見出し画像

#38 兼業生活「生きるために必要だから、つくる」〜中村紋子さんのお話(4)

「生きるためにつくることが必要な人」を探す旅

室谷 震災後に「いい意味で諦めがついた」というもんちゃんですが、そこから仕事のやり方を変えたのですか。

中村 自分に合わないと思う仕事からは、意図的にフェードアウトしました。とはいえ、すぐにはやめられないので、3年くらいかかったかな。

そこからの仕事は、「生きるためにつくることが必要な人」と一緒にやりたかった。思い浮かんだのがアール・ブリュット(*)で、当時アーツ千代田3331にあった障がいがある人のアートを支援する会社の事務所に「どこか面白いところはありませんか?」と相談に行ったの。そこで、仙台にある「多夢多夢舎中山工房」を紹介されました。

(*)美術の専門的な教育を受けてない人々による、自ら湧き出る創造性をパワーに創作された作品の総称

中村 多夢多夢舎中山工房に行くと、みんながいろんなものをつくっているんだけど、それはいわゆる「美術」のためじゃない。「創作」「表現」みたいな意識でもないんだよね。じゃあなんでつくるのかというと、その施設には人と関わるのが好きな人が多い。人と遊ぶために、ものづくりすると楽しいんだと気がつきました。

これはいいなと思って、ちょうど毛皮リメイクの会社TADFURの松田真吾さんが「使い終わったトワル(デザインサンプルの服)を活用したい」と言っていたので、「一緒にやろう!」とプロジェクトを立ち上げました。

中村 もう一つ、岩手県の越喜来地区にある震災資料館「潮目」に通って、本をつくりました。越喜来は、たまたまそのとき仕事をしていたデザイナーさんの同級生の実家があった。震災の年の夏にお手伝いに行ったんだよね。そのときに「もんちゃんにめっちゃ合いそうなおじさんがいるよ」と言われて、訪ねたところが潮目でした。

そこでは、みんなから「わいちさん」と呼ばれている片山和一良さんが、津波で流された家のガレキを使って、子どもの遊び場を兼ねた震災資料館をつくっていました。それが、予想以上にすごいもので……。

わいちさんがつくった震災資料館「潮目」

中村 わいちさんは、美術には全く関心がない。ひたすら地域の子どもたちのためにつくっているんだけど、「これは本物の美術だ」とびっくりした。クリエイティブの力があって、「必要だからつくる」ことの強さを思い知りました。

室谷 必要があってつくったものが、楽しかったり、心打たれるものだったりする。そういう人たちと仕事をすることで、もんちゃんは原点に戻れたのかな。

中村 本当にそう。ものをつくる人には誰しも、原点があると思う。でも接してないと、すぐに忘れちゃう。そして、気がついたら自分らしさを発揮できなくなる。そういう大人をいっぱい見てきたよ。

室谷 ちょうど坂口恭平さんのTwitter(X)で、「僕は安藤忠雄の初期作品、無名の時の作品群が好きで、でも後に売れて、馬鹿みたいな建物しか作れなくなった(略)」というのを読んだところで、頭に浮かんじゃった。

室谷 初期衝動を忘れちゃうのって、誰かに認められて有名になっていくことを、階段をのぼるみたいに思うからじゃないかな。

中村 そうね、認められるのは嬉しいからね。でも共感されるって、実は劣化の一種じゃないかと思っているよ。ほとんどの人は、共感されて喜んでいるうちに劣化していく。そう思わない?

室谷 うーん、確かにそうかもしれない。ジェンダーの話もしていいかな。20代のころ、自分に合わないやり方でむりをして働いていたことを、「男だったらもっと早く諦めがついたかもしれない」と前に言っていたよね。「自分の苦しみはジェンダーの問題でもあったと、最近気がついた」って。

中村 若いころは、女性であることを諦めてないからさ、なんか「役割」をがんばってこなそうとしちゃわない?状況を察して話を合わせるとか、さっとお茶を出すとか。もんちゃんは全くできなかったけど、もし男だったら、そんなこと気にしなくて良かったのかも……と今は思う。男の人の方が、個として過ごしやすい気がする。

室谷 それは本当に、日本の社会における刷り込みだよね。女性は最初から「気が利く」「状況を察する」などのイメージを押し付けられている。私も気が利くタイプではないから、その気まずさがよくわかるよ。でも、本来はそういうことを「できなきゃいけない」って思うこと自体が変だし、できないことに苦しむ必要なんてないんだよね。男女関係なく、できる人がやればいいだけ。そのことに気づくのに、私もかなり時間がかかった。

中村 本当だよね。その頃、写真界では仕事で成功して結婚して子どもを産んで……という超パワフルな女性たちが活躍していた。とてもじゃないけど自分が同じようにできると思えない。むりなのに、「あれもこれもこなせなきゃ、やっていけないんだ」と必死でがんばって、あの強迫観念は何だったんだろう?と思うよ。「男の人はそこまでやらずに済んでいるよね」ってことに、なんで思い至らなかったんだろう。

室谷 日本の社会が良くなっているとは全然思わないけど、唯一ジェンダーに関しては、かなり意識が変わってきているよね。以前より、男性が下駄を履かされていることにはっきりと疑問を呈する人が増えてきた。そこに関してはいいことだと思う。今回、「生きるために必要だからつくる」という言葉が何度も出ました。もんちゃんにとって、つくるってどんなことですか。

中村 すごく自然なことだよ。小さい頃から手を動かすのが好きで、たまたま絵が近くにあったから、描き始めただけ。野菜をつくるのも、料理をするのも好きだし、アウトプットは何でもいい。ものをつくる上では、カテゴライズとかあまり意味がないよね。絵も写真も園芸も料理も、全部つくることだから一緒だよ。まず、頭にイメージがパッと浮かぶ。それを形にするのが楽しいんじゃないかな。

(取材を終えて)
20代、30代の頃はどうしても、社会や人からの評価で自分の幸せを測りがちです。でもそのまま40代になると、心身ともに「むりにがんばる」ことがキツくなる。どこかで自分の楽なやり方、本当に心が求めていることを見つけていかないと、ドーピングはいずれ効かなくなる……。

私も実感しているからこそ、もんちゃんの話は頷くことばかりでした。そして、いまのポヨヨンとしたもんちゃんである以前の“苦闘”について、率直に話してもらったことに感謝します。これからもどうぞ、よろしくね。

(お知らせ)
もうすぐ、もんちゃんこと中村紋子さんの久しぶりの個展 「ノート」が開かれます。若い頃に「そのままの自分のものづくりを受け入れてくれた」という、B GALLERY。そこから独立した藤木洋介さんが営む“Roll”という場所で、どんな展示が行われるのか、いまから楽しみです。関心がある方はぜひ、足をお運びください。

中村紋子 「ノート」
会期:
2023年11月10日(金)〜 12月2日(土)13:00-20:00<月曜・休>
場所: Roll 〒162-0824 東京都新宿区揚場町2-12 セントラルコーポラス No.105

(この回はこれで終わりです)

※写真はすべてこのインタビューに出てくる写真家の中村紋子さん@ayaconakamura_photostudio によるものです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?