育児日記 母親のフェーズの変化

子どもを産んだ後、母親の急激な変化は面白い。
身体もそうだけど、気持ちも。
私は母乳が出る方だったので、胸が見事にパンパンに張っていた。そして母乳を生産するから、いくら食べても太らなくなった。
子どもが飲まずにいると、痛いなんてもんじゃなく胸がガチガチになるのでそれは苦痛だった。
気持ちも変わった。この世で一番大切な息子がいる。それは私を色んな意味で強くした。
私は自分に自信がなく自分が嫌いだった。でも、息子が生まれた。私が自信がなくて、自分のことを嫌いだったら、息子に自信をもってね。とも自分のことを好きになることが大事だよ。なんて言えないな。そう思った。
だから、まず自己否定して生きるのをやめようと思った。
これはいい意味での強さで、悪い意味での強さもある。
産後からの私は、ひどく合理的であった。
一緒に暮らす家族、夫や祖父母、曾祖母に対して厳しかったと思う。
言い訳がましく聞こえるが、それは紛れもなく、一心に「子供のため」であった。

息子が世界で一番大切で、与えられるものは何でも与えてあげたいし、できることは何でもしてあげたい。そして息子に幸せな人生を歩んで行ってほしい。
子どもを産んだ母親が、こんな風に思うことはきっと多いのでは?
私もその一人で、産後から、突然脳や思考回路が大きく変わってしまったかのように私にとっての世界の中心は息子にとって代わった。
産後に出る変なホルモンの影響なのか、女性脳の影響なのか、その激しい母性を生み出すものの影響は、息子が4才になった最近まで続いていて、私をこの世で一番幸福な気持ちにし、この世で一番どん底の気持ちにもさせた。

私の母性は、「息子や私を少しでも脅かす存在は全て敵だ!」と思い込んでしまうくらいに激しかった。
母親になった私は、「子供とって良いこと」を求め続けた。
食事も、遊びも、睡眠も、生活リズムも。見るもの・触れるものすべて、息子のために良いものを選んで与えたい。そう考えていた。

私は両親と祖母もいる4世代で同居して暮らしていた。
当然それぞれの考え方・価値観・暮らし方がある。
その中で、私の願望を完璧に叶えることは無理。
それぞれの価値観・生活スタイルがある中で、「赤ちゃんが生まれたから赤ちゃんに合わせて暮らしてください。」は難しいことなのだ。

私だってそんなこと頭では当然分かっている。でも母性がそれを許さなかった。
食事の時はテレビを消して!20時には寝たいの!甘いものは控えめにしたい!赤ちゃんのための細かくて繊細なルールを分かってほしかった。
こんな無理な要求も頭に浮かびつつ、一方ではみんなに窮屈な思いはしてほしくない。家族みんなで楽しく暮らしたいという思いもちゃんとあった。
でも赤ちゃんのことも大切にしたい。
その狭間の中で、答えが見つけられず、苦しんでいた。

家族みんなのことを考えて、赤ちゃんのことを勉強しまくって、みんなが窮屈じゃないようにいろいろ考えた。そうすると自分の中では何となくこうしたらいいんじゃないか?という方法が見えてくる。でも共有が難しい。ここまではいいけど、ここからはダメ。その繊細で独自な境界線が私の中だけには明確にあるのだが、他の家族にとっては分からない。いくら説明してもいまいち理解してもらえない。
「私はこんなに赤ちゃんのことも、みんなのことも考えて頑張っているのにどうして誰も理解してくれないの!」
そんな感じでいつもフラストレーションを抱えていた。
そしてそんな自分をいつも責めてもいた。
どうしてもっと穏やかにいられないんだろう。
どうしてもっとみんなと仲良く過ごせないのだろう。
自分がこんなじゃ、一番赤ちゃんにとって良くないじゃん。。。
みんなの目から見たら、私はいつも怒っていたと思う。
私も、ただ、赤ちゃんが大切で、家族が大切なだけなのに、上手く出来ない。きつかった。

赤ちゃんだった息子も4才になった。産後母親という役割をもらって、急激な体と気持ちの変化があってから4年がたった。
最近、当時のことを思い出した。
今の自分と当時の自分を比べると違う人みたいで。
子供が大きくなって、自分で自分のことを話すようになってきて、自分のことを自分で出来るようになってきて、命を生かすというプレッシャーから少し解放されて、自然と今度は自分自身のことを考えるようになってきた。「こんなに育ったから自分自身のことを考えても大丈夫だ。」という余裕が生まれてきたのだ。

息子と私を脅かす奴はみんな敵!であった当時の私を振り返って、ひどく恥ずかしく、ひどく情けなく、カッコ悪いのだけど、でも文字通りの全身全霊で、子供に向き合って、全身全霊でこの子のお母さんになろうをしていた。そう思うとその過去の私に、「よくがんばったね。」といってあげたい気持ちいっぱいになった。

人の子も自分の子に思える程、有り余っていた母性。
外に出かけ、よその家の赤ちゃんでもすごく気になって目に留まって、笑っていたら嬉しくて、泣いていたら自分のこと以上に心配になって。
子どもの幸せのためなら何でもしたくて、勉強も遊びも食事作りも全力でやった。自分の子だけじゃなくて、自分の子じゃなくても困っていたら助けたくて、勉強してまで子育て相談や預かりをやって。
子供のとって少しでも楽しくて充実した時間を過ごしてほしくて。

がんばったよ、私。がんばった。

子どもを産むと、自分じゃないみたいな自分になるけど、それも私だった。
一生懸命やって、いろいろあったけど総合的に振り返って考えたら、やっぱり育児が楽しかった!って自信もって言える。

育児は、きれいなもんじゃない。
汗と涙と泥にまみれるから楽しいのだ。

これからももちろん、何かしらまみれの育児だろう。
でもなんか、フェーズが少し変わる段階なのかなと感じている。
子離れの第一フェーズ。
息子の成長に合わせて、私の人生のフェーズも変わる。

子どもに振り回されずに、自分自身を生き抜くこともかっこよくて素敵。
バリバリ働いて、子供に仕事する姿を見せれることにもあこがれた。
私はそういうタイプじゃなかった。
子どもに合わせて、いつも子供中心で、育児を味わい尽くしてきた。
自分軸がないと思うかもしれないが、実はこれは自ら考え、自ら選択した自分軸での子供中心生活なのだ。
この世界で一番大切な息子との日々を味わい尽くせること。
息子に足並みを合わせて、息子の成長を見届け、息子の後を追うように自分の人生が変化していく。
それもまた、他の生き方では、経験することが出来なかった充実感があった。

息子にとっては迷惑なのかしら?側にいすぎてうざい?母の狂喜乱舞(笑)に触れ過ぎてきつい?
ゴメン。でも母は、それでもあなたを世界で一番愛してます。
全身全霊を受け止めてくれた息子。私のエゴを許してもらっていたのかもしれないな。とも思う。
そんな日々を与えてくれたあなたに本当に感謝です。

もう少し、母にお付き合いください。息子よ。
あなたが離れていく、その時まで。