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当事者意識のない”親戚おじさん現象”はどこからやってくる?

とっても恥ずかしい話なのですが、妻から「あっちゃん、こないだ親戚のおじさんみたいだったよ」と言われたんです。

なにが起こったのか?

話はゴールデンウィーク最終日にさかのぼります。

その日は朝から子どものアレルギートラブルが起こり、緊急外来で診てもらったりと慌ただしい一日を過ごしていました。

ヘトヘトになった夜、4年生の長男のECCの宿題のチェックをしていたんですが、読めない単語があってベソをかいていた彼についこう言ってしまったんです。

「ECCなんか通っていたって、英語はできるようにならないぞ」

ぼくとしては、「興味の持てないコンテンツ(ECCのDVDやテキストは恐ろしいほどつまらない)を無理やり消費してもイヤになるだけだから、自分が興味を持てるコンテンツを英語で見た方が単語は覚えられるよ」と言いたかったのですが、言葉があまりに悪すぎました。

ストーリー性のない単語を丸暗記しようとしても覚えられないし(若いからぼくより子どもの方が覚えるんだけど)、絶望的につまらないECCのDVDのドラマを見てもなにを言っているか知りたいとは思えないから(子どもは物珍しいから見ていられるけど)、だから「ECCの勉強だけしていても」英語はできるようにならないと言いたかったのです。

これはぼく自身がそうだったから、つい言ってしまったのもあります。

その後、単語の勉強がイヤになった長男と海外向けポケモンオフィシャルYouTubeチャンネルとか、ポケモンコラボYouTuberの動画を見ていたのですが、ぼくらから3メートル離れた場所にいた妻は、ぼくの言葉がずっと頭に残っていたようでした。

(ECC”なんか”とはどいうことだ?)

そのとき、妻はなにも言わなかったのですが、翌日の夜、妻はこう切り出しました。

昨日のあっちゃんの言葉がずっとモヤモヤしてるの。ECCに通わせるというのは、私たち二人で決めたよね?英語を話せるようになって欲しいじゃなくて、「英語が楽しい」という感覚を持ってもらえればいいと思ってそうしたよね?

先生がとっても楽しい人で勉強っぽい感じじゃないのも決め手だったよね。私たち二人で決めたことなのに、ECC”なんか”とあっちゃんは言った。まるでよく知らない親戚のおじさんみたいだったよ。

よく知らない家庭のことに勝手に首を突っ込んで、好き勝手言っていなくなる親戚のおじさん。

週に2回、あの子たちの送り迎えを私はしていて、別の曜日にあの子達が通ってるから何往復もしてるの。それは大変だけど、クラスが終わるとあの子達はいつもいい顔をしてて、先生もとっても面白い人で、いつもあの子達を楽しい気持ちにさせようとしてくれてるの。

毎週送り迎えをしていて、家事もあったり、三男の面倒もあって大変なのに、なのにECC”なんか”と言われて悲しかったの。

ぼくはなにも言えなくて、ただ、「そうだね。その通りだね」しか言えませんでした。妻の努力も、子どもたちの成長も、先生と子どもたちの絆も、ぼくはよくわかっていなかったんです。

語学学習のためには絶対量と好奇心が必要なことは確かだと思いますが、問題はそこではありませんでした。

ぼくはこの件に関して、あまりに関わってなさすぎたのです。送り迎えは妻がやると言い、平日の宿題のチェックも早く終わらせたいから妻がやると言い、先生とのLINEでのやり取りも妻にまかせていました。

二人である程度話し合って、ECCに関しては(他のことでも多いけど)妻の負担が高くなることはぼくらは承知の上でした。

そこも大きな問題ではなかったんです。

問題はECCにまつわる子供との関わりへの熱意の差が、あまりに開いていたことです。いつの間にか、ECCに関してぼくから当事者意識が抜けており、妻との目線が大きくずれてしまっていたのです。

その結果「ECC”なんか”」という言葉を使うことになり、ぼくは知らない親戚のおっさんへと変わってしまいました。

関わりの欠如が当事者意識の欠如を生んだのです。

とはいえ、妻と同じ量の関わりをすることができないことは妻もわかっています。そこはお互いに承知の上です。その上で、ぼくができる関わりの時間を増やすことにしました。

具体的には土日の宿題のチェックです。これがなかなかやらないんですよね。子供らはすぐに遊びたいので「あとでやる!」と言うのですが結局やらずに月曜に持ち越され、月曜の夜に妻がイライラしながらチェックすると言う流れになってしまうわけです。

なので、土日の宿題のチェックをぼくがすることで月曜以降の妻の負担を減らすことができ、ぼくは関わり時間を増やすことができるわけです。

いまぼくらは、ぼくがフルタイムで働き、妻が午前中のみ働き、妻が家事や育児を多めに負担するスタイルになっています。

このスタイルを選択したこと自体は、二人とも合意なので後悔はしていません。ですが、妻の家庭内負担が高いことは確かなのでストレスは溜まりやすくなり、ぼくが思いやりのない言動を取ればますますストレスは増大していきます。

このバランスの取り方は難しいところですが、たとえ妻の負担が高い業務(今回のECCのように)であっても、親戚のおっさんのように言いたいことだけ言っていなくなるだけじゃダメなんですよね。

自分の業務量が低くても「習い事などの家庭内業務は他人事ではなく、二人毎であり、二人にとっての課題であること」は忘れちゃいけないなってことなんだと思います。今回はそれをすっかり忘れていたんです。

まさに、家事シェア研究家の三木さんがおっしゃる家事の「シェア」ですね。ぼくら二人が家事や育児を「共有」しているということ。どちらか一人だけの持ち物じゃないってことですね。

今回はそれを思い知らされた出来事となりました。

ちなみに、Voicyではオキシトシンさんからこんなコメントをいただきました。

「通りすがりのおじさん」にめっちゃ笑ってしまいました。とはいえ、ぼくも他人事じゃないですね。妻から「通りすがりのおじさん」と思われないよう、気を引き締めていこうと思います。

この話はポッドキャスト「アツの夫婦関係学ラジオ」でもお話ししています。通勤や家事のおともにぜひ。

#S16 親戚おじさん現象に気をつけろ!当事者意識の欠如は関わりの欠如が原因!

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