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聖域

 首吊りの森でイワンは今日も人を吊る。
 朴訥にして敬虔な彼は生者も死者も冒涜しない。
 騒がしい者は静かにして吊るす。
 静かな者はそのまま吊るす。
 
 今日の罪人は後者だった。
 銀髪の小柄な少女は棺に入ってやってきた。
 珍しいことではない。
 この国の死刑囚は全てこの森に吊られるのだ。
 全ての木が使用中の間だけ、死刑は停止される。
 イワンが知るかぎり幸いそのような事態はなかった。
 ……幸い?

 外傷も腐敗も無い、綺麗な死体。
 綺麗すぎて死因すら不明だが、イワンにはどうでも良い。
 いつも通りに吊るすだけだ。
 いつも通りの、同じ日々。
 今日は南の端のイチイの木に。
 イワンは全てを一人でやる。
 棺と道具を台車に乗せて運び、木の根元で一休み。
 さあ、と立ち上がったその時。 

 どこかから、声がした。
「メトセラキス 再起動」
 イワンは、首を傾げた。
 ……少女が、彼を見ている。
 否。
 彼女を吊るすその木を見ている。
「ああ」
「また、ここか」
 歓喜も悲嘆も諦念も無い。
 ただ事実を確認するかのように。
 呟いた少女は、今度こそ彼を見た。
 あらゆる意味で初めての事にも関わらず。
 イワンは理解した。
 もう、同じ日々は二度と来ない。
「なあ、水はあるか」
 少女が尋ねる……いや、告げる。
 生者も死者も区別無く。
 等しく支配し蹂躙する上位者として。


 続く

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