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十把一絡げにされがちな「発達障害」

初版:2023年8月26日
この記事は、教育学(特別支援教育)の講義で話した話題をベースにしております。

ポイント

  1. 自閉症やADHD、ディスレクシアは全て異なる特徴を持つが、ひとくくりに「発達障害」と言われがちであるのは、なぜだろうか。

  2. 診断(医学・臨床的なもの)と行政(法令)の定義が異なる。

  3. 発達障害(神経発達症)の間でも、周囲からすれば「一見」同じような困難を抱えているように見える場合がある。

  4. 抱えている困難の特徴は発達障害の間で異なり、おそらく原因が違う。

  5. 発達障害ごとの支援や介入は、それぞれどう違うか、なぜ違うかをはっきりさせたうえで行うことが必要である。

発達障害とは?

発達障害って、なんだろう?政府広報の説明では、こうしたインフォグラフィックが紹介されています。

政府広報の案内では、自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー症候群、注意欠陥多動性障害(AD/HD)、学習障害が大きく示されています。
しかし、これらは必ずしも医学的定義には一致しません(下記URL2023年8月26日閲覧)。

「発達障害って、なんだろう?」 令和3年(2021年)12月2日

法律上の位置づけ

障害者差別解消法

改正障害者差別解消法

令和3年に障害者差別解消法が改正され、事業者による障害のある人への合理的配慮の提供が義務化されました。

https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai_leaflet-r05.html

発達障害に限らず、事業者による障害のある人への合理的配慮(reasonable accommodation)が義務化されました。
WikipediaのReasonable accommodation(2023年8月26日閲覧):
"A reasonable accommodation is an adjustment made in a system to accommodate or make fair the same system for an individual based on a proven need."

内閣府では、「合理的配慮」を以下のように説明しています。

合理的配慮とは、障害のある方が日常生活や社会生活で受けるさまざまな制限をもたらす原因となる社会的障壁を取り除くために、障害のある方に対し、個別の状況に応じて行われる配慮をいいます。

https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/law_h25-65_qa_kokumin.html

ちなみに、「accommodation」は、席、便宜、助け、融通、用立て、貸し付け、貸付金、適応、調和という意味があります。「配慮」という日本語の持つ意味合いに注意が必要だと思います。

さて、以降では、発達障害に関わる各種法令について整理していきます。


発達障害者支援法

発達障害者支援法
発達障害者支援法における定義

発達障害者支援法(平成十六年十二月十日法律第百六十七号)では、発達障害とは以下のように定義されています。

自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/main/1376867.htm

身体障害と異なり、外見上は一見してわからない、「脳機能の障害」であることが明記されています。
社会生活を送る上で、様々な場面で適用可能な法令が別途設けられています。その一つが、教育です。

特別支援教育:学校教育法

特別支援教育の概念図

学校教育において、障害のある児童生徒を支援する特別な法令があります。
学校教育法では、「特別支援教育」についての定義があります。
なかでも、「通級」についての記載でも特別に定義があります。
上図にみるように、特別支援学校、特別支援学級、通級でどのような障害が対象とされるかが決められています。

資料4 特別支援学級及び通級による指導に関する根拠規定等

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/054_2/shiryo/attach/1283113.htm

通級による指導に関する規定

行政における特別支援教育の枠組み

  • 特別支援学校

  • 特別支援学級

  • 通級指導

  • 通常の学級

特別支援学校

視覚障害者、聴覚障害者、知的障害者、肢体不自由者又は病弱者(身体虚弱者を含む。)

東京都立・公立の特別支援学校

参考までに、令和4年4月1日現在では、都立58校、区立5校が設けられています。それぞれ、視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、知的障害、病弱、そのほか区立の養護学校が設置されています。

特別支援学級

特別支援学級の概略

小学校、中学校等において上図に示す障害のある児童生徒に対し、障害による学習上又は生活上の困難を克服するために設置される学級とされています。

通級

通級指導についての概略

通級は、通常の学級での学習におおむね参加でき、一部特別な指導を必要とする児童生徒に対して、障害に応じた特別の指導を行う指導形態、とされています。

通常の学級

通常の学級における障害のある児童生徒への指導

特別支援学校、特別支援学級、通級以外にも、通常の学級で障害のある児童生徒への指導についても規定があります。
小・中学校で発達障害のある児童生徒の割合は、平成24年度の調査で6.5%とされています。しかし、これは教員の判断による回答であり、医学的な定義とは異なることに注意する必要があります。

発達障害の医学的な定義:DSMとICD

DSMとICD

医学的な定義としても、発達障害には異なる枠組みがあります。それぞれ臨床上、行政上と役割が異なります。

DSM

精神障害の診断・統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)では、具体的な診断の指針が示されています。
現在は第5版ですが、2022年にはさらなる改訂がなされました(DSM-5-TR)。
下図では、発達障害(神経発達症)の定義と名称を抜粋しています(DSM-5より)。

DSM-5における神経発達症の抜粋

なおDSM-5-TRの日本語訳版が2023年に出版されました(医学書院)

ICD

ICD-11

国際疾病分類(疾病及び関連保健問題の国際統計分類:International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems)
世界保健機関(WHO)により作成されたもので、本邦では、統計法でWHOへの報告など統計基準としてICDに準拠しています。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/sippei/
また、診断においては精神障害者保健福祉手帳(障害者手帳)の交付にICDによる区分が必要な場合があります。

DSMによる発達障害の診断基準例

学習障害(LD)の診断基準(DSM-5)
A) 学習や学業的技能の使用に困難があり、その困難を対象とした介入が提供されているにもかかわらず、以下の症状の少なくとも1つが存在し、少なくとも6ヶ月間持続していることで明らかになる:

  1. 不的確または速度が遅く、努力を要する読字

  2. 読んでいるものの意味を理解することの困難さ

  3. 綴字の困難さ

  4. 書字表出の困難さ

  5. 数字の概念、数値、または計算を習得することの困難さ

  6. 数学的推論の困難さ

B) 欠陥のある学業的技能は、その人の暦年齢に期待されるよりも、著明にかつ定量的に低く、学業または職業遂行能力、または日常生活活動に意味のある障害を引き起こしており、個別施行の標準化された到達尺度および総合的な臨床評価で確認されている。17歳以上の人においては、確認された学習困難の経歴は標準化された評価の代わりにしても良いかもしれない。
c) 学習困難は学齢期に始まるが、欠陥のある学業的技能に対する要求が、その人の限られた能力を超えるまでは完全には明らかにならないかもしれない。
D) 学習困難は知的能力障害群、、非矯正視力または聴力、他の精神または神経疾患、心理社会的逆境、学業的指導に用いる言語の習熟度不足、または不適切な教育的指導によってはうまく説明されない。

注意欠陥多動症(ADHD、DSM-5)
Aの基準を抜粋

ADHD(DSM-5)A-1
ADHD(DSM-5)A-2

発達障害は別の疾患・障害と似ているところがある

これまで、日本の行政における発達障害の位置づけについて整理してきました。一方で、これらは対象とする人たちに医学的な背景を暗黙に前提としております。

「私、発達障害かも」の半数以上は勘違い

一般的に「発達障害」の特徴として挙げられる事柄は、医学的には別の精神疾患や障害によって診断されうるものであることがあります。
上図の記事では、下記のように一般には具体的に異なるものと診断されうる事例が挙げられています。

発達障害と一見特徴を共有する疾患・障害

  • コミュニケーション困難

    • →統合失調症かも?

  • 同じ行動を何度も繰り返す

    • →強迫性障害(OCD)かも?

  • 他者との関りを避ける

    • →社交不安障害かも?

  • 他者に無関心で一人を好む

    • →パーソナリティ障害かも?

発達障害の診断は専門家でも難しい

発達障害の診断は専門家でも難しい

発達障害の診断が難しいことを示す研究

これまで、様々な研究で、発達障害が見逃されている、あるいは誤診がある、というような事例が多く見出されています。

中国でも、ASD児童の誤診・見逃しがかなりある
https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/13591045221119936?journalCode=ccpa

American Academy of Pediatrics(AAP)は18か月と24か月時にユニバーサルスクリーニングを推奨しているが、小児科医の遵守率は低い。
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1071909120300425?via%3Dihub

発達障害は脳波や遺伝的変異では定義されない

HUFFPOST記事

発達障害(神経発達症群)に属する障害の区別の難しさには、その医学的な定義が行動の側面によってなされることに起因すると考えられます。すなわち、脳の特徴(形態、脳波などの神経活動)や遺伝的・細胞レベルの病理的な変異によっては定義されないのです※。
※レット症候群、脆弱X症候群など一部の障害は、遺伝的変異と発達障害の併存が強く想定されることに留意してください。

Take home message

  • 発達障害(神経発達症群)は、自閉スペクトラム症やADHDなど病態の異なる障害の一群ですが、メディアや巷間では十把一絡げに「発達障害」とくくられがちです。

  • それぞれの障害を混同することは、的確な支援や介入を行う上で障壁となりえます。

  • 十把一絡げにされてしまう要因としては、行政や医学的区分内での用語の不統一が挙げられます。

  • 発達障害は、他の多くの疾患や障害と異なり、社会生活における行動の側面での困りごとから診断・特徴づけられます。行動の客観的な評価・測定には、心理学的・行動学的視座からの分析が重要であると考えられます。

  • 今後、心理学的・行動学的評価と脳(神経科学的)・遺伝的(分子生物学的)の対応付けにより、より客観的なバイオマーカーや診断ツールの発展が望まれます。

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