuokshr0925/n/n79b4da3a0e74

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