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#14 大阪ホスト編(4)

「あんたさえ、良ければ、うちのお店に来ないか?」
時雨は、しばらく彩世を見つめていた。
「…あんた、おもろいな。これでも俺は、このお店のナンバー2やさかいな。そんな簡単に移籍が出来へんのはわかってるやろ?それに…あんたは、まだ、俺のこと全然、知れへんやろ?」
「…そうだな。よく知らないけど、一度見た顔を忘れないって特技はホストとして強い武器だからな。それに…俺に気付いた時点で、スタッフを呼んで俺らを店から追い出すこともできた訳だ。でも、あんたは、それをやらずに俺たちと話をしようとした。ホストとして大事な要素を持ってるから誘った」
時雨は、声を上げて笑い、グラスにお酒を一気に飲み干した。
「楓花、お酒を入れてもええか?」
「ええで。何がええ?」
「テキーラショットを…そうだな…10杯」
「分かった」
時雨は、近くに居たスタッフを呼び、テキーラショットを10杯頼み、彩世に言った。
「…全然飲み足れへんさかい、あんたも一緒に飲まんかい」
「男に誘われるお酒は、あんまり気が進まないけどな」
夢幻が手を挙げた。
「俺も飲みます」
「わかってへんな。俺は彩世と二人で飲みたいんだ」
「良いだろう。一緒に飲んでやる。ただし、条件がある」
「なんだ?」
「俺が勝ったら、移籍の話を受けてくれるか?」
「わかった」
時雨は、翔に声を掛けて、トランプとサイコロを持ってくるように頼んだ。
「時雨…まさか、あのゲームをやる気なん?」
「ああ…」
彩世と夢幻は、分からずに顔を見合わせた。翔がトランプとサイコロを持って時雨に渡した。時雨は、トランプの箱を開けて、一から六までの数字が書かれているカードを取り出した。時雨はテーブルの上にトランプの数字が見えるように表向きにして六枚のカードを綺麗に並べた。時雨は、サイコロを摘み、彩世に見せた。
「これから俺とゲームをやってもらう」
「何のゲームだ?」
「サイコロを振って出た数字のカードを取って自分の手元に置く。これを交互に繰り返す」
「サイコロで出た数字がテーブルにない場合は?」
「サイコロの数字が相手の手元のカードの場合は、相手がテキーラを一気に飲む。逆にサイコロの数字と自分の手元のカードの数字が一致した場合は、カードをテーブルに戻す」
「で、どうしたら勝ちになるんだ?」
「自分の手元のカードが少ない方が勝ちだ。もしくは、テキーラが飲まれへんくなったら終わり」
彩世は、頭の中でゲームをシミュレーションしてみた。自分の手元のカードを少なくするということは、自分が一度出たサイコロの数字と同じ数字を二回出すこととなる。時雨にテキーラを飲ませ続けて、潰す選択もあるが、どのくらい飲めるのかが全然、分からない。そもそも、時雨が提案したゲームなので、時雨は余程、自信があるのだろうと思われた。
「分かった。その代わり、あんたのサイコロは、楓花が振るのは、どうだ?」
時雨は、ふっと笑った。
「…ええで。ほんなら、あんたは、その隣の男がサイコロを振るさかいどや?」
「それで構わない」
「俺の方がプレッシャーなんですけど」と夢幻が言った。
彩世は、夢幻の背中を軽く叩いた。
「大丈夫。お前のことを信じているから」
楓花は、時雨に「あんたが勝ったら、どないすんの?」と聞いた。
「そうやな。その時は、彩世がこの店に移籍してもらう」と時雨は口元に笑みを浮かべながら言った。
「お前が勝ったらな」と彩世も笑顔で応じた。
「彩世さん!」と夢幻が叫んだ。
楓花は、心配そうな目で彩世を見つめている。
「ほな、始めよか。先行はどないすん?」
「お先にどうぞ」
「ほな、楓花、サイコロを振ってや」と時雨は、言いながら鏡月のボトルを手に取り、グラスに注いだ。
楓花は、テーブルに置いてあったサイコロを手に持ち、軽く投げた。サイコロは、テーブルに置いてあった彩世のグラスにぶつかり、1の数字を示した。時雨は、テーブルの中央にあるカードからクラブのエースを自分の手元に置いた。
「ほら、次はあんたの番や」と言い、時雨は、サイコロを夢幻に手渡した。夢幻は、サイコロを両手で包み、上下に振って投げた。サイコロは、テーブルから転がり落ち、床に落ちた。
「すみません」
時雨と彩世は、床に落ちたサイコロの目を確認すると、5を示していた。彩世は、テーブルの中央からダイヤの5を自分の手元に置いた。時雨は床に落ちたサイコロを楓花に渡した。楓花がサイコロを投げると、4の数字が出た。時雨は、スペードの4を自分の手元に置いた。テーブルの中央は、ダイヤの2、ハートの3、スペードの6が残っている。夢幻は、テーブルにあるトランプを注視しながらサイコロを振った。サイコロは、2の目だった。彩世は、ダイヤの2を自分の手元に置いた。夢幻は、楓花にサイコロを渡した。楓花は、サイコロを両手で挟んで、コロコロと転がした後、投げた。サイコロは、5の数字を示した。
「わ、彩世さん、かんにん」と楓花が言った。
「いいよ。楓花が悪い訳じゃない」と彩世は言う。翔が彩世の前にテキーラショットを置いた。彩世は、テキーラショットのグラスに挟まれているライムを外すと、一気に飲み干した。テキーラが喉を通過し、少し喉が焼けるような感触がする。彩世はライムをかじった。ライム特有の酸味が口いっぱいに広がる。
「彩世さん、大丈夫ですか?」と夢幻が耳元で囁いた。
「ああ。だけど、早く勝負を付けたいから頼むな」
「はい。全力を尽くします」と言い、夢幻はサイコロを手で摘み、数字の1が上に来るように合わせて、サイコロをそのまま手放した。サイコロは、夢幻の意図とは裏腹にテーブルに当たった衝撃で転がり、6を示した。彩世は、テーブルからスペードの6を取り、自分の手元に置いた。楓花がサイコロを振る。サイコロは1を示している。時雨は、自分の手元にあったクラブのエースをテーブルの中央に置いた。
「どうやら、運は俺に向いてるようやな」と時雨が言う。彩世は、足を組み替えながら、「最後まで、どうなるかは分からないさ」と言った。時雨は軽く笑った。
「強がりにしか聞こえへんな」
夢幻がテーブルからサイコロを取ろうとする。心なしか、手が震えているように見える。夢幻は、サイコロを取ったと思ったのも束の間、夢幻の指から離れた。サイコロは3を示した。
「彩世さん!すみません…」と夢幻は彩世に謝った。時雨は、大きな声を上げて笑っている。彩世は、テーブルの中央にあるハートの3を自分の手元に置いた。テーブルの中央には、先程、時雨が戻したクラブのエースが1枚残っている。彩世は、自分の手元を見た。ダイヤの2,ハートの3、ダイヤの5、スペードの6が残っている。次に時雨が1を出せば、ゲームセットとなってしまう。楓花は、サイコロをテーブルから拾い上げて、彩世を見た。
「いける。確率は六分の一やさかい」と楓花は彩世に言った。楓花は、サイコロを投げた。サイコロがテーブルの上を転がる。鏡月のボトルに当たってサイコロは止まった。サイコロは2を示している。
時雨は、余裕の笑みで「首の皮、一枚繋がったな」と言った。
彩世は、テキーラショットを流し込んだ。夢幻がサイコロを振る。サイコロは6を示した。彩世は、自分の手元からスペードの6をテーブルの中央に戻した。楓花がサイコロを振ると、2が出た。彩世は、テキーラショットのグラスを持ち、飲んだ。連続で飲んだため、急激に酔いが回ってくるのを感じる。彩世は、手を挙げた。

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