家業を継ぐということ
家業を継ぐということはどういうことなのか。
一般的なサラリーマンでいることとの一番の違いは何なのか。
それは時間軸の長さだと思う。
家業にかかわると、前の世代のものを自分が引き継ぎ、それを次の世代へ承継していくことを自然と考える。
すると、今自分がやっていることは、次世代にどのような影響があるのか、ということを考えるのだ。
それは自分にとって喜びでもあるし、一方苦しさでもある。
今、僕は親世代のことで向き合っている問題があり、解決しておかないと後々の自分や、何か間違えば自分の次の世代にとっても問題になることを抱えている。
そう懸念しながらも、物事を思考し、主体的なアクションを起こすことは僕の両親にはできないので、僕が動かない限りは状況は変わらない。
これは結構苦しいことだ。
しかも動くというのは単独で何かをするということではなく、当事者である親を説得しなければならない。
つまりこういった構図だ。
・今の問題を解決する場合
⇒自分が全力で問題と向き合い、関係者を動かす必要がある
・問題を解決しない場合
⇒将来の自分や、自分の次の代がその問題に対応しなければならなくなる
行くも地獄、引くも地獄だ。
どっちにせよだるいのだ。
でも、このだるさこそが家業の本質なんだろうなと思う。
隣の芝は青いから、自分のキャリアだけ考えて、転職できる属性の身軽さを羨ましく感じてくる。
結局、サラリーマンはその時仕事で抱えている課題も、会社辞めちゃえば一切関係なくなるもんな。
その身軽さは家業にはない。
なぜなら、前の世代からのつながりを感じてるし、次の世代へもつなげていくものだから。
自分はその中間地点だから。
それが喜びでもあるんだけどね。
ただ、たまにその時間軸の長さに押しつぶされそうな自分がいる。
孤独な戦いだと感じている自分がいる。
まあ、これまでの人生でもひょんなことがブレイクスルーになって前へ進んできたので。
運だけはいいことを自負してますので。
楽観性は忘れずにやっていこう。
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