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#40 兼業生活「わたしのちっちゃい関心ごとを、社会にひらく」〜丸山里美さんのお話(3)

日本の調査にひそむ、ジェンダーバイアス

室谷 最近は「世帯の中の貧困」をテーマに、調査・研究をなさっているそうです。その内容についても教えていただけますか。

丸山 きっかけは、東京で困窮者支援を行う認定NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」の調査に関わらせていただいたことでした。

(この調査は『貧困問題の新地平 もやいの相談活動の軌跡』という本にまとまっています)

この調査では、2004年から2015年3月までにもやいの生活相談に訪れた人たち3267ケースの相談票を分析しました。そのなかで男女の特徴を見ていくと、男性はホームレス状態の方が多いのに対して、女性は相談時には実家や結婚相手との家に住んでいる方が多い。日本の貧困率は女性の方が高いので、女性の相談者の方が困窮しているのではないかと思っていたのですが、意外なことに、家も所得も男性よりも余裕がある方が相談に来ていたんですね。

一方で女性は健康状態、とりわけ精神の不調を訴える方が多い。「家庭内でDVを受けている」「職場でハラスメントにあった」など、背景に暴力の問題があることが多いこともわかりました。夫に収入があって、統計を取るとお金があるように見えるのですが、「夫が十分な生活費を渡してくれない」という、経済的DVを訴えるケースもありました。そうなると、世帯収入で見ると貧困の定義にはあてはまらなくても、妻と子どもは実際には貧困状態になってしまう。離婚や別居をした場合も、収入の少ない女性へのダメージが大きく、貧困を恐れて家を出られない女性が多く存在するのではないかと思います。

このようなケースを見ながら、女性の貧困問題を世帯単位で見て統計的に把握するのは難しいと感じました。ホームレス研究が男性中心であったことに女性ホームレスの調査をして気づいたのと同じで、貧困の捉え方そのものに、ジェンダーバイアスがかかっていることに気がついたのです。

具体的にいうと、日本政府が定義する貧困率は、「世帯の可処分所得を世帯人数の平方根で割った中央値の50%(貧困線)に達しない世帯員の割合」。ここでは世帯単位の所得がベースにされていて、さらに、世帯のメンバーに所得が均等に配分されているという暗黙の前提があります。この定義では、夫に一定以上の収入がある限り、経済的DVは捉えられません。このように、最近は貧困の捉え方にあるジェンダーバイアスの問題と、そのことで見えなくなっているものについて関心があります。

室谷 家事労働がGDPに反映されてこなかったのと同じような状況が、貧困の捉え方でも起きている。

丸山 それで言うと、貧困を捉えるときに無償の家事労働をどうやって反映させるかということにも、関心があります。最近は「時間の貧困」が注目され始めていて、女性の問題を考えるときに重要な視点だと思っています。

室谷 「時間の貧困」というのは、自分の時間が少ないということですか?

丸山 貧困研究の文脈において重要なのは、お金と時間の関係性です。お金がない分を、時間を使ってカバーできることって結構あるじゃないですか。電車賃を浮かせるために歩く、既製品を買わないで手作りするとか。最近では、貧困か貧困じゃないかの線を引くときに、そういう時間を加味するというやり方が出てきています。

具体的には、まず毎日の生活に最低限必要な時間を計算します。例えば、睡眠に7時間、ご飯を食べたりお風呂に入ったりするのに1時間半、小さい子どものケアでプラス2時間というふうに。24時間からその時間を引いた残りを全部労働に費やしたとして、それで貧困線を越えるかどうかを計算する。そうするとたとえば貧困線を越える収入のあるシングルマザーの方が、最低限必要なはずの自分の時間を削って働くことで、ようやく貧困線を越えているなど、これまでと違う実態が見えてくるんです。「時間の貧困」の概念は、ジェンダーの視点から貧困を捉えるために重要だなと思います。

室谷 「世帯の中の貧困」や「時間の貧困」を加味して貧困を捉えるというのは、すごく興味深いですね。でも、調査のハードルが高そうです。調査・研究は進んでいるんでしょうか。

丸山 残念ながら、日本ではまだあんまり……。私ももっと頑張らなくちゃいけないんですけど。英語圏ではほかにも「世帯の中の貧困」をとらえられる調査研究が進んでいます。たとえばヨーロッパでは人びとの貧困を把握するために、貧困率と同時に「剥奪指標」という数値が公式に使われています。

剥奪指標というのは、まず、人びとが「標準的な暮らしに必要だと思うもの」について、多くの人が同意したものをリスト化します。「2日に1回、タンパク質を含む食事を食べられる」「冷暖房を使える」「家に車がある」などの項目があり、そのうちの「お金がなくて実現できないもの」がいくつあるかを数えていく、という方法で測定します。

この指標はもともと世帯単位だったんですが、フェミニストの研究者たちから「世帯単位では、女性の現実が反映できない」と批判が出ました。「家に車はあるけれど夫のもので、妻は使えない」「夫と子どもに食べさせるために妻は食事を我慢する」というようなケースがあるからです。そこでいまは世帯単位だけではなく、個人単位の指標も併用するように変更されています。このような発想を海外から学びつつ、まずは理論的に、日本の貧困の捉え方へのジェンダーバイアスをどう減らしていくかを考えているところです。
 
その一環として、2023年度から学生たちと、ファイナンシャルダイアリーという調査手法を試みています。低所得の方に数ヶ月間家計簿をつけてもらい、定期的なインタビューを繰り返すというもの。家計調査は昔からある調査手法ですが、たとえばここに「誰のための消費か」というような質問をインタビューとして組み込むことで、ジェンダーによる世帯内の資源配分の不平等の問題を明らかにできるのではないかと考えています。

調査は大変ですが、興味深い点もいろいろとあって。世帯に入るお金ひとつ取っても、誰が稼いでいるかによって家族の意識が違うんですね。インタビューでは少額の謝金をお渡しするのですが、専業主婦の方は夫の給料は「夫のもの」、自分がもらうその謝礼は「自分と子どものもの」とおっしゃっていて、驚いたりもしました。すごくミクロな調査なんですけど、新しい発見が多くて面白いですね。

(つづきます→「わからなさ」を引きずって、見えてくるもの

※写真はすべてこのインタビューに出てくる写真家の中村紋子さん@ayaconakamura_photostudio によるものです

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