#25 知多の告白、剛の決意
5限目のチャイムが鳴り、剛は教室を出た。今日の授業は全く、頭に入ってこなかった。彩世に謝られて理解したフリをしたが、心の中では全然、納得がいっていなかった。以前に彩世が精神的に参っている時に彩世にお願いされて、受け入れたことを思い出し、自分は所詮、彩世にとっては慰み者としか扱われていないと思ってしまう。
「剛!」
後ろから声を掛けられ、振り返ると知多が居た。
「何?」
「途中まで一緒に帰らない?」
「俺は大丈夫だから、勇と帰れよ」
剛は知多に構わず歩き出す。知多は剛の後を追いかけてきて、剛の前を塞いだ。
「…昨日はお前に電話してしまったけど、本当に大丈夫だから。勇はああ見えて、やきもち焼きだから、一緒に居てやれよ」
「勇のことは大丈夫だから。私にできることがあれば…」
剛は知多の話が終わらないうちに遮った。
「俺のことはほっといてくれ」
剛は知多の横を通り過ぎて、階段を駆け下りた。知多が声をかけてくれたのは嬉しかったが、自分自身で気持ちの整理が出来ておらず、知多にそのままぶつけてしまいそうで怖かった。剛は足早に昇降口に向かう。靴を履き替えていると、知多が再びやってきた。
「まだ、何かあるのか?」
「……私が剛に話したいことがあるの」
「だったら、モスとかでもいい?」
「うん。大丈夫」
剛と知多は浜田山駅の駅前にあるモスバーガーに入った。
「何にする?」
「いいよ。自分で払うから」
「昨日のこともあるし…」
「じゃあ、これ」
知多はメニューにあるバニラ味のモスシェイクを指し示した。剛は店員にバニラ味のモスシェイクとアイスコーヒーを頼んだ。二人は二階の窓際に座った。剛は間髪入れずに知多に聞いた。
「話って何?」
「…勇から私のこと、なんか聞いてる?」
「いや。何も」
知多に勇のことを聞かれて、剛は勇から知多に関することの相談を受けたことがないことに気付いた。
「何か、あったのか?」
「こないだの修学旅行で…夜、自由行動だったでしょ?」
「そうだったな」
「みんなと一緒に行動してたんだけど、勇と私、はぐれちゃって」
「そういえば、そうだったな」
剛は答えながら、その日、吉見や柴咲と事前に話をして、勇と知多を二人きりにするために、はぐれる計画を立てていたことを思い出した。
「あの後、どうしたんだ?」
「…ホテルに入った」
「え?」
剛は知多から予想外のことを言われて、思わず聞き返した。
「それで…どうしたんだ?」
「入ったんだけど、怖くなってホテルを出ちゃったんだ」
「…よく入ったな」
「タクシーだったから。選択肢がなくて…」
「あの勇がそんなことをするなんて信じられない。…ごめん。知多を疑ってる訳じゃないからな。あれから二週間近く経つけど、何で今まで言ってくれなかったんだ?」
「みんなに迷惑かけたくなくて」
「言えよ。俺…お前に情けないところ見られて、頼りにならないかもしれないけど」
「…昨日、剛が私に電話くれたの、嬉しかった。だから、私も話そうと思った」
「勇と話をしたのか?」
「勇に話しかけようとしたんだけど、避けられてて話せてない」
「…俺が話できるように勇に言おうか?」
「大丈夫。自分でなんとかするから」
「そうか…勇になんかされたのか?」
「ううん。だけど、怖くなって…ホテルから出てった」
「相手のことが好きでも、気持ち的に安心できないと辛いよな。俺も昨日、痛感したよ」
剛は知多の手を握った。
「話してくれて、ありがとう。さっきはごめん…。俺、彩世さんには許すようなことを言ったんだけど、全然、腹落ちしてなくて。知多にそういった気持ちをぶつけそうだったからさ。知多は勇のこと、許せたのか?」
知多はモスシェイクを飲んでから、剛の質問に答えた。
「…許すとか許さないとかじゃなくて、私は受け入れるしかないから」
「どういう意味?」
「私を好きになってくれる人なんて、居ないから」
「俺は知多のこと好きだぞ。勇も…そのやり方は良くなかったと思うけどさ、知多のこともっと知りたいって思ったんじゃないかな」
「そうね。………相手を傷付けずに断れる方法ってあるのかな?」
「そうだな…う~ん、今日はあの日だから、ごめんね。とか?」
「毎回は使えないよね?」
「そうだな。正直に話をしたら良いんじゃないか?」
「……勇を前にすると、うまく話せなくなるの」
「どうして?」
「勇に嫌われたくなくて…」
「じゃあ、勇に嫌われてもいいって考えたら?勇がいなくなっても、俺はお前と一緒に居るよ」
「ありがとう」
知多は少し微笑み、剛の手を握り返した。剛はその微笑みをずっと見ていたいと思った。
「…もっと、笑えばいいのに」
「え?」
「笑っているだけで、全然違うよ。そうだ!知多、ボーリングは好き?」
「ボーリングしたことないから、わからない」
「じゃあ、行こうぜ」
「え?でも勉強しないと…」
「そんなの一日くらいやらなくても大丈夫だよ。学生の時しか、できないことの方がたくさんあるんだから」
剛はトレイを持ち、ごみ箱に片づけに向かう。知多のいるテーブルに戻り、知多の手をひいた。
「ほら、行こうぜ」
剛は知多と一緒に井の頭線に乗り、渋谷方面に向かった。
「どこに行くの?」
「渋谷に行こうかと思って。そういや、勇とはどこに遊びに行くんだ?」
「図書館かカフェかファミレスかな」
「え?まさか、ずっと勉強してるとかじゃないよな?」
「たまに公園に散歩行ったりはしたけど」
「…そうか。それって一緒に居て楽しい?」
「そんなこと、考えたことなかったかも。大学行くために勉強しなきゃ…って思ってたから」
「受験まで後八カ月近くあるのに、息抜きもしなかったら疲れちゃうぞ。そんなにすごいレベル高いところ受けるのか?」
「今の私の実力だと、入れるか入れないかってとこ」
「どこ受けるの?」
「東京大学」
「え?どうして?」
「勇が受けるから、私も受けようかなと思って」
「え?そうなんだ?行きたいところを受ければいいじゃん」
「……特に行きたいところもないから」
「じゃあ、俺と同じだな」
知多がふっと笑った。
「俺、なんか面白いこと言った?」
「ううん。剛と私って、なんか似てるなと思って」
「そう言われれば、そうだな。じゃあ、似た者同士、今日は楽しもうぜ」
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