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赤いジャケットに着換えること

特設サイトまで用意された『ごめんねFingers crossed』のMVは以下のような内容である。

ある海辺で密かに営業しているダイナー。
そこには日本中からスピードを競う走り屋たちが集まっていた。
車のチューニングと己のテクニック。
自分の目でみたレースの行方。
誰も信じてはいない伝説の加速。
「誰が一番速いのか?」
今日もこのダイナーで話が尽きることはない。

これは乃木坂46のための作品ではなく、「チーム戦のチキン・レース/大好きな映画ワイルド・スピードのオマージュ」という監督のエゴイスティックな作品にしか思えない。しかしながらセンターポジションに立つ遠藤さくらの衣裳がいい。あの赤いジャケットは活力を与えるものである。

色といえば、私はまず、日本の生んだ偉大な脳波学者・高橋剛夫のことを思い出す。脳波というものが光で「賦活」されるということは、医学生でも知っている。「賦活」とは、普段にない積極的な活動性を示すということだが、実際には異常活動である。誰も、光賦活について疑問を持たなかった。ところが、ストロボの光は混色光である。高橋先生は、単色光にしてみた。結果は明快だった。赤の単色光は脳を賦活する。(※1)

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『初めてのドライブ』と題されたスピンオフドラマのなかで、友人に「ドライブに行こうよ」と誘われた遠藤さくらは家を出る際に赤いジャケットを手にする。その時のアクションつなぎが小気味よい。

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「運転してくれる?じゃあ」「いいよ」という会話の後、ラジオから『ごめんねFingers crossed』が流れ始め、遠藤さくらは赤いジャケットを羽織り、車のアクセルを踏み込む。それはまさしく活力を得たような瞬間であった。

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遠藤さくらが演じた『わたしには、なにもない』という個人PVのなかで、彼氏の部活やバンドや友達との付き合いという充実した生活を見ることから寂しさを覚え、「わたしには、なにもない」と感じてしまう。

アイドルの楽曲としてレジスタンスの若者を演じる瞬間も、恋する少女を演じる瞬間も、そのつどアイドル当人のパーソナリティとフィクションとが共鳴しながらひとつの人物像を描き出し、互いを照らし合う。アイドルがある虚構を「演じる」ときに現出するのは、そのような生身とフィクションとの緊張関係である。演劇性に対してこまやかに向き合いながらコンテンツを生み出し続け、種をまき続ける乃木坂46の営みは、アイドルが「演じる」ことの可能性を、いくつものかたちで示している。(※2)

虚構の役柄が引き受ける生とそれを演じるアイドルの身体が二重写しになることによって固有の表現となっていく。だから遠藤さくらには、なにもないということをインタビューで語っていた。

まず、自分は何色だと思いますか?
「自分は……白。自分の性格とかをいろいろ考えてみたら白なのかな、何色でもないのかなーって思うので、白です」。
白は、純粋さや清純の象徴でもあります。
「自分の中では、そういう意味やイメージで白だと思うわけではないです。ただ何色でもないというか、本当に何もないので」。(※3)

このとき遠藤さくらは白色であり、なにもないと評価をしていた。そして『ごめんねFingers crossed』のセンターポジションに選ばれたときの想いをブログで言葉にしていた。

不器用だけど、
今は不器用でも、自分なりに道を歩き続けて今の自分と違う自分に出会えるのならば、その日まで全力で歩き続けたい。
違う自分に少しでも出会えるような期間になればいいなと思うし、
乃木坂が大好きで、今回のシングルも絶対良いものにしたいと強く思っているので、私も精一杯の努力をします。
今回の期間を頑張らせてください。
27枚目、どうかよろしくお願い致します。(※4)

遠藤さくらは『ごめんねFingers crossed』ともに歩み始める。

賀喜 『夜明けまで強がらなくていい』でセンターだったときは、ひたすら耐えている感じがしたけど、最近のさくちゃんはわりと感情を表に出している気がする。
遠藤 前回は初めてのセンターでわからないことだらけだったし、先輩ともまだ深い関係が築けていなかったし。そんな状態で、入ったばかりの新人が感情を出していいのかな?と思ってしまって…。ずっと感情を抑え込んでいたので、現場で泣くこともなかったんです。でも、あれから2年経って、先輩とも関係が築けたおかげでちょっと安心したのか、ふだんの自分らしくいられるようになったから泣いちゃったり、感情を素直に出せるようになったのかなって思います。(※5)
——どんな感情が強く湧き上がってきましたか?
遠藤 いろんな感情があったけど、でも、一番出ていたのは「悔しい」っていう感情だったと思います。「できないから嫌だ」ではなくて、ちゃんと「悔しい!」って気持ちになれたのは、すこし成長できた部分なのかも。(※6)

遠藤さくらの悔しさとは何か?

今日で乃木坂46は10周年を迎えました。今のわたしは乃木坂に貢献できてることが……貢献できていなくて、何か少しでも貢献できることを見つけたいと思って頑張って探したりするんですけど、結局自分に何ができるのか分からなくて見つからなくて出来なくて、情けない弱い自分が本当に悔しいです。10年目を迎えた今、頼ってばかりじゃ駄目なのは分かってます。自分で踏み出して行かなきゃいけないのも分かってます。次の曲をやる度にそういう覚悟じゃないけど、思いが芽生えたのは本当だし、ずっとそばで支えてくれてる先輩方・同期のみんながいれば、どこまでも頑張っていける気がします。そして今日は乃木坂46の結成日です。先輩方が築き上げてきてくださった乃木坂46が大好きです。わたしも早く力になれるように、追いつきたいです。(※7)

遠藤さくらは覚悟を決める。なにもないという意味での白いTシャツの上に、活力を与えるという意味での赤いジャケットを着る。

「着換えること」もまた、変化と運動とを物語に導入するのだ。(※8)

だから赤いジャケットに着換えることで、乃木坂46に貢献する力=『ごめんねFingers crossed』のパフォーマンスは始まる。遠藤さくらが乃木坂46の精神性を受け継ぐ。新しい形を見せて、伝統も大事にする。誇りを持って見せられる今のカタチこそ、『ごめんねFingers crossed』である。

衣装は赤色
赤好き!
パンツスタイル、動きやすかったです。(※9)

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(※1)中井久夫『アリアドネからの糸』

(※2)香月孝史『乃木坂46のドラマトゥルギー 演じる身体/フィクション/静かな成熟』

(※3)B.L.T.2021年3月号

(※4)2021/04/19 遠藤さくら 公式ブログ

(※5)Platinum FLASH Vol.16

(※6)BRODY 2021年12月号

(※7)真夏の全国ツアー2021 ~福岡公演~ DAY1

(※8)蓮實重彦 『監督 小津安二郎』

(※9)2021/05/17 遠藤さくら 公式ブログ


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