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#37 兼業生活「生きるために必要だから、つくる」〜中村紋子さんのお話(3)

きれいごとの世界は、もういい

室谷 20代のころは海外のアートフェアにも参加していたんだよね。海外で作品が売れることは嬉しかった?

中村 最初はすごく嬉しかった。いままで手にしたことがないようなお金がバーンと手に入ったし。でも途中から、「どうやら、これはマネーゲームだぞ」と気がついた。海外でアートが売れるって、究極の先物取引みたいなもの。豪華な会場にばーっと作品が並ぶんだけど、すばらしい作品に対してコレクターの人が「色違いはないですか?」と聞いたりするの。

室谷 「色違い」って……。

中村 もんちゃんも何度も言われたよ。イラストのお仕事なら対応するけど、作品はさ、生きていくために必要だからつくるものでしょ。その1点がすべてなのに!他のアーティストの作品だって、魂を救われた大切なものだから、もんちゃんはお守りみたいに持っている。だけどそのコレクターたちは、そうじゃない。「あなたが描いたという証明書を付けてくれ」とも言われて、「絵にサインがあるじゃん!」と思うけど、商品として見ている人には必要なんだよね。

アートフェアに行くと、自分が崇高だと思っていたものが全く違うふうに扱われていた。お金は手に入ったけど、かなり傷つきました。

室谷 国内の仕事でのストレスと、海外のアートフェアでのモヤモヤと……。うまくいっているように見えて、どちらも本当はしんどかった。

中村 人生でいちばんお金が儲かった時期だったけど、このままじゃいけないと感じていました。お金が儲かること自体は、心の癒しになっていたと思う。ずっと疎外感があったのに対して、「もんちゃんだって稼げるんだ!」と世の中を見返せたから。でも一方で、そういう自分が嫌になったりして。当時は心の振り幅が大きく、ぐっちゃぐちゃだった。

そんな中、ずっと構想していた写真集の制作を始めました。きっかけは、友達の出産シーンを撮影したこと。ドキュメンタリーとして、全部撮らせてもらったの。人づきあいが傾いてて難しいもんちゃんが、ついにここまで!と感慨深かったです。だって信頼がないとできないことでしょ。ましてや作品として世に出してもいいよ、とまで言ってもらえて。

中村 撮ることの責任ってすごく大きいと思う。どんなにいい写真を撮っても、そこには被写体への暴力が発生するから。しかも出産シーンの撮影は両親の許可を取っているけど、生まれた子の意思ではない。だから、その子が大きくなったときに、恥じない人間でいたいと思った。そのこともあって、写真集をつくり始めました。撮り溜めていた写真を1作目、出産のドキュメンタリーを2作目にし、三部作の構想を立てて。

そして1作目の『Silence』がもうすぐできるというときに、東日本大震災が起きた。直後に原発事故があって社会が混乱に陥り、もんちゃんは「あっ、この世界が終わった」と思ったよ。悲惨であると同時に、「もう表面的なことをとりつくろうのはむりだ。そんなことしなくていい」とも。

それでみんなが「原発どうする?」「放射能は!」と言っているときに、もんちゃんは写真集のことを一生懸命考えてた。印刷会社の東北の工場が被災してしまい、急遽、関西で手配をして、なんとか本ができあがったの。計画停電中の真っ暗な、人気のない新宿の街で個展を開いて、それがすごくよかった。

室谷 震災直後は、社会全体に無常観が漂っていたよね。あの感じと『Silence』はすごく合っていると思う。

中村 誰かにわかってもらおうと思ってつくった写真集ではないのに、共感する人が多かったよね。会場に来た人がすごく色々話してくれた。それはあの時期、みんなが不安定な日常を送っていたから。生まれて初めて、もんちゃんの「不安定の安定」という感覚をみんなも味わっているんだと思うと、すーっと心が安らかになった。

以前はつくる衝動に“怒り”があったけど、それを機に完全になくなっちゃった。自分のことも「もんちゃんはよく頑張った」「えらい」って認めてあげて、そしたらなんか、ポヨヨンとしちゃって。

室谷 その後につくった写真集の3作目『Daylight』からは、優しい視線を感じます。

中村 肯定しているよね。もともともんちゃんは、「みんな生まれてただ死ぬだけ」という死生観が強くあって、アリンコもお花も猫ちゃんも人間も、存在としては一緒なの。

室谷 命であることに変わりない。

中村 そう!全部が同じ存在。そういう自分にとっての普遍を、作品の中で語りたい。自分に見えている美しさを束ねたいという気持ちはずっと変わりません。

でも震災のタイミングで1作目が世に出て、みんなと「不安定の安定」を分かち合ったことで、いい意味で諦めがついたんだろうな。なんかすっきりしちゃった。「きれいごとの世界はもういいや。これからは、本当にきれいなものだけを見ていこう」って。

(つづきます→「生きるためにつくることが必要な人」を探す旅

※写真はすべてこのインタビューに出てくる写真家の中村紋子さん@ayaconakamura_photostudio によるものです

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