夫が気持ちを察してくれなくて困っているあなたへ
こんにちは。
「夫が気持ちを察してくれなくて困っている。」
そんなことってありますよね。
思った通りに動いてくれなかったり、こちらの気持ちに配慮してくれなかったり。
夫婦喧嘩につきものですよね。喧嘩の原因としてはもっとも多いんじゃないかなって思います。
今日は「なぜ、夫は妻の気持ちを察することができないのか?」について、お話ししたいなと思います。
「夫が察してくれなくて困っている」という方の参考になれば幸いです。
「自分は正しい」と言い続ける男の世界
ぼくは新卒で呉服屋に就職し、呉服の販売員をしていましたが、2年目の夏に会社が倒産し、いきなり畑違いの商社に転職しました。
昨日まで年上の女性たちを相手に呉服の販売をしていたのに、突然男だらけの「ザ・ビジネス」な世界で働くことになったのです。
そこは感情や情緒が必要とされない世界であり、論理性と男らしさが生き残るために必要となる世界でした。
のんびり草を食んでいた子羊が、羊の群れから狼の群れに突然投げ込まれたようなものです。
(商社マンってカッコ良さそうだな)
(大学の同級生も働いているし、なんとかなるだろ)
と、軽い気持ちというか、なにも考えずに転職してしまったのですが、今まではまったく違う世界に入ってしまったことにすぐに気がつきました。
それまでは、人の感情に敏感になり、その感情に沿って動くことを仕事にしていたのですが、新しい会社でそんなことをしていては利用される側に落とし込まれ、あっという間に鬱になってしまいそうでした。
ぼくが転職したその企業は、粉体機器と呼ばれる機械(物質を粉末にしたり液状にするための産業用機械)を専門に扱う商社でして、ドイツや日本の工場で作られた産業用機械を仕入れ、日本企業に売る仕事をしていました。
転職して一番最初に驚いたことは「誰も謝らない」ということでした。
みんな自分は正しいと信じており(信じ込んでいる?自分に言い聞かせている?)、なにか問題が起こると必死で誰かのせいにします。だいたい自分より役職が低かったり、年下だったり、会社間での立場が下の人のせいにします。
誰のせいにもできそうにないときは(どう見てもその人が悪いような場面でも)「社内のこの仕組みが悪い」などと、システムのせいにします。
呉服屋の時には、お客様がちょっとでも不快に思われたら、その気持ちに寄り添って謝ったり、また同僚の販売員の調子が悪いときは「なにかあった?大丈夫?」と声をかけお互いに気遣っていたり
いつ部下が好成績を上げて自分より出世するかわからないので、部下にも丁寧に接し、仕入れ先である作家先生の機嫌を損ねるともう売ってくれなくなるので、横柄な態度を取るわけにいかずといったように、誰に対しても大きな態度はとっていませんでした。
でも、転職先の企業ではそんな空気は皆無でした。
誰もが「自分は正しい」と、言葉と態度で全力で表現していて、他人の細やかな感情の機微を読み解こうとする人は誰もいませんでした。
隙あらば敵対している同僚や部下のせいにし、下請けに責任をなすりつけます。(いくつかの派閥があり、派閥内では共通の敵に責任をなすりつけていました)
ぼくは昨日の記事で、「察する」とは「妻のサインを見逃さないこと」だと書きました。
ですが、ぼくがこの会社で出会った男たちは、サインに気付こうともしない人達でした。
そもそもサインに気付けない。
気付いても気が付かないフリをして自分をごまかす
自分をごまかしているうちに、ごまかした方の感情を信じるようになる
そんな人たちで溢れかえっていました。
(これは、いったいなんなんだ?)
(これが会社ってやつなのか?)
(これが社会ってやつなのか?)
(これがビジネスってやつなのか?)
呉服を売ったことしかなく、パソコンでメールを送ったことすらなかったぼくは、仕入れ先のドイツ企業の担当者への返信メールを一通書くのに一日かけていました。
転職後にすぐに学んだことは、自分の気持ちに敏感になると生きていけないということです。
ちょっと辛いなとか、大変だなとか、この人と一緒にいるの嫌だなといった自分の感情に敏感になり過ぎると、自信を持って社内や社外の人間に向き合えなくなってしまうんです。
(どう感じるか?)ではなく(なにが起こっているか?)に意識を集中させないと、仕事を前に進めることができませんでした。
そうなると、相手の感情にも鈍感になっていきます。というかならざるを得ません。
「これをお願いすると大変そうだな」とか、「この値引きは言いづらいな」など、相手の感情に配慮しすぎているとこちらの言い分を通すことができなくて、逆にいいように利用されてしまいます。
呉服屋ではもっとも重要視されていた「察する力」が、その会社では命取りにつながったのです。
当時、上司が近づいてくるだけで手に蕁麻疹ができるようになりました。体がアレンギー反応を起こしていたのだと思います。
相手の感情を察知し理解した上で、相手が納得するような提案をする方もいましたが、そういった方はごく一部で、ほとんどの人は自分の感情にも人の感情にも鈍感でした。そして、ぼくもそこまで器用なことができませんでした。
そんな人たちが自分の妻の感情を察することができると思いますか?
ぼくはできないと思います。
もともと優しい性格の人であっても、こんな社会の中で生きていくうちにどんどん鈍感になっていくと思うんです。
ぼくはなかなかこの会社に染まることができず、成果も出すことができず、入社9ヶ月後に常務の一声で解雇され、すっかり自信を失ったぼくは転職先を見つけられず、しばらく日雇い肉体労働で食いつないでいくことになりました。
数ヶ月間、パチスロ中毒のバイトリーダーの下で、いくつもの工事現場で穴を掘ったり埋めたり、悔しい思いをしながら働いていたことを今でもよく覚えています。
男は察しないことで生きやすくなる
男性は察することができないというより、察しない方が会社で生きていきやすいので、あえて察しないことを選択をしているんじゃないのかなと思うんです。
察しないことが、会社で生き残っていく上での最適化された行動なのではないかと。
人の気持ちを察しないことで自分の心が傷つかないように、自分自信を最適化していったのではないかと思うのです。
(ただそれは、生き残っていくための最適化行動であって、出世のための行動にはならないと思いますが)
部下の感情に敏感になり、それぞれの部下に対して最適なマネージメントをする。
もしくは、取引先や商談相手の感情の変化に敏感になり、なにを望んでいるのか?なにを求めていないのか?を正しく把握し、お互いにとって有益な結論になるよう取引をすり合わせていく。
そんなことができる人は確かに存在するし、そうした方がいいとはぼくも思います。
ですが、個人的な感覚ですが、そんなことができる人はそこまで多くないのではと思うのです。
もちろん、業界によって働く人は全然変わるので、そんなことができる人だらけの職場もあるかもしれません。そういった男性たちにとっては「察する問題」は簡単に解決できることだと思いますし、そもそも妻から「察してよ!」と言われることも少ないでしょうね。
多くの男性は自分の精神を守るために感情にフタをし、自らの気持ちに鈍感になっていきます。そして、周りの人間の感情にも次第に鈍感になっていきます。
1日のほとんどを過ごす場所で、自分の気持ちを偽って暮らしているんです。
そんな世界で暮らしている人が、家庭で人の気持ちを察することができるようになるとはちょっと思えないですよね。
嘘に気が付かない男たち
呉服屋と一般企業で働く男性を比べたときに決定的に違うことは、一般企業で働く人は「嘘に気付きにくい」ということでした。
取引先や同僚と打ち合わせをしていて、ちょっとした違和感に気がつくことが何度もあります。
”あれ?基本的な前提条件が共有できてない?”
”お互いに分かり合えてない部分があるけど、この人分かったふりして話を進めてる?”
”それとも聞いてないふりをして話を進めようとしてる?”
相手の表情や声の調子からそんな様子が分かるのですが、それに気が付かない人が多いことにぼくは驚きました。
(もしかして基本的な前提が共有できてないかな?)
と思い、基本的な説明を念のためにすると上司から「君、そんな初歩的な説明は失礼だろ」などとよく言われていました。
でも、相手は明らかに分かっておらず、ぼくの説明を聞いて理解ができたことがなんどもありました。
相手も「分かってますよアピール」をするのですが、もうバレバレなんですよね。分かってないし、分かってないけど分かってないことがバレるとまずいと思ってごまかそうとしていることって、本当に多かったです。
これって、「自分についた嘘」に鈍感になってしまっていて、それゆえに相手の嘘にも鈍感になっているんじゃないかなと思うんです。
よく、女性は男性の浮気をすぐに見抜くけど、男性は女性の浮気を見抜けないって言いますよね。
あれも、男性が「自分で自分に嘘をつく習慣」があるために、人の嘘に気がつきにくくなっているんじゃないのかなって思うんです。
もっと素直な心で生きれば楽になれるのになって思うのですが、「察しないことが生きやすさにつながる」会社という組織の中では、それは難しいのかもしれませんね。
1992年に女性から男性への性転換を希望したオランダのある芸術家が、大量の男性ホルモン(テストステロン)の投与を受けました。
彼は自分に起こった変化について、こんな言葉を書き残しています。
私は自分をうまく表現できない。言葉を口に出すとつまづく。言葉の使い方が前よりも幅広くなく、前よりも直接的で簡潔になっている。言葉の使い方が変わって、前よりも具体的になっている・・・私は前よりも考えることが少なくなり、考えずに、前よりも早く行動するようになっている。
目で見えるものはじつに強烈だ・・・街を歩くとき、私はまわりのものを吸収する。私は芸術家だが、これはじつに強烈だ。幸福すぎる感じにさせられる。
しかし、悲しいことに全体像はわからない。私は今では、一時に一つのことをしなければならない。前にはいろいろなことを同時にできたものだが。私は今では微妙な手の動きができない。手に持っているものを落としてしまう。
私の空想世界の生活ははなはだしく失われてしまった・・・悲しいことだが。私は以前の生活を持ち続けていたかったのだが。
私は前よりも気がきかなく、視野がせまくなってきている。こんなふうにしてほしいとは望んでいなかったのだが、こうなってしまった。
(出典:「テストステロン 愛と暴力のホルモン」)
女性から男性へと変わって、初めて気がついた男の性質。
それは、自分をうまく表現できず、全体像をつかめず、気が利かないというものでした。
企業で働く男たちを見ていると感じるのですが、「自分をうまく表現できず、全体像をつかめず、気が利かない」男たちが作った世界で生きていくためには、同じような生物になるのがもっとも効率的なのかもしれませんね。
夫はどうすれば、察することができるようになるのか?
どうすれば、あなたの夫が「察する」ことができるようになるかですが、これは夫が自分の感情を表現する訓練をしていくしかないかなって思うんです。
「自分の感情を言わない」
「辛いときに辛いと言えない」
「自分の気持ちに鈍感」
「人の気持ちにも鈍感」
会社組織の中で生きていくうちに最適化されてしまったこれらの悲しい習性を、ちょっとずつ変えていくしかないのかなって。
これはわがままだと思われるかもしれないけれど、ちょっと辛いことがあった時に妻から「なにがあったの?なにがあったのか、どう思ったのか、全部話して。話していいんだよ」と言われると、すごい救われたような気持ちになるんですよね。
(ああ、自分は自分の気持ちを言っていいんだ)
まるで許しをもらったような気がして、自らをを縛りつけていたことに、そこで初めて気がつくんですよね。
誰からの許しなのか?
それは、もしかしたら「男らしく生きなければいけない」という思い込みや、組織で生きていくための無言の圧力や、男性ホルモンがもたらす自然現象なのかもしれません。
いずれににしても、ぼくら男性が知らぬうちに自分にかけている呪いですよね。
妻から気持ちを言葉にするよう促されると、自分の感情を話しやすくなって、そうすると妻の感情にもより配慮するようになる実感があるんです。
ですので、もしあなたの夫が、あなたの感情を察してくれなくて困っているようでしたら、夫の感情を解放させる声かけをしていただけると嬉しいです。
それだけで、男って変わりますから。
少しでもこの記事があなたのお役に立てたら幸いです。
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